第43話 この世界で生きていくために
よく観察していると、島に上陸した人間は全員緊張しているのが分かった。
笑顔を見せる者など誰一人おらず、イライラしながら西の方角に目を凝らしている。
特に作業するでもなくただ辺りを窺うように佇んでいるだけだ。
「誰かを待っているみたいですね」
「うん。これってあれだよ、映画で見たことある」
「あ、俺も思いました。マフィアとかの取引現場ですよね」
まさにそれだ。
映画の中で郊外の砂漠とか、廃工場なんかでマフィア同士が武器やドラッグを販売するシーンにそっくりだった。
「どうします?」
そりゃあ隠れておくさ。
俺たちは衛兵でも警備隊でもないのだ。
魔法とスキルで撃退はできるだろうが実戦では何が起こるかわからない。
わざわざ危険に首を突っ込むことはあるまい。
隠れていようぜと吉岡に返事をしようとしたまさにその時だった。
一団の中から男が一人こちらに歩いてくるではないか。
歩きながらズボンの紐を緩めている。
そして……。
「なんだてめえらは!」
見つかりました。
小便をしようと下半身を露出させたままのお前のほうが何なんだよ。
瞬く間に武器を手にした一団に取り囲まれてしまったぞ。
改めて数えたら男女合わせて12人もいた。
「警備隊か?」
頭目らしい男が聞いてくるので首を振る。
王都についたら編入されるみたいだけどまだ俺たちは一般人だ。
「他に仲間は?」
「くくく……全員大人しく武器を捨てろ!」
吉岡君?
狂っちゃった?
「この島は完全に包囲されている。貴様らの取引相手は来ないぞ!」
やめなさいそういうハッタリは。
「お頭! 奴らが来ました」
ほら、速攻でバレてるよ……。
沖合に灯りが見える。
一定間隔で点滅しているのでそれが合図のようだ。
「なにが包囲されてるだ……」
「こいつらどうしますか?」
「殺して湖に放り込め」
いきなりだな。
もうちょっと取り調べとかしようよ……。
轟音を立てて上がる炎の壁に俺たちを取り囲んでいた一団はおののいた。
そこからは決闘の時と同じ手順だ。
炎の壁で取り囲んでから範囲を狭め、身動きが取れなくなったところにパラライズボールを撃ち込むという必勝パターンで全員を気絶させた。
「人間を縛るなんて生まれて初めての経験ですよ」
「俺だってそうさ。そういう性癖はないもん」
ザイルや細引きを使って後ろ手に湖賊(仮)を縛り上げていく。
「その割に先輩さっきから女ばっかり縛ってるじゃないですか」
「ぐ、偶然だろ! 偶々だよ……」
本当に手前の人間から縛っていっただけだ。
「でも先輩の縛り方……なんかエロくない?」
「抜けられないように丁寧に縛ってるだけだって!」
ちゃんとしとかないと怖いもんね。
「本当は?」
「やり始めたらちょっとだけ楽しくなっちゃって……」
あれとおなじだよ。
興味とかないけど、やり始めたら凝ってしまうことってあるだろ?
プラモとかガーデニングとかさ……。
途中で意識を取り戻した湖賊(仮)に再度パラライズボールを撃ち込んだりして手間取ったけど、何とか全員を縛り上げることが出来た。
そういえばこいつらと取引しようとしていたやつらの船はいつの間にか消えていた。
吉岡の炎の壁を見て逃げていったのだろう。
時刻はもう0時をまわってしまっている。
「こいつら衛兵にでも引き渡しますか」
それがいいとは思うけど、ここはバーデン湖に囲まれた小さな島だ。
絶海の孤島とまではいわないが岸まではかなりの距離がある。
それに勝手なことをしてクララ様に迷惑が掛かったらことだよな……。
ところで実際のところこいつらは何をしようとしていたんだろう?
