第17話 今夜、皆が寝た後で

 よく手を洗いエプロンをつけて吉岡の前に立った。

「シェフ吉岡、身支度が完了しました」

「それでは夕食の準備にかかりましょう」

料理はグルメな吉岡の方が断然上手なので、吉岡主導の元に作っていくことになっている。

「本日のメインディッシュは焼き鳥を作ります。比較的外国人にも受けが良い日本食なのでクララ様にも安心してお出しできる一品です、味付けは塩とタレの二種類を用意します」

そうだね。

まだクララ様の食の好みとかはあんまりわからないもんな。

無難なメニュー選択だと思う。

「野菜はユッタさんが持たせてくれた酢漬けのキャベツ、ニンジン、玉ねぎなどを使いましょう」

酢漬けのキャベツはバターで炒めて食べるのが、この国の一般的な食べ方の一つだそうだ。

ニンジンはグラッセに玉ねぎはキャベツと一緒に炒めることになった。

「先輩は火をたいておきを作っておいてください。その間に自分は肉の処理をしておきます」

俺が薪を使って火を熾していると、吉岡は水魔法で鶏肉をジャブジャブ洗いだした。

ああすると肉の臭みが取れるそうだ。

「さすが貴族様の料理は丁寧なんだね」

冒険者の一人が感心したように腕を組んで吉岡を見ていた。

この世界の一般女性は下着をつけていないらしい。

腕を組むと服の下の大きな胸がものすごい自己主張をし始めた。

胸元からも深い谷間が覗いている。

この人は確かペトラさんって言ったな。

パーティーの最年長だそうだ。

「アイツはものすごい凝り性なんですよ。料理は凄く美味いんですけどね」

「へぇ。どんなものを食べるのか知らないけど興味があるねぇ」

ペトラさんが唇の端をぺろりと舐めた。

やばい。

仕草の一つ一つがエロいんだけど、絶対に狙ってやってる気がする。

俺も3か月間ご無沙汰だからついついイケないところに目がいってしまうぞ。

「寒いね。私も火にあたらせてもらっていいかい?」

「ど、どうぞ」

この人、やけに密着してくるぞ。

ひょっとして誘われてるのか?

「今日は冷えるねぇ。こんな日は人肌が恋しくなるだろう?」

「はあ……」

「あたしと一緒に寝ないかい?」

ストレートなお誘い来ました! 

え? 

この世界って性に奔放なの?

