第39話 ジレンマ

 準備を終えて出てきた俺たちを男爵は傲然と迎えた。

「本当に赤の決闘でよいのだな?」

「構いませんよ。代表はどなたですか?」

俺は男爵の従者たちを見回した。

みんないい面構えをしている。

出来ればネズミ君がいいな。

一番弱そうだもん。

「何を言っておるか。代理人はそれぞれの従者と申したであろうが。当然こちらはこの5人が相手をするのだ」

ニヤニヤと笑いながら男爵たちは武器を打ち鳴らす。

汚いねぇ! 

悪役の見本市があったらパンフレットの表紙にのりそうなくらいの汚さだ。

しかも微妙な小者感が通人つうじんをも唸らせる。

時代劇だったら悪徳商人とセットで出てくる悪代官のポジションだな。

「ほれ、さっさと用意をせんか。観衆が待ちわびているぞ!」

衆人環視の中でこれほど清々しく卑怯なことをやってのけるなんて、ある種の才能だな。

「しょうがないから僕も出ますよ。フィーネは下がっててね」

俺一人だったらやられちゃいそうだけど、吉岡が一緒なら平気だろう。

「とりあえず牽制に魔法を使ってみます。それで降参してくれるといいけど……」

「わかった。危なそうなら俺が吉岡をおんぶして壁に登っちゃうから。ゴニョゴニョ――」

軽く打ち合わせをして従者たちに向き合った。


 神殿前の広場で対峙するカンマーシュテット男爵とエッバベルク騎士爵の二組を少し離れた場所から観察している男女がいた。

コウタ達と神殿の大部屋で同宿していたエルケたち4人だった。

決闘を見守る民衆の熱気に中てられたのか、男の方はやや興奮しているようだ。

「まさか赤の決闘をやらかすとはな」

商人風の恰好をしているが、商人らしくない物腰と目つきをした男だった。

「自信があるんだろうさ。いずれにせよ例の書類を探すいい機会だよ」

エルケはここ数日探していた男爵が突然現れたことに面食らったが、任務を遂行する絶好の機会に恵まれたとも感じていた。

決闘が始まれば男爵はそちらに集中するだろう。

しかも神殿前は見物人でごった返している。

うまくいけば荷物の中から目当ての書類を抜き取れるかもしれない。

当初の計画では色仕掛けでエルケが男爵を垂らしこみ、性交後に男爵が寝静まったら書類を盗む手はずだった。

これならわざわざ嫌悪を催すような男に抱かれずに済みそうだ。

「アイツらはどんな戦いをするんだろうな?」

「自分の任務に集中しな。私たちは私たちの仕事をするよ」

かがり火が照らし出す闇の中をエルケたちは動き始めた。




 俺たちが二人で相手をするとわかって、男爵の従者たちがますます緊張している。

五人を相手にするのに二人で余裕をかましているからだろう。

「へっ、どうせハッタリだ! 言っとくが俺はメルダの黒豹と恐れられた男だぞ!」

槍を担いだ男が吠えている。

メルダってどこだろう? 

「だったら僕は川越の獅子だ」

なんでそこで張り合うんだよ?

