第15話 15.俺は密かな悦びに目覚めた

 自室の入口に立って、忘れ物がないか最後の確認をしているとエゴンさんの呼ぶ声が聞こえてきた。

「コウタ、アキト、村の衆が見送りに来てくれたぞ。早く出て来んかぁ!」

エゴンさんは歳を感じさせない張りのある声をしている。

今朝はユッタさんとエゴンさんの二人にあったか下着のお礼を言われた。

とっても快適に夜を過ごせたそうだ。

「久しぶりに夜中に一度も小便に起きんかったわい!」

大きな声で最高の賛辞を述べてくれた。


 表に出ると村人たちが何人も集まっていた。

俺は今や村のちょっとした英雄だから、みんなが見送りに来てくれたんだな。

「アキト様!」

「おい、聖者様がでてきたぞ!」

え? 

俺じゃなくて吉岡の見送りだと? 

しかも聖者様?

「どういうことだ吉岡?」

「昨日一人で村を探検している時にあちらのおばあさんの神経痛を和らげてあげたんですよ」

話をまとめると、吉岡は偶然に道で出会ったおばあさんが痛そうに足を引きずっていたので回復魔法をかけてあげたらしい。

それがきっかけで村中の怪我人や病人が集まってきたそうだ。

「で、全員の治療をしたわけだ」

「人の役に立てて気持ちよかったっす!」

いいなぁ! 

「賢者の卵」いいなぁ!! 

俺もそういうスキルが欲しい!!!


「アキト様、一日も早いお帰りをお待ちしております」

「どうぞご無事で。アキト様に時空神様のご加護がありますように」

村人たちが次から次へと吉岡の周りに挨拶にやってきた。

いいもんね。

羨ましくないもんね。

「コウタさん」

俺が一人で拗ねているとリアたちがやってきてくれた。

「旅のお守りを皆で作りました。持って行ってください」

「ありがとうリア、ゾット、ノエル」

こういう人情が身に沁みますなぁ!

「コウタの友達はすごい人気だな! 回復魔法が使えるんだって?」

ゾットが目をキラキラさせながら聞いてくる。

「おう。他にもいろんな魔法が使えるんだぞ」

「すげえ! コウタより強いのか?」

そ、それは……。

「お、俺だって凄いんだぞ。見ろ!」

そういって俺は館の壁にへばりつきそのまま二階まで上がった。

「おお! コウタすげーじゃん!」

ふふふ、スキル「ヤモリの手」はちびっこ(男)には大人気だ。

壁から木に飛び移りスルスルと下に降りてきたときには、ゾットの俺を見る目が熱かった。

「どうだゾット?」

「かっけー! 超すごいぜコウタ」

「ノエルも見てくれたか?」

「うん。虫みたい。変だった」

……ニコニコ笑っているノエルに悪意はない。

悪意はないゆえに残酷だった。


「出発するぞ」

クララ様がブリッツに騎乗したので、俺もバイクのエンジンをかけた。

何度かアクセルをふかしてみたが調子はよさそうだ。

「それでは行って参る」

クララ様が手を上げると、皆が道を開けて俺たちを見送ってくれた。

さらばエッバベルク。

俺たちは意気揚々と出立したのだった。


 馬の走り方は常歩なみあし速歩はやあし駈足かけあし襲歩しゅうほのおおよそ四種類がある。

それぞれ時速約6.5キロ、13キロ、20キロ、40キロくらいのスピードだ。

ブリッツは常足と速歩を織り交ぜて歩いている。

俺もブリッツに合わせてバイクを走らせた。

幸い道の雪はシャーベット状で、横滑りすることはなかったが、泥水が跳ねて難儀した。

防水透湿に優れたレインウェアを着ていなかったらかなり悲惨だったと思う。


 旅は最初にエッバベルクから西へ向かい、ザクセンス王国の主要街道の一つであるラインガ街道へ出る予定だ。

本日は街道の手前にあるカッテンストロクトという村が宿泊予定地になっている。

およそ49キロの行程だった。

「コウタ、向こうに小川が見える。あそこでブリッツに水を飲ませる。我々も休憩しよう」

「はい。先に行って準備をしておきます」

俺はアクセルを捻ってスピードを上げた。

 エッバベルクを出て3時間は経過している。

普段ならお尻が痛くてたまらなかったはずだが定期的に吉岡が回復魔法をかけてくれたのでなんとかもっていた。

「やっと休憩だな。お湯を沸かしてなんか飲もうぜ」

「飲み物もいろいろ買っておきましたよ。お茶、コーヒー、紅茶、ココア、ホットレモンがあります。空間収納に牛乳や各種ソフトドリンクも入っています。念のために直火式のエスプレッソマシンも用意してありますよ」

