第8話 火を焚いて君を待つ

 クララ・アンスバッハの従者としての生活が始まった。

王都への出発は一週間後なのでそれまでに仕事のあらましを覚えなければいけない。

執事のエゴンさんに付いていろいろ学んでいくことになった。

 最初に覚えさせられたのが鎧を身に着ける手伝いだ。

クララ様が軍務につかれる際は体全体を覆うプレートアーマーを用いる。

アンチマジック処理が施された鎧の重量は20㎏以上あるので着せるのも一苦労だ。

だが鎧がなければ騎士の仕事は務まらない。

この世界の騎士の戦法は、馬で敵陣へ突っ込み攻撃魔法をぶっ放すことがメインだ。

だから側面から飛んでくる矢や攻撃などから身を守れるプレートアーマーが必須だと教えてもらった。

それにしてもクララ様はプレートアーマーを装備していても華麗に動く。

身長は178センチある俺より少し低いくらいだが、筋肉質な体つきをしているようだ。

肌の露出はほとんどないから実際はどんな感じかわからないんだけどね。

 プレートアーマーはいくつものパーツがあって非常にゴチャゴチャしている。

最初は40分以上かかって着せていたが練習するうちに慣れて、最終的には15分で着せられるようになったぞ。

これも文句ひとつ言わず練習に付き合ってくれたクララ様のお陰だ。

間違えれば注意はされるが、俺ができるようになるまで忍耐強く付き合ってくれた。

まだ20歳だそうだけど立派な態度に感心してしまう。

うちのすぐ怒る部長にも見習ってほしいもんだ。


 鎧の次は馬の世話だ。

クララ様の愛馬はブリッツという名前の黒馬だ。

軍用の馬でとても賢く、肝が据わっている。

俺の持ってきたバイクの音にもすぐに慣れた。

クララ様やエゴンさんの方がよっぽどビビってたね。

旅の間はブリッツに餌をやり、鞍をつけ、体を洗ってやるのは全部俺の仕事だ。

ブリッツは賢いし、世話をする俺に親愛の情を示してくれるので大好きになった。

だけどひづめ蹄鉄ていてつをつけるのだけはまだ慣れない。

蹄鉄は蹄が割れるのを防止するためにつけるそうだ。

でもブリッツみたいに大きな馬がブルンブルン言うとかなり怖い。

頼むからおとなしくしていてくれよ。

今日も地味に「勇気6倍」が大活躍だ。


 仕事はどれも肉体労働が多くて大変なんだけど、なんか新鮮で生き生きしている自分がいる。

意外とこういう暮らしが性に合っているのかもな。

給料は安いけど6日に一度は新しいスキルが手に入るので、今のところ文句はない。

一つあるとすれば食事が貧しいことくらいかな。

村の人たちはこんな少ないカロリー摂取量でよく頑張れると思うよ。

基本的に薄い野菜のスープと岩のように硬いパンか麦粥むぎがゆのみだ。

肉を食べるのは本当に稀みたいだな。

俺はたまに空間収納から食べ物を出して隠れ食いをしている。

いろいろ入れてきて本当に良かった。

こんど送還されたときはもっとたくさんの食料を詰め込んでおこうと心に誓った。


 それなりに充実した毎日を送っているのだが、エッバベルク村には娯楽がない。

たまに休み時間を貰ってもやることが少ないのだ。

一番の気晴らしは散歩だ。

 夕暮れの村を歩いているとすれ違う人みんなが俺に声をかけてくれた。

実をいうと、俺はいま村のちょっとした英雄なのだ。

先日のゴブリン撃退戦の功労者として人気者になっている。

俺の使える魔法は今のところ麻痺パラライズだけだが、魔法を使える人自体が少ないので、それだけでも一目いちもく置かれるのだ。

「コウタさーん!」

通りを歩いていたら、ラガス迷宮から戻ってきたリアに出会った。

パッと見た感じでは目立った負傷はない。

地球の傷薬はこちらの世界ではとんでもなくよく効くので、リアにはステロイド軟こうを渡しておいた。役に立っているかな。

「いま帰り?」

「はい。今日も無事に帰ってこられました」

リアとしゃべりながら歩いた。

「コウタさんがくれた傷薬のお陰で前よりずっと楽に狩りができます」

「薬はまだある? 予備を渡しておこうか?」

「大丈夫ですよ。まだたっぷりありますから。あっ……」

リアが何かに気づいたようにこずえの上を見上げている。視線の先をたどると枝の上に鳥が一羽止まっていた」

「山鳩です。美味しいんですけど、今日の探索で矢を使い果たしてしまいました」

リアは悔しそうだ。

出来ることならリアたちに焼き鳥をご馳走してあげたい。

ゾットとノエルも喜ぶだろう。

そうだ! 

