第7話 お前を抱いて異世界へ
目の前にいる吉岡が急に俺の顔を覗き込んだ。
「どうした?」
「先輩、なんか疲れてませんか?」
それはそうだ。
吉岡にとっては何の変哲もない昼休みだろうが、俺はこの世界の時間軸を抜け出して、異世界でゴブリンと戦闘をしてきたばかりだ。
疲れているに決まってる。
ここで少し時の流れについて整理してみよう。
異世界に召喚された俺は向こうで何日過ごしても帰ってくるときは召喚された時点に戻ってくる。
だけど、異世界での時間は俺が地球のどの時間に戻っても関係なく流れ続けているようだ。
つまり俺自身が感じている時間の流れは異世界の時間の流れに準拠しているのだ。
唯一の例外は「狭間の小部屋」で、あそこはどちらの時間軸からも独立している。
だから狭間の小部屋でどれだけ過ごそうと、どちらの世界の時間も進まない。
まあ、時空神の偉大な力が働いてるってことだ!
次の召喚は3日後の朝ということで決まった。
正確に言うと62時間27分32秒後だ。
現在12時42分なので、地球時間で三日後の深夜3時9分に召喚される予定だ。
どうしてここまで正確にわかっているかといえば、クララ様に俺の時計をタイマーモードにして渡してあるからだ。
クララ・アンスバッハとは主従の契約を結んだのでクララ様―コウタと呼び合うことになった。
召喚されたら一週間で従者の仕事を覚えなければならない。
一週間後には王都への旅が始まる。
それまでにしっかりと準備を進めておこう。
仕事を終えて帰宅した俺はマンションの地下駐車場へと向かった。
ここに俺のオフロードバイクがある。
オフロードバイクと言っても125㏄の小型バイクだ。
パワーもないしスピードもあんまり出ないのだが走破性は悪くない。
異世界の田舎道でも威力を発揮してくれると思う。
燃費もそこそこ良くて1リッターで44キロは走る。
タンク容量は7リットルなので満タンなら300キロ以上走るわけだ。
もちろんこれを異世界へ持っていくつもりだ。
そうじゃないと王都までの道のり約1400キロを徒歩で歩くことになってしまうのだ!
その事実を知ったのはクララ様の従者になると契約してしまった後だった。
もし馬を買おうと思ったら10万マルケス(10万円)前後で買えるらしいのだが、そんな出費はごめんだ。
年末のボーナスは例年並みに貰えたが気軽に買える物でもない。
召喚される時間は決まっているのでその時間にこいつを持ち上げていれば一緒に召喚してくれるんじゃないかと期待しているのだ。
ちなみに車両重量は112キロだ。
……根性で持ち上げて見せる!
……無理かな?
せめて空間収納の大きさがもう少しあったら……。
一か月ぶりにエンジンをかけてみたがバイクに目立った不調はなかった。
久しぶりに絵美と夕食を共にした。
夕飯は先に帰っていた俺が作った。
小松菜と油揚げの味噌汁は美味しくできたと思う。
だけど、会話はあまり弾まなかった。
当たり前のように今夜も夫婦の営みはなしだ。
実際に絵美は疲れているようだし、無理強いできるものでもないしね。
寂しいけど今夜は俺も忙しい。
そう、今日はあちらの世界に召喚される日なのだ。
すでに持ち物は空間収納にぎゅうぎゅうに詰めてある。
あとはバイクを持ち上げるだけだ。
深夜3時のガレージで俺はバイクを持ち上げる準備をしている。
これって、どう見たって車両泥棒にしか見えないよな。
誰も来ないことを祈ろう。
そのままだと持ち上がらない気がするのでザイル(ロープ)でバイクを縛って体に結び付けてみた。
多少は補助の役目をしてくれるはずだ。
時刻は3時3分。
試しにバイクを持ち上げてみたがうまくいった。
10秒持ち上げた状態をキープしてバイクを下した。
「ハア、ハア、ハア」
呼吸が乱れる。
早いところ身体強化とか剛力とかそういう
スマートフォンのアラームが深夜の駐車場に鳴り響いた。
若干焦りながらタイマーをオフにする。
あと5分で召喚の合図だ。
悪いことは何もしていないのだがびっくりした。
バイクと自分にザイルを結び付けている姿をご近所さんには見られたくない。
いや、ご近所さんに限らず誰にだって見られたくないよ!
