第38話 赤と白
男爵は
ネズミ君から小者臭を少し取り除いて贅肉を足すと男爵になる。
ある意味で似たもの主従だ。
「ヘルゲ、いつまで待たせるのだ」
ネズミ君の名前はヘルゲというのか。
「申し訳ございません! こいつが言うことを聞かないもんで……」
俺のせいにするなよ……。
俺のせいだけどさ。
男爵は二重顎の顔を重そうにまわして俺を睨みつけた。
豆粒ほどの小さなお目目に凶悪な眼光が宿っている。
戦闘向きな体型には思えないけどすごい魔法を使えるのかもしれない。
この世界の貴族はすべからく全員魔法が使える。
その圧倒的な力で権力を維持し続けているのだ。
「貴様、さっさとお前の主人を呼んで来んかぁ!」
ネズミ君なら無視も出来るが、貴族の命令を放置はできない。
無駄な抵抗などしないで後の判断はクララ様に任せよう。
そう決めてクララ様を呼びに行こうとしたら、向こうのほうからやってきてくれた。
フィーネが呼びに行ってくれたみたいだ。
「貴殿か、私に用があるというのは?」
男爵は一瞬好色な視線を向けたが、クララ様の眼光にたじろいでしまう。
「私はカンマーシュテット男爵ペヒだ。そちらの部屋を譲ってもらいたい」
すげえ!
自分の要求を通してきたぞ。
どんだけ欲望に忠実なんだろう。
いくら個室に泊まりたくたって、普通はなかなか言えないと思うよ。
「私はエッバベルク騎士爵アンスバッハだ。貴殿に部屋を譲る謂いわれはないが、何か理由でもあるのですか?」
理由なんてないと思いますよ。
「個室がいっぱいで難渋している」
ほらやっぱり。
単なるわがままだね。
クララ様も呆れたようにため息を一つついた。
「部屋は私が先に借りた。お譲りはできません」
それだけ告げてクララ様は背を向けてしまった。
これ以上関わるのも嫌だったのだろう。
「ぐぐぐっ」
男爵は悔しそうに歯ぎしりしている。
ざまあみろだ。
だが、立ち去ろうとするクララ様の背に男爵はとんでもない言葉を投げかけた。
「決闘だ!!」
大人げなさすぎだろう……。
ザクセン王国の法律では貴族同士の決闘がちゃんと認められている。
よほど不条理なことじゃない限り当人同士で問題を解決しなさいという趣旨にのっとった乱暴な法律だ。
「個室と貴族の名誉をかけて貴様に決闘を申し込む!」
バカバカしくて話にもならない理由だが、決闘を断るというのは貴族の体面を大いに傷つけてしまう。
メンツを重んじる貴族にとってそれは許されないことだった。
「男爵よ、本気なのか? このような下らぬことで決闘などと、貴殿の評判を下げるだけですぞ」
あまりのことにクララ様も開いた口が塞がらないようだ。
「臆したか? ならば素直に部屋を譲ればいい!」
不敵に笑う男爵に周りの従者たちが追従して笑い出す。
「よかろう。決闘を受けよう」
ダメだよクララ様、こんな安い挑発に乗ったら。
こういう手合は大抵ずるいことをするんだからね。
それにしても男爵はよく決闘なんて言えたな。
見た目から判断するに近接戦闘系ではなく魔導士系の戦い方をしそうだ。
と、あれこれ思案していると男爵が高らかに告げた。
「決闘はそれぞれの従者を代理人として行う。時刻は30分後、場所は神殿前の広場でよかろう」
「なっ!」
自分が戦うと思っていたクララ様が狼狽しているぞ。
決闘って貴族同士で戦ってもいいけど、代理人を立てても構わないのね。
腕っぷしの強い奴は代理人としてそれなりの金額で雇ってもらえそうだ。
用心棒みたいな感じだな。
一度決闘を受け入れてしまうと当人か代理人かの選択権はこちらにはなくなってしまうそうだ。
「赤か白かさっさと決めよ」
見下したように男爵が聞いてくる。
赤か白?
