第16話 クララ再び

 なんということだろうか。

コウタが出してくれるものは一つ一つが私の心を捉えて離さない。

今日は休憩時にカフェラテなるものを出してくれた。

これまでコーヒーは何度か飲んだ経験はある。

独特の苦みと香りがあり、嫌いではなかったが特別好きという感情もなかった。

だが先日コウタが出してくれたコーヒーはこれまで知っていたコーヒーとはまるで別ものだったのだ。

華やぐような香りに私は魅せられた。

そして何よりコーヒーと共にチョコレートを食べると、両方の香りが引き立ち、独特のハーモニーを奏でるのだ。

そして今日コウタたちが作ってくれたカフェラテはそのコーヒーをマイルドにして、香りに更に旨味を追加したものだった。

チョコレートとの相性も抜群だ。

 だがコウタよ……お前が私を歓ばせる度に、私は同時に不安を感じてしまうのだ。

コウタはずっと私と一緒にいてくれるのか? 

ならば素直にこの歓びに浸ることも出来よう。

だが、コウタとの契約は軍務が終わるまでとなっているはず。

そこで私たちの主従関係は終わってしまう……。

ああ時空神よ! 

私は貴方が制定した召喚獣を独占してもよいでしょうか!? 

どうかお答えください。

どうか私に道をお示しください。

私が神に問いかけた瞬間、私の身体に突然の変化が訪れた。

私はまたコウタ達の前で激しい尿意に襲われていた。



 コーヒーなどに含まれるカフェインには利尿作用があることはよく知られている。

クララはカフェラテをお代わりしてしまった。

しかも冷たい風の吹く冬空の下を旅しているのだ。

クララの尿意は生理現象として仕方がないことだった。

だが、次の村までは10キロ以上の道のりだし、ここは平原で身を隠す場所もない。

もう素直に打ち明けるしかないとクララは判断していた。

これからだってこんなことは何度も起こるかもしれないのだ。

だったら今のうちに慣れておくべきだろう、そう思っていた。



 クララ様がブリッツを停止させた。どうしたのだろうか?

「いかがされましたか?」

「よ、用を足したい……」

へ? 

あっ! 

なるほど……。

クララ様は兜をかぶっているのでその表情は読み取れなかったが、声から察するにかなり恥ずかしがっているとみた。

こういう時は事務的な態度がいいよな、お互いのために。

「承知いたしました。吉岡、土魔法で壁を作れるか?」

「任せて下さい」

「それでは私がプレートアーマーをお外しします」

「頼む」

少し離れたところに吉岡がトイレを作り出した。

俺はクララ様と視線を合わせないように鎧を外していく。

慌てずに、急いでだ。

 壁を作り終えた吉岡は無言でバイクの所へ戻ってきた。

俺もかつてないスピードで甲冑を脱がせたぞ。

「それでは私たちは離れたところにいます」

「うむ」

クララ様は決して俺たちの方を見ないで壁の中へ消えていった。

女の人って大変だよな。

軍務の時はどうするんだろう? 

男ならその辺で簡単に済ませられるが、女はそうはいかない。

まあ、俺と吉岡がついていれば今回みたいに何とかなるな。

ある意味いいシミレーションが出来たと思う。

そんなことを吉岡と話し合った。


 クララ様が俺たちの所へ戻ってきた。

打ち合わせ通り吉岡が魔法で手を洗う水を、俺が手をふくタオルを差し出す。

「コウタ、アキト、助かった」

俺たちは予め決めていたことをクララ様に告げた。

「クララ様、私たちはクララ様の従者です。お恥ずかしいでしょうが、ご用は何でもお言いつけ下さい。特に今後軍務につかれる際はいろいろと不自由が発生するでしょう。ですがそれを解決するために私たちがいるのです」 

「……うむ。苦労を掛けるが頼む。……ありがとう」

そういったクララ様は少しだけスッキリした顔をしていた。

「それにしてもアキト、あのトイレは何なのだ?」

「なるべく芸術的に仕上げてみました!」

「だが、その、ドラゴンの口を模した便座というのはちょっと……」

なんだと?

「しかも日月や星々の運行をかたどった彫刻まで……もう少し簡素にならんのか?」

どんなもんを作ったんだよ! 

