第41話 世間ではそれを

 会社からアパートまでの道を俺と吉岡は小走りで移動していた。

どうせなら自分の部屋から召喚された方がいいと思ったからだ。

再召喚までの時間はあと17分。

途中で閉店しかけていたパン屋を見つけたので、晩飯と朝食用にいくつか購入した。

選んでいる暇はなかったので内容もよく確認しないで端からトレーにのせた。

会計を済ませてまたアパートへと急ぐ。

最後の方は全力疾走だったが吉岡がちょいちょい回復魔法をかけてくれているようで息切れは全くしなかった。


狭間の小部屋に飛んで服を着替えた。

スーツ姿で向こうへ行ったら目立ってしょうがないだろう。

いつもの従者服を着て、今日もスキルカードをゲットだぜ!


スキル名 引き寄せ

貴男を堕落させる魅惑のスキル。

自分は動かずに離れたところにあるものを自分の手元に引き寄せる。

距離20メートル以内。重量5キロまで。

引き寄せ時の軌道は自由に変化させられるので障害物があっても大丈夫。

ただし目視できるものに限る。


これは便利だ! 

もう炬燵こたつから出ることなくリモコンを取れる! 

試しに床に置いてある雑誌に手を向けてスキルを発動したら、ちゃんと俺の手元に来た。

開いたページのグラビアアイドルが手を振って俺を祝福してくれる。

ありがとう!

「超便利!」

「応用範囲の広そうなスキルですね。自分も欲しいなぁ」

吉岡も羨ましそうだ。

今回もいいスキルが手にはいったな。

俺は感謝を込めてカードデルを拝んでから青い扉をくぐった。



 召喚された場所は来たことのない場所だった。

暗闇の中でクララ様が優しく微笑んでいる。

「ただいま戻りました。遅い時間での召喚をお願いして申し訳ありませんでした」

日本時間では20時だったが、ここではもう23時だ。

ザクセンス王国の常識では深夜に当たる。

「かまわぬ。二人が無事に戻ってきてくれた方が私も安眠できるよ」

きっと寝ないで待っていてくれたんだな。

服装は部屋着に着替えているが、髪は解いてないままだ。

せめてもの償いに寝酒でもどうだろう?

「クララ様、私と吉岡はこれから夕飯を食べるのですが、クララ様もよろしければワインだけでもお付き合いいただけませんか?」

クララ様がびっくりしたような顔になる。

「わ、ワインであるか? そうだな……一杯くらい付き合おうか」

クララ様が付き合ってくれるならいい方のワインを開けよう。


 目が慣れてきてわかったが、今日は神殿ではなく宿屋に泊まっているようだ。

部屋に移動するとフィーネがぐっすりと眠っていた。

18歳とは思えないくらいあどけない顔で寝ている。

思わずほっぺをツンツンしてみたくなる衝動に駆られてしまった。

LEDランタンを出して食事の準備をした。

先程のパン屋で買ったサンドイッチとグラスに赤ワインを注いで乾杯だ。

「ここは何という町ですか?」

「ロップールだ。ラーケンハインから32キロ南下した」

俺たちが日本に帰っていた間にもクララ様は王都への道を進んでいた。

「フィーネの方は大丈夫でしたか?」

「ああ。器用に操っていたぞ」

バイクの運転はフィーネに任せたがうまくやってくれたようだ。

雪は連日の日差しで溶けていたし、器用なフィーネは教えたらすぐに操縦法を覚えてしまった。

面倒な道路交通法もここでは覚える必要はないからね。

「私が乗ってもよかったのだがブリッツが怒るからな」

ブリッツはクララ様が他の馬や乗り物に乗るのが許せない。

しかも俺も吉岡もフィーネさえも決してその背中に乗せたがらないのだ。

「アイツはプライドが高いくせに甘えん坊で独占欲が強いんですよ」

「ふっ、飼い主に似たのだろう」

ええ!? 

今夜のクララ様はワインのせいかいつもより饒舌だ。

「そ、そうなんですか?」

「驚くようなことか? 」

「いえ、見た目からは想像もつきませんので……」

吉岡がそう言うとクララ様は笑い出した。

「ブリッツだってそうだろう? 見た目は精悍な軍馬だ。その実、あいつは我儘わがままで甘えん坊なのだ。私にそっくりさ……」

自嘲するようなクララ様を見て思う、もしかしてクララ様はストレスが溜まっているのか!?

空になったグラスに新たなワインを注ぐと、クララ様は一つ頷いてごくりと飲み始めた。

俺と吉岡は目を合わせて頷き合う。

ここはもうクララ様に日頃のうっ憤を全て吐きださせてあげた方がいい。

「ささ、クララ様。何か食べた方がお酒も進みます。こちらのローストビーフのサンドイッチなどいかがですか」

「ありがとうアキト。うん……おいしい」

クララ様はサンドイッチを食べてまたグラスを傾ける。

「王都への道のりはまだ半分にも到達していませんからね。今晩は充分英気を養いましょう」

俺も吉岡も接待の経験はあまりないが、今晩はクララ様のために頑張るぞ!