「自分は既に結婚してるので……」

ペトラさんは全体的にムッチリとした凄く煽情的な身体つきをしている。

だけど、絵美を裏切るのは嫌だった。

「こんな場所で浮気したって、奥さんにばれっこないさ」

俺は笑顔を作って真剣に説得する。

「ペトラさんは本当に魅力的で見ているとクラクラするくらいです。だけど俺は妻を裏切ることはできないんですよ」

俺なりに真摯に対応したのだがペトラさんはクスクスと笑い出してしまった。

「お堅い男なんだねぇアンタは。まあいいさ。でも……」

いきなりペトラさんが俺の股間を撫で上げる。

思わず「ひゃっ」と声が出てしまったよ。

「こっちの方もおカタいようじゃないか。説得力半減だよ!」

大笑いしながらペトラさんは行ってしまった。

セクハラオヤジそのものだな。

この世界では女の人が冒険者や兵隊をすることが珍しくない。

その分、女も権力を有し、性のイニシアチブをとることも普通のようだ。

だから今のように女が行きずりの男を口説くことも珍しいことではないのかもしれないな。

もしも絵美がいなかったら、俺はペトラさんと一晩のアバンチュールを楽しんでいたかもしれない……。

そう考えた途端、ふと脳裏にクララ様の顔がよぎった。

そうだなぁ、クララ様が近くにいるのにそんなふしだらなことはできないか。

もしも見つかったらクララ様に嫌われてしまうかもしれないしな。

たとえただの従者であっても、クララ様にとって少しでも良い従者で俺はありたかった。

「先輩! 先輩ヘルプミー!!」

吉岡の悲痛な叫び声が響いた。

見ればペトラさんにがっちりと身体をを決められて巨大な胸の谷間に頭をめり込ませているではないか。

少しだけ羨ましい。

あれだけのものは中々お目にかかれないもんね。

「ペトラ、遊んでないで皆を手伝いな!」

リーダーのメルさんがペトラさんを叱り飛ばして吉岡はようやく解放された。

「すまなかった。ペトラは少しばかり性欲が強くてね」

「いえ、じゃれ合っていただけですよ」

メルさんが近寄ってきて声を落とす。

「あんたがたの主人クララ・アンスバッハ殿に内密で取り次いでくれないか? メルセデス・ハイゼが面会したいと伝えてくれればいい」

ほう。

メルさんの本名はメルセデス・ハイゼさんか。

ひょっとするとクララ様の知り合いかもしれないな。

「すぐにお伝えしてきましょう」

吉岡に料理を任せてクララ様の所へと急いだ。


 ノックをしてクララ様の個室へと入る。

「どうしたコウタ?」

クララ様は既に平服に着替えていた。

平服と言ってもスカートではなく、常在戦場を心掛けるクララ様はパンツルックだ。

「クララ様にご面会を希望している方がいらっしゃいます。お名前はメルセデス・ハイゼ様」

「なっ、メルセデス殿がこの神殿にいるのか? お会いしよう。すぐにこちらへお通ししてくれ」

クララ様にとっても大事な人のようだ。


 メルさんを伴って部屋に入ると、クララ様は立ち上がってメルさんの手を取っていた。

「三年ぶりであろうかメルセデス殿。お変わりなかったか?」

「あの少女が随分立派になったものだ。見違えましたぞ」

「おやめください。私ももう二十歳になりました」

二人は軽く抱擁をかわして挨拶している。

随分と親しい間柄のようだ。

俺は邪魔をしないように静かに退出した。


 出来上がった夕飯をクララ様の部屋へ運んだ時には、既にメルさんの姿はなかった。

お話は終わったようだ。

「クララ様、夕飯をお持ちしました」

「うん」

テーブルをセッティングして皿を並べていく。

「今晩は焼き鳥でございます。こちらの茶色いソースは私と吉岡の故郷の味です。もう一方はシンプルな塩味になっております」

「いい匂いだな」

「串をもってかぶりついて下さい」

グラスにワインを注ぎながら食べ方を説明する。

クララ様は夕飯の時はワインを1杯飲むのが習慣だ。

おや? 

いつもより少し難しい表情をしているぞ。

何かあったのか?

「クララ様、何かございましたか?」

「うむ。今日皆が寝静まったら部屋に来て欲しいのだ……」

え? 

それって……お誘い? 

まさかクララ様にまで誘われるとは……。

「あっ! 変な意味ではないぞ! アキトも一緒に連れてくるのだ。大事な話がある」

そうだよね。

あぁびっくりした。

「承知いたしました」

俺は動揺をなんとか隠して部屋を出た。

自分でもびっくりしているくらいドキドキしている。

まったく童貞じゃあるまいし、今更これくらいで動揺するとは自分でも驚いた。


 大部屋に戻ると皿の焼き鳥があらかたなくなっていた。

吉岡が『銀のナイフ』に振舞っていたようだ。

「こんなおいしい鶏肉初めてだよ!」

「このタレというのが気に入った!」

「お礼にいいことしてあげるよ」

「塩が美味しいのよ」

なんか変な発言も聞こえたけどスルーだ。

あれはペトラさんだな。

「吉岡、クララ様も美味しいって言ってたぞ。タレの方も気に入ったみたいだ」

「了解。だったら次は照り焼きもいけそうですね」

醤油入りのバーベキューソースとかは意外と外国人にも受けがいいもんな。

ステーキの隠し味にも醤油は使えそうだ。

シェフに報告を終えた俺は焼き鳥がなくならない内に食事を始めた。


 大部屋に照明器具はなく暖炉の炎が赤く揺らめきながら室内を照らしている。

9人もの人間がいるのでいつもより暖かく感じた。

神殿内がひっそりしたのを機に俺たちは起き上がった。

音をたてないように扉を開くとメルさんもむくりと起き上がってきた。

「アタシも一緒に行くよ」

短く告げるとメルさんは廊下へと出た。

メルさんにも関係がある話のようだ。

静まり返っている神殿の廊下を俺たち3人は息を殺すように進んだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る