思わず見に行こうとしたらクララ様に思いっきり怒られた。

「ば、バカ者! 行ってはならん! わ、私が使ったばかりだぞ!」

ごめんなさい。

デリカシーにかける行為でした。



 コウタにアーマーを着せてもらいながら、クララは再び時空神に語りかけていた。

ああ時空神よ、これが貴方の答えなのですね。

私が心を開けばコウタ達もそれに応えてくれると……。

私たちの主従関係がこの先どうなるかはわかりませんが、私は私なりに誠意をもってコウタと向き合っていこうと思います。

その結果として私たちの関係がより良いものとなるように。

 クララの祈りが時空神に届いたかどうかは誰にもわからない。

だが、今回の事件でクララ一行の絆が少しだけ深まったことは事実だった。



 クララ様が手を合わせていた。

あれは地球もこの世界も共通の神に祈る時の仕草だ。

無事にトイレに行けた感謝の祈り? 

まさかね。

やっぱり側周そばまわりのお世話に女手が必要だよな。

王都では女性従者を募集するように進言してみるか。

クララ様もそうだけど俺たちだって気疲れしてしまうからな。

「先輩、この世界にはギルドってあるんですかね?」

「さあ。なんで?」

「王都へ行ったら女の人を雇って欲しいと思って」

吉岡も俺と同じことを考えていたのか。

「考えていることは同じようだな」

「え? 先輩もダークエルフ萌えなんですか!?」

全然違っていた。

「同じじゃなかった」

「なんだ、先輩は普通の金髪エルフ派か」

「エルフから離れろよ」

「ケモ耳フェチ?」

「そういうことじゃなくて」

俺たちの旅は続いていく。



 本日の投宿予定地であるカッテンストロクトには15時ごろに到着した。

予定よりもだいぶ早い。

吉岡の回復魔法のお陰でブリッツが疲れることなく歩けたからだ。

この村もエッバベルクと同じくらいの規模なので宿屋などはなかった。

こんな時に宿泊できるのは神殿の分社だ。

大抵の神殿には旅人が宿泊できる共用スペースがあり、安く泊まらせてくれるのだ。

その代わり部屋は大部屋で食事はつかない。

ただし貴族用の個室も一応だが備えているところは多い。

給料の安い田舎の司祭にとって宿泊料は大事な収入源となっていた。


 神殿の前に到着すると中から神殿の下男が出てきた。

「エッバベルク騎士爵クララ・アンスバッハだ。今夜の宿を頼みたい」

クララ様が身分と名前を告げると俺たちはすぐに中へ通してもらえた。

やはり貴族というのは特権階級のようだ。

すぐに司祭さんが挨拶にやってきたことからもそのことがよくわかる。

ブリッツを馬小屋につなぎ、バイクを柱に鎖で施錠しておいた。

それから飼葉を刻んでブリッツに食べさせてやる。

特別に空間収納からリンゴとニンジンも出してやった。

「ほらブリッツ、俺からの差し入れだぞ」

「ブルルッ」

ブリッツは嬉しそうに首を擦りつけてくる。

重い鞍を外してもらって、こいつも開放的な気分になっているんだろうな。

 ブリッツの食事の後は自分たちの食事の用意だ。

炊事場は中庭の一角にもうけられていた。

近くでは鶏とヤギが放し飼いになっている。

既に吉岡が準備を始めていた。

「クララ様は?」

「自室で休まれてますよ。食事時間までは自由にせよとのことです」

俺たちは大部屋だが貴族に連なるクララ様は個室に泊まる。

もちろん料金は少し高くなるが貴族は大部屋に泊まることはできないのだ。

どうしても大部屋に泊まる場合は身分を隠して泊まるのが普通だ。

 建物の方から華やいだ声が聞こえてきたと思ったら若い女の子が6人もやってきた。

上は20代後半から下はハイティーンまでの女の子ばかりだ。

「こんにちは。お二人も今夜は神殿にお泊りですか?」

どうやらこの娘たちも神殿に泊まるようだ。

もしかして同じ部屋? 

途端に吉岡がもじもじしだした。

こいつは基本的に人見知りするからなぁ。

俺は山小屋に泊まることもあるので雑魚寝には慣れている。

「あたしたちはBランク冒険者パーティー「銀のナイフ」さ。私はリーダーのメル。一晩だけだけどよろしく頼むよ」

頬に傷のあるメルさんが挨拶してくれた。

迫力のある女傑じょけつって感じだけど愛想は悪くない。

「私たちはエッバベルク騎士爵クララ・アンスバッハ様の従者です」

挨拶を交わして、それぞれ食事の準備にかかった。

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