 俺たちの宴会は続き、2本目のワインを開けたところで話題は魔法の話になった。

「ところで、この世界の貴族は魔法が使えますよね。それは例外なく皆使えるということなのですか?」

前から気になっていたことを聞いてみる。

もしそうだとしたら魔法を使える人間は世代が下ればどんどん増えることになる。

「そんなことはないぞ。貴族階級にあるからといって全員が使えるわけではないのだ」

クララ様の説明によると魔法使いとしての素質は遺伝形質として次の世代に受け継がれるのは確かだった。

だがそれはほとんど最初に生まれる子供だけ、つまり長男か長女だけに現れる特徴なのだそうだ。

稀に次男次女にも魔法の素質を受け継ぐ子どもが生まれるが、三男三女に至ってはごく僅かであり、四男四女にもなると過去に報告例がない程になるそうだ。

魔力を持たない子供も貴族の子弟ではあるので貴族階級には連なるが、一代限りしか身分は保証されない。

だから次の世代は平民になる。

ちなみに魔法の素質を受け継いだ次男次女がいる場合は分家を立てるのが習わしだ。

たまに平民から魔法を使える子どもが生まれるが、その先祖を調べると貴族の次男三男であったりする。

いわゆる先祖返りというやつなのかもしれない。

「アンスバッハ家はクララ様のお父上の代で叙任されましたよね。ということはアンスバッハの家も先祖をたどればどこかの貴族の末裔になるのでしょうか?」

俺が質問するとクララ様は少し嬉しそうに首を横に振った。

「アンスバッハの家は少し特殊でな……この話をするには私のお婆様の話をしなくてはならない」

ワインで口を湿らせてクララ様は話を続けた。

「私のお婆様という人は本当に強く美しい人だった。私などが10人束になってかかっても敵わないくらい強い人だったよ」


世間ではそれを化け物と呼ぶんだぜ! 


あれだけ強いクララ様が10人分以上なんてありえないぞ。

だけどお婆様の話をするクララ様の目は喜びに溢れている。

きっと大好きだったのだろう。

「当時のエッバベルク領は正確に言うとザクセンス王国の領土ではなかったのだよ。60年くらい前まであそこは少数民族の住む土地で、お婆様はそこの族長の娘だったのだ」

ギリール人というのがその少数民族の呼び名だったそうだ。

ギリール人たちは自治こそ認められていたが、ザクセンスに税金を払っており、実質的には支配されているのと同じだった。

だからギリール人の村には徴税官が年に何回かやってきたそうだ。

「もしかしてその徴税官がクララ様のお爺様ですか?」

クララ様は笑い出す。

「いやいや、その徴税官のお供の兵士の一人がお爺様だったのだ」

その兵士は何の特徴もない男だった。

知恵が回るわけでもなく、武技に秀でていたわけでもない。

顔だって平均的な顔よりちょっと下の部類だった。

だが、そんな男が一目見るなり族長の娘にいきなり結婚を申し込んだのだ。

「お婆様は激怒したと言ってたな。自分がバカにされたと思ったんだろう」

しかし、娘が怒りをぶつけてもその兵士は食い下がって自分と結婚してくれと言い続けた。

理由を問うと、「愛してしまったからだ」としか言わない。

族長の娘はバカバカしく思いながらも一つの条件を出すことにした。

「先程も話したがお婆様は物凄く強い方で、その頃ブレーマンで開かれていた武術大会では13歳から5年連続で優勝していたそうだ」

うん、やっぱり化け物だ。

いくら怒鳴りつけても帰らない兵士に業を煮やした族長の娘は、剣術で自分に勝てたら結婚を考えてやるという条件を出した。

このままでは埒が明かないと考えていた兵士もその条件を受け入れ、二人は試合うこととなった。

兵士も娘の強さは聞いていたので勝てるとは思わなかったが一縷の望みにかけて試合に臨んだ。

だが、結果は惨憺たるものだった。

「1秒もかからなかったそうだよ。お爺様は開始の合図と同時にお婆様に打ち据えられて気絶してしまったそうだ」

しばらくして目を覚ました兵士は「また来ます」と肩を落として去って行く。

一方族長の娘は、これだけ酷くやられたのだからもう二度と来ることはあるまいと安堵に胸をなでおろした。

ところがその三日後にまた兵士はやってきた。

そして再び試合が行われたが、結果は同じで、その時も1秒もかからずにやられてしまった。

けれども兵士はまたその10日後、さらに7日後と暇を見つけては族長の娘に挑戦を続けた。

そしてそんな挑戦が2年続き、二人の試合は村の日常の風景となっていったそうだ。

そんなある日のことだった。

「ついにお爺様の剣がお婆様の腕をかすったのだ。そこでお婆様はお爺様の求婚を受け入れて結婚したそうだ」

「お爺様は毎日の修行の結果、ついにお婆様に一本入れられるほどに成長したのですね」

吉岡が感動している。

修行次第で吉岡も賢者になれる素質があるから、今の話に勇気づけられたんだろう。

だけどクララ様は笑顔でそれを否定した。

「いや、お爺様はまったく強くならなかったそうだ。お婆様はおっしゃっていたよ、あまりの弱さに呆れかえってお爺様の剣を避けるのを忘れてしまったとな」

苔の一念岩をも通すってやつだ。

だけどさ……。


世間ではそれをストーカーって呼ぶんだぜ! 


情熱と偏執の差を測るのは難しいよな。

独りよがりにならないところがポイントなんだろう。

「そこで話は元に戻るが、このお婆様というのがとんでもない量の魔力保持者だったのだ。だけど当時のギリール人は厳密にはザクセンス人ではないのでお婆様は貴族に叙せられなかった。その代わりお婆様はザクセンス人のお爺様と結婚し、生まれた父上はザクセンス国民として認められた」

結果、魔法を使えたクララ様の父ちゃんは騎士爵になれたわけだ。

「これは自慢になってしまうが私はお婆様の力を父上よりも強く受け継いでいる。だから他の貴族たちよりも若干魔力が強いのだよ」

なるほど、クララ様の強さは少数民族のギリール人の血が入っているからなのですね。

「お婆様がよくおっしゃっていらした。なんであの時、あの剣を避けられなかったのかしら? とな」


だから……世間ではそれを愛と呼ぶんだろ?

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