俺の麻痺魔法パラライズで何とかならないか。

掌に魔力を貯めてパラライズボールを発動した。

パチンコ玉くらいの光弾は見事に山鳩に命中して枝から落ちてくる。

すかさず走り寄ったリアが首を絞めた。

うわあ……俺にはまだあそこまで躊躇ちゅうちょなく首を絞めることはできない。

この世界で生きていくためにはこういうことにも慣れていかなくてはならないな。

「やりましたねコウタさん。どうぞ」

リアは笑顔で俺に山鳩を差し出してくれた。

「それはリアたちが食べるといいよ。先に見つけたのはリアだからね」

「でも取ったのはコウタさんです」

リアは真面目だなぁ。

「いいからゾットとノエルに食べさせてやってよ。リアだってまだまだ成長期だもんね」

「すいません。ありがとうございます」

麻痺弾パラライズボールは狩りにも使えるな。

射程距離は20メートルくらいが限界みたいだけど、運が良ければ獲物が取れることは証明された。

最悪食料がなくなってもこれで食いつなぐことはできそうだ。

おっ! 

またまた鳥を発見したぞ。

山鳩よりさらに大きくて食いでがありそうだ。

右手に魔力を籠める。

「コウタさんダメッ!」

リアの注意は少しばかり遅かった。

俺の放ったパラライズボールは今度も木の上の鳥に命中した。

だけどさっきのように麻痺した鳥が落ちてこない。

あれ? 

身じろぎした鳥が俺を睨んで「ギャーッ」と鳴いたと思ったら、こっちに向かって飛んできたぞ!

「ギンッ!」リアの山刀が鳥のくちばしを弾いて甲高い音が鳴る。

鳥の奴が攻撃してきやがった! 

初撃が弾かれたせいか鳥はそのまま飛んで行ってしまう。

「ふぅ……。コウタさん今のはアダロバードといってモンスターの一種です。こちらから攻撃を仕掛けない限り滅多に襲ってはきませんが、害を加えると反撃してきますよ」

「ごめん!」

あれはモンスターだったのか。

これからはむやみに攻撃しないようにしないとな。

今のは単体だったからよかったけど群れで反撃してきたらなす術もない。

これからは生き物の種類とかも覚えていかないといけないか。

 それにしてもアダロバードにはパラライズボールが効かなかったな。

出力小さめで撃ったせいかもしれないけど、モンスターによっては効かない相手もいると覚悟しておいた方がよさそうだ。


 こちら側にやってきて四日目。

今日はちょっとしたお出かけの日だ。

朝からクララ様と狩りに行くことになっている。

狩猟は騎士にとっては鍛錬も兼ねているのでクララ様はフル装備だ。

俺は荷物を持ってお供するわけだが、徒歩でいかなければならない。

バイクに乗ってったら獲物が逃げちゃうもんね。

 持っていくように指示された袋の重さは10キロくらいあった。

中身をみると、手斧、食料、革袋に入った水、毛布、麻紐などだった。

これの他に杖代わりにもなる粗末な槍を渡された。

「コウタ、準備はできているか?」

クララ様は随分と機嫌よさげだ。

普段は見せないウキウキとした雰囲気がこちらにも伝わってくる。

きっと狩りが好きなんだな。

 朝食を食べ終えたところですぐにエッバベルクの東にある森へと出発した。

本日のメンバーはクララ様、俺、馬のブリッツの他に猟犬のハスラーがいる。

ハスラーは見たことのない犬種でかなりでかい。

俺の知っている犬の種類に照らすとグレートデンくらいある。

しかも顔が怖い。

モンスターにしか見えない。

きっと地球上にはいない種類なのだろう。

猟犬としてよく訓練されており、優秀なのだそうだ。

「よろしくなハスラー」

挨拶する俺をハスラーは横目で見て「フン」と鼻を鳴らした。

あ、こいつ俺を格下に見たな!

くそ、舐めやがって。

デカい獲物を捕らえて見返してやるからな。

「コウタ、この森は比較的安全な森だが奥地に行けばゴブリンの巣もある。決して気を抜くなよ」

「はい」

小心者を舐めないで欲しい。

初めて入る見知らぬ森。

しかもモンスターもいるんだぜ。

気を抜くわけないじゃないですか。

ずっとお側にいますから皆でちゃんと守ってね!


 1時間後。俺は森の奥深くに一人で立っていた。

クララ様とブリッツ、ハスラーは狩りに行ってしまった。

そして俺は孤独に荷物番だ。

……気なんか抜けるか!! 

とりあえず薪になる枝でも拾いますか……。

その辺に沢山落ちている枯れ枝を集めて、お湯でも沸かしながらクララ様の帰りを待つとしよう。

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