なんだそれ?
クララ様の説明によると武器を持った決闘を「赤の決闘」、素手による決闘を「白の決闘」というそうだ。
饅頭でもワインでもなかった。
赤か白かは決闘を申し込まれた方が選んでいいそうだ。
白の決闘なら死者が出ることはまずない。
「すまない。私はてっきり自分が戦うものだと思って決闘を受け入れてしまった」
「それはいいのですが、白の決闘の場合は魔法も禁止ですよね?」
「うむ。魔法は武器と同じとみなされる」
だったらちょっと怖いけど「赤の決闘」にした方が有利だな。
喧嘩なんて高校生の時に巻き込まれたきりだぞ。
「勝敗はどのように判定されますか?」
「代理人の死、もしくは戦闘不能、降参のどれかだな」
やっぱり赤で決定だな。
俺が出るにしろ吉岡がでるにしろ素手の殴り合いはまったく勝てる気がしない。
男爵も決闘に自信を持っているみたいだし、相手はそれなりに強いのだと思う。
どうせやるなら勝ちたいもんね。
「どうする吉岡? いっとく?」
「センパイに譲りますよ」
そうなの?
でも吉岡が魔法を撃ったら確実に相手は死んじゃう気もする。
我儘男爵の従者だけどそれはあまりに哀れだ。
俺が出る方がいいのか。
「それじゃあ赤の決闘でお願いします」
相手方にそう伝えると全員が驚いたように口をあんぐり開けてしまった。
なんか変なことをいったのか?
「従者同士の代理決闘の場合は白の決闘を選ぶのがほとんどなのだ」
クララ様の言葉に納得した。
主人の我儘で命を賭けるのは馬鹿らしいもんね。
だけどこちらにも事情があるのだ。
魔法を使わなければ勝てる気がしないのだからしょうがない。
「赤の決闘で間違いないのだな? よし、神殿前の広場で待っていてやる。遅れるなよ!」
男爵は吠えるようにそう言うと、ドカドカと足音を踏み鳴らして出て行ってしまった。
「どこにでも厄介な人っているんですね」
しみじみと吉岡が呟く。
「コウタ、大丈夫だとは思うがこれは赤の決闘だ。万が一ということがある……。このような下らぬことにそなたを巻き込んでしまうとは……」
そんな泣きそうな顔をしなくても大丈夫ですよ。
「クララ様、本当に俺が死にそうになった時は送還しちゃってください。死なない限り吉岡の回復魔法で何とかなるでしょう。それに、一度引き受けた以上は俺も負けるつもりはありませんよ」
生来がビビリなので保険はかけておくことにした。
男爵たちは陰険そうなのでこちらが降参しても無視しそうな気がするんだよね。
これでもしもの時でもクララ様が送還してくれるだろう。
一度脱いだ防弾ベストを着なおしてヘルメットをかぶった。
吉岡もとばっちりが来ないように装備を付けなおす。
「相手を麻痺させれば戦闘不能とみなされるよね?」
「それでいいんじゃないですか? 首筋に槍でもあてて勝利宣言すればこっちの勝ちでしょう」
よし、それでいこう。
神殿前の広場に出ると町の人たちが集まってきていた。
噂が広がり、決闘を見物しようと人々が詰めかけているのだ。
ブゲンドルフは都会から離れているので娯楽も少ないのだろう。
決闘など滅多にみられない心躍る催しなのかもしれない。
「おい、暗くてよく見えないぞ」
「かがり火を焚け!」
すぐに大きなかがり火がいくつも焚かれる。
「本物の殺し合いだって!」
「赤の決闘だ!!」
人々のヴォルテージはどんどん上がっていく。
おいおい子どもにこんなもの見せるのはだめだろう。
ローマのコロッセオの縮小版みたいなものか……。
「ようやくきおったか!」
揺れる炎に男爵の不遜な顔が浮かび上がっていた。
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