警察に見つかったら職質は免れないだろうし、どう言い訳をしていいかもわからない。
異世界に持っていくんですという真実より、バイクを縛るのが好きな性癖なんですと言ってしまった方が信じてもらえそうだ。
残り3分。
トイレに行っておけばよかった……。
でも俺とバイクは堅くザイルで結ばれている。
今から結び目を解いてトイレに駆け込んだら放尿の途中で召喚される可能性が高い。
そんなことになったら狭間の部屋は大参事だ。
イケメンさんに怒られるかもしれない。
ものすごくしたいわけではないのでそのまま時間が過ぎるのを待つ。
後2分。
俺はこんな時間に、くそ寒い中で何をしているんだろう?
……つい客観的に自分を見つめてしまった。
中腰でバイクを抱えて、しかもザイルを巻き付けてるんだぜ。
俺ってばとってもアホッぽい。
残り1分。
そろそろバイクを持ち上げるか。
多少の誤差はあるかもしれないし、念には念を入れて10秒前から持ち上げておくことにしよう。
足腰に力を籠めてバイクを持ち上げた。
ふらつく足を踏ん張りながら持ち上げたままをキープする。
クララさん……早くして!
予定時間の3時9分になったのにまだ召喚されない。
13秒経過。
あっちへフラフラ、こっちへフラフラ。
15秒経過。
もうバイクを置いてしまいたい。
だけど……1400キロを歩くのは絶対嫌だ!
20秒経過
クララ様早く……お願い……もう……
タイヤが地面につくかと思われた瞬間、狭間の部屋に移動していた。
「ぶはぁっ!」
一気に息を吐きだしてバイクを置いた。
死ぬかと思った。
でもここまでバイクを持ってくることには成功したぞ。
よかった。
あれだけ苦労して持ってこられなかったら精神的ダメージが大きすぎるもんな。
さて、いつものスキルゲットタイムだ。
スキルは「種まき」「
今度は何が出るかな。
少しでも生存率が上がるスキルが出てほしいところだ。
よし、カードを引くぞ。
スキル名 気象予測
天気、気温などの気象予測ができる。
新しい天気予報アプリを入れたばっかりなんだよね……。
まあ、異世界じゃスマホは役に立たないけどさ。
オプションとしては悪くない能力だけど、もうちょっとかっこいいスキルが欲しかった。
そうはいっても気象予測の使用頻度は高そうだ。
天気は気になるもんね。
一応ゴミスキルではないと考えよう。
あ~時間操作とかしてみてぇ!!
生産系や回復系の魔法だって欲しい。
だが慌てることはない。
クララとは6日に一度召喚をすることで契約してある。
本当はそれ以上の頻度で召喚できるようなのだが、彼女も戦闘などで魔力を必要とするから、MP残量は余裕を持たせておきたいそうだ。
それでも6日に一つの割合でスキルが増えていくのだ。
そのうちレアスキルを引き当てることもできるだろう。
さっきまで深夜の3時という時間帯にいた。
興奮で目は覚めているが、このままあちらの世界へ行ったら寝不足になってしまう。
予定通り少し仮眠しておくか。
空間収納から断熱マットと寝袋を出して床の上に敷いていく。
断熱マットを敷いておけば石造りの床でも体温は奪われない。
このマットと寝袋は狭間の部屋に据え付けるために持ってきた。
他にも雑誌や漫画、お菓子も置いていく予定だ。
今後は何回もこの部屋でこんな時間調整をすることになるだろう。
今日は重量の関係でマットと寝袋を持ってきたが、余裕のある時にちゃんとした布団を持ってきたいものだ。
勝手にここを私室化するつもりでいるけど大丈夫かな?
もしダメならイケメンさんが注意してくれるだろう。
寝袋に潜るとそれまでの緊張が嘘のように溶けて眠くなった。
少しは寝られそうだ。
明日から騎士の従者か。どんな生活が待っているのだろう。
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