グルメなオタクに死角はないな。

こいつならこの寒空の下でラテアートとか作りそうだ。

 クララ様が到着する前に荷物を引っ張り出してお湯を沸かしはじめた。

せっかくなので俺はカフェラテを飲むことにする。

ミルクはシェイク式の泡だて器を吉岡が持ってきていた。

異世界でカフェでもやるつもりなのか?

「どう、どう」

遅れてやってきたブリッツの手綱を取って落ち着かせてやり、水を飲ませた。

「頑張ったなブリッツ」

ごくごくと喉を鳴らしながらブリッツが川の水を飲んでいる。

その間に俺は身体が冷えないように汗を拭いてやった。

ブリッツはすっかり俺に慣れて警戒することなく身体を触らせてくれるようになっている。

「疲れたかブリッツ? よく頑張ったな。そうだ、今いいことをしてやるからな。吉岡ぁ!」

「どうしました先輩?」

「ブリッツに回復魔法をかけてやってくれよ。こいつだって疲れているだろう?」

「そうですね。よしブリッツ待ってろよ」

吉岡の指が緑色に光るとブリッツの呼吸がすぐに静まっていった。

「どうだブリッツ?」

俺がブリッツに顔を近づけると、ブリッツは嬉しそうに俺の顔を舐めてくれた。

水を飲んだばかりだったから口の周りが湿っていて、俺の顔がベショベショになってしまったぞ。

でも悪い気はしないな。

ブリッツとも随分仲良くなれた。

「ブリッツとも通じ合えて来たようだな」

振り返るとクララ様がこちらを見て微笑んでいた。

「ええ。ブリッツは賢いから、俺の意図するところをちゃんと理解してるみたいなんですよね」

ブルルっとブリッツは鼻を鳴らす。

まるで「勿論さ!」と言ってるみたいだ。

「ふふっ。だがブリッツばかりずるいではないか。私もカフェラテというものを楽しみにしておるのだがな」

ブリッツだけでなくクララ様も大分打ち解けてきたようだ。

以前ならこんな軽口は言わなかったもんな。

それとも領地を離れて少し開放的な気分になっているのかもしれない。

「すぐに最高のカフェラテを飲ませて差し上げますよ」

エスプレッソを吉岡に任せて、俺は少し温めた牛乳をシェイク式の泡立て器に入れた。

これは容器と容器をねじ込み式でつなげるタイプだ。

容器と容器の間には目の細かい網が張ってあり、上下に振るとクリーミーな泡が立つ仕掛けだ。

俺はバーテンダーがシェイカーを振るように泡立て器を動かした。

エスプレッソの方も出来たようだ。

「先輩ミルクをかしてください」

吉岡が爪楊枝つまようじでカフェラテにハートを描いた。

こいつ本当にやりやがった!

チョコレートを一粒添えてクララ様にカフェラテを差し出した。

「どうぞお召し上がりください」

「う、うむ」

コク。

クララ様の細い首が芳醇なアロマをたたえた液体を飲み下していく。

「……」

一瞬クララ様の身体が硬直した。

そして、無言のまま一口、二口と飲んでいく。

「おいしい……」

小さな声だったが、しみじみとクララ様は呟いていた。

「お代わりをご用意しましょうか?」

「まだあるのか!?」

「ええ。お好きなだけお飲みください」

「そ、そうか。喉が渇いていたのだ。もう一杯貰おうか」

クララ様は大分カフェラテが気に入ったらしい。

お代わりを差し上げてからお許しを戴いて俺たちも一緒に飲んだ。

クララ様はチョコレートとカフェラテの組み合わせにはまってしまったようだ。

クララ様が美味しいものを食べると新鮮な驚きと喜びがすぐに顔にあらわれる。

見ていて可愛くてしょうがない。

次はオレンジリキュールを入れたココアでも出してみるか。

きっとまた驚いて、あの表情を見せてくれるだろう。

俺はクララ様を驚かせることに密かな悦びを感じ始めていた。

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