積み荷を調べたらそれらしき木箱が見つかった。
中身は……魔石か。
これを売ろうとしてたんだな。
魔石の形状は形を整えられた黒曜石のようだ。
四角くカットされた透明感のある黒い石って感じだな。
石というよりはガラスっぽい。
黒曜石も石と名前がついているがあれもほぼガラスみたいなものらしい。
そんな魔石がミカンの入った段ボールくらいの大きさの木箱に詰まっている。
「末端価格でいくらくらいですかね」
「ドラッグじゃないんだから……」
リアに聞いたことがあるが、ラガス迷宮でとれる魔石は一つ200から400マルケスくらいの値が付くそうだ。
強いモンスター程大きな魔石を有し、拳大の魔石なら20000マルケスくらいの値がつくこともある。
目の前の箱に入っているのはリアが見せてくれた魔石と同じくらいの大きさだ。
何個入っているのかは想像もつかない。
「仮にこの箱に3000個入っているとして卸価格は60万から120万マルケスってところかな?」
「おお! ポッケナイナイしちゃいます?」
「犯罪はいかんでしょう。僕らはまっとうな商売をしようよ」
魔石ってどこで売ったらいいかもわからないしね。
それにそんなことをクララ様が許すはずがない。
「それにもし着服するんならこいつらの口を封じなきゃいけないですよね」
そうなのだ。
証拠は隠滅しなければならない……。
でもそんなこと簡単に出来るわけないぞ!
俺たちは平和な平和な日本国民だ。
いまのところは……。
人を殺すということについては吉岡と何度か話し合ってはいる。
俺たちがこの世界の人間になるのならば日本にいる時の倫理観や常識だけを押し通して生きていくことは不可能だろう。
ここは時代も場所も、次元さえも違うところなのだから。
世界を俺たちに合わせることが出来ない以上、少なからず俺たちが世界に合わせていかなければならない。
常々いざという時は覚悟を決めようと吉岡と話してはいる。
この世界で生きるならいつかは人間相手に殺し合いをするときも来ると思う。
でも今はその時じゃない。
右から3番目の女なんて結構可愛くて好みだ。
縛り上げられて怯えてる姿を見ると、殺されかけたのに可哀想とか思っちゃうもん。
体に槍を突き刺すとか俺にはまだ無理だよなぁ。
「なあ、助けてくれよ。金なら払うから、衛兵に突き出すのだけは勘弁してくれ」
頭目がしゃべりだすと他の奴等も一斉に懇願してくる。
「俺は下っ端です。見逃してくだせぇ」
「アタシの身体を好きにしていいから逃がして。何だってするから」
「金も魔石も船も旦那に渡します。アッシは旦那の子分にして下さいよ」
みんな必死だな。
さてどうしよう。
官憲に突き出すにしてもどこへ行ったらいいんだよ。
「吉岡、俺はまだこの世界のことがよくわからない」
「それは自分も同じです」
「だからクララ様の判断を仰ごうと思うんだがどうだろう?」
吉岡はじっと俺を見つめてから笑顔になった。
「とりあえずはそれでいいですよ。でも意外だな。先輩ってそんなに自分のことを他人に委ねちゃうタイプでしたっけ?」
俺も不思議なんだけど、何故かクララ様には絶対の信頼を置いてるんだよ。
本当になんでだろう?
自分でもよくわからないや。
「で、こいつらは?」
「そこは、大魔導士ヨシオカ様のお力を借りて護送するのさ」
湖賊たちを船に乗せ、バイクも積み込んだ俺たちはゴルフスドルフへと引き返した。
下っ端と女湖賊2人だけを解放して船を操らせる。
船は吉岡の風魔法を受けてぐんぐんと進んだ。
「先輩、こんなに飛ばして大丈夫ですかね?」
「ゴルフスドルフまでもてばいい。300まで上げてくれ」
「300って何すか……」
言ってみたかっただけなので数字に意味はない。
実際は時速50キロくらいの気がする。
到着時刻は2時くらいかな。
こいつらにもう一発ずつパラライズボールを撃ち込んで、少し仮眠することにしよう。
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