「じゃあ俺は庄内の鷹で」

一応付き合っておこう、礼儀として。


「叩きのめせぇ!」

男爵の掛け声で従者たちは一斉に槍を構えた。

戦う場所は広場なので障害物はない。

槍が一番使いやすい武器となる。

従者たちは呼吸を合わせて一斉に槍を上げて突進してきた。

「頼む吉岡」

「はい……」

突如現れた炎の壁に観衆たちが悲鳴を上げた。

従者たちは燃え盛る炎に突進を止めざるを得ない。

「おお、前より高い壁が出せるようになったんだ」

「そうなんですよ。今は1メートルくらいまでは作れるようになりました」

吉岡の作り出した炎の壁は音をたてて燃え上がる。

少し離れている俺の顔も火照ってくるほど熱い。

やがて壁は円形に変化して五人の敵を取り囲んでしまった。

「さあ、かかってきなさい!」

それは無理だろう。

そこは降参をうながしてあげようよ。

「どうする? まだ続けるかい?」

従者たちは黙ったまま動かない。

動けないのかな。

「ええい、それくらい飛び越えんか!!」

走り高跳びの選手だって1メートルの炎の壁を越えるのは難しいぞ。

出来るとは思うけど絶対にやけどをする。

男爵の叱責が怖いのか従者たちは進退窮まった様子だ。

時間をかけるのもよくないので、身動きが取れなくなっている彼らにパラライズボールを撃ちこんで終わりにした。

「我々の勝ちです。個室はお諦め下さい」

男爵はとても悔しそうだが顔には怯えの色も見えた。

「……お主らも騎士だったのか?」

「いいえ。私たちはただの従者です」

「ず……」

ず?

「ずるいぞ!」

お前にだけは言われたくない! 

でも、魔法が使えれば貴族になれる世界だ。

魔法を使える部下を連れているのは大貴族くらいだもんな。

そんな部下も普通は騎士の身分だ。

魔法が使える従者を連れているのはザクセンス王国広しといえどもクララ・アンスバッハだけなのかもしれない。

 こうして決闘の決着はついた。

クララ様は個室に戻りゆっくりと休むことが出来て一安心だ。

だけどこの騒動の後にもうひと悶着あったのだ。

図々しさが服を着て歩いているような男爵は俺たちを全員大部屋から追い出して一人で使用すると言い出したのだ。

腹立たしいことだが貴族の命令だから逆らうわけにもいかない。

せっかくおやすみになられたクララ様に報告するのもはばかられた。

「馬小屋か礼拝所で寝られますが……」

神官さんが選択肢を提示してくれた。

バイクやリヤカーにいたずらされるのが嫌だから俺たちは馬小屋を選択する。

男爵の従者たちは当然礼拝堂で寝ることになった。

俺たちと同じところには居づらいのだろう。

そういえばエルケさんとか大部屋にいた人たちはどこに行ったんだろう。

決闘が終わったときには姿がなかった。

怖くなって逃げちゃったかな? 

誰だって厄介ごとには巻き込まれたくないもんね。

エルケさんは美人だから従者たちや男爵に絡まれそうだし、逃げ出しておいて正解だったかもしれないよ。


 これは後から聞いた話だが、カンマーシュテット男爵ペヒは公金横領の罪でこの数か月後に投獄されたそうだ。

なんでも国営銀山の売り上げを着服して私腹を肥やしていたとか。

最初はしらを切っていたみたいだけど証拠となる裏帳簿が見つかって観念したらしい。

天網恢恢疎てんもうかいかいそにして漏らさず、悪いことはできないって話だね。


 俺たちが馬小屋で寝るのが分かったらしくてブリッツが喜んでいる。

こういうところは可愛いのに何で背中に乗せてくれないかな?

「先輩、そういえばさっきはマッサージの途中でやめたでしょう。続きをやってくださいよ」

しょうがないな。

今日は頑張っていたし、もう少し揉んでやることにしよう。

改めて全身スペシャルコースを施してやったら、吉岡は気持ちよさそうに藁の上で眠ってしまったぞ。

すると今度はブリッツがブルンブルンと鼻を鳴らし出した。

「ブリッツもやって欲しいの?」

首をスリスリしてくる。

レベル1で少し撫でてあげてたら、これまた気持ちよさそうに眠ってしまった。

「フィーネもやっとく?」

「いや……怖い」

そんなに怯えなくてもいいのに。

今日は長い一日だった。

ちょっと疲れたよ。

誰か俺にマッサージしてくれないかな? 

黄金の指ゴールドフィンガーは自分には施術できない。

ちょっとしたジレンマを感じながら俺は眠りについた。

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