第6話 前言を撤回します

「えーと……アンスバッハさん。それはどれくらいの期間を要するのでしょうか?」

俺はガラッと口調を変えて聞いた。

労働期間、賃金、労働環境はこの際はっきりさせておいた方がいい。

ブラックなところで働くのは勘弁してほしいのだ。

「き、期間とな?」

突然俺の態度が変わったのでアンスバッハさんもびっくりしているようだ。

「はい。契約期間を先に決めておかなければ後々問題が起きてしまう可能性があります」

「な、なるほど。おっしゃる通りだ。出発は三日後を予定している。王都へは約一カ月の行程になるだろう」

「その後、王都での軍務につくんですよね?」

「うむ。おそらく王都警備隊として半年間勤務することになる」

長すぎるだろう!

「その間ずっと従者としてお仕えするわけですか?」

「い、いや。ずっと一緒でなくてもよいのだ」

断られそうと思ったのかアンスバッハさんは慌てて付け足す。

「用事がない時は戻ってもらっても構わない。改めて召喚しなおす故また来てくれれば……。もちろんこちらでの休日も設けよう!」

この人けっこう必死だな。

だけど、自分にとっては何度も召喚してくれるのはありがたいぞ。

それだけスキルが増えるもんね。

ただ両世界で活動し続けると体力が続かなくなりそうだ。

そんな時は狭間の部屋で休めばいいかな。

あそこは時間の流れを無視できるそうだからいい休養になるだろう。

ネット小説とか読みながら長時間ゴロゴロするチャンスかもしれない。

「わかりました。労働時間については後で細かい点を詰めましょう。それで報酬のことなんですが」

「報酬というと……賃金のことであろうか? それとも他に生贄のようなものが必要なのか!?」

俺は邪神か!

いっそ12人の処女でも要求してやろうか!?

「いえ……生贄など必要ありません。賃金を頂ければそれで充分です」

労働の対価を求めることは別に構わないとイケメンさんも言ってたもんね。

「承知した。だが恥ずかしいことだがアンスバッハ家は裕福な貴族ではないのだ。そこのところは理解してもらいたい」

ありゃ、低賃金の予感。

「それでどれくらいの給金が頂けるのでしょうか?」

「一日600マルケスと考えているのだが……」

600マルケスって、600円じゃないか! 

日給600円? 

時給じゃないよな!? 

なんぼなんでも安すぎだろう!

日本国だったら労働基準監督署が黙ってないぞ!

「これでも奮発したつもりなのだ。王都にいる労働者の平均収入はこれくらいだと聞いている」

こっちの世界って賃金が安いんだな。

そのぶん物価も安そうだけどね。

俺が考え込んでいるとアンスバッハさんは心配そうに俺の顔を覗き込んできた。

「召喚獣殿、この条件で如何であろうか?」

…………。

………ずるいぞ。

可愛いじゃないかこの野郎!

性格のきつそうな人の不安げな顔………これが………ギャップ萌えか………。

「リアから貴殿を紹介されて、藁にもすがる思いで召喚いたしたのだ。どうか我が願いを聞き入れて欲しい」

はぁ、可愛い上にリアの推薦か。

今回のスキル「麻痺パラライズ」は取っておきたいやつだしなぁ。

返事を保留したまま更に考え込んでいるとなんだか屋敷が騒がしくなっていた。

なにか起きたのか?

アンスバッハさんも怪訝な顔をしている。

「クララ様ぁ! 一大事にございます!」

ノックもせずに扉を開けて、飛び込んできた執事のエゴンさんの顔は青い。

「客人の前だぞ」

アンスバッハさんの叱責を手で制しながら、エゴンさんは喘ぐように言葉を吐き出した。

「モンスターでございます! 東口にゴブリンが! 村の子どもが攫われましたぁ!」

そこまで聞くとアンスバッハさんはやおら立ち上がり、

「失礼する」

とだけ言って出て行ってしまった。

廊下から「馬をひけぇっ!」という大声が聞こえてきたから、きっと現場に駆け付けるのだろう。

大丈夫かな? 

ちょっと心配だ。

「ゴブリンって、モンスターが現れたんですか?」

近くでまだ喘いでいるエゴンさんに聞いてみる。

「はい。毎年冬になると家畜や子供をさらいに徒党を組んでやって来るのです。いつもならもっと寒くなってから来るのですが、今年は凶作で山の恵みも少なかったのでしょう」

やっぱり異世界は危険がいっぱいだ。

アンスバッハさんの依頼を受けるにはかなりの覚悟がいるぞ。

「可哀想に、無事に助けられればいいのだが……」

エゴンさんは攫われた子どもを心配しているようだ。

「小さな子どもが攫われたんですか?」

「はい。ノエルというまだ7歳の女の子です」

ノエル! 

リアの妹のノエルか!?

「ば、場所は? 襲われた場所はどこですか!?」

「村の東です」

エゴンさんの指さす方向を窓から確認して部屋を飛び出した。

 モンスターが現れたと聞いた時、俺はまだファンタジー映画を見ているような感覚でいた。

大変な事件が起こっているのに実際に起きている事件としてとらえられなかったのだ。

だけど知っている子どもが攫われたと聞いて、それまでファンタジーだった世界はいきなり現実味を帯びてしまった。


 東を目指して走っていくと村人たちがモンスターと闘っていた。

人間は10人以上いたがモンスターの数はもっと多い。

身長150センチほどの緑色をした子鬼が30匹くらいいる。

こいつらがゴブリンか。

ゴブリンが打製石器の槍や斧を武器にしているのに対して村人たちは粗末な槍や農具で応戦している。

ゴブリン一体一体の戦闘力は低そうだが、数が多いだけに危険だった。

そんな戦闘の中に遠目でも目立つ青い髪の少女がいる。

リアだ!

空間収納からなたを取り出してリアの所へ駆け寄った。

「リア!」

「コウタさん!」

ゴブリンを槍で突き殺したリアの側へいく。

「ノエルは?」

「連れて行かれました。追いかけたいんだけどこいつらが邪魔で」

往く手を阻むようにゴブリンたちが道を塞いでいる。

ノエルを助けるためには俺も覚悟を決めなくてはならない。

俺の基本スキル「勇気6倍」よ、俺に力を与えてくれ!

 初めて使う魔法が実戦になってしまったことに怯えながら手に魔力を貯めた。

3秒で魔力は必要量に達し左手の上にパラライズボールが生まれる。

ピンポン球程の大きさの白い光弾だった。

勢いよく手のひらを近くにいたゴブリンに向けると、光弾は飛び去り、たがうことなく命中した。

そのとたんにゴブリンが痺れたように硬直してしまう。

俺は動けなくなったゴブリンに近づき……その脳天に向けて鉈を思いっきり振り下ろした。

不快な感触が手に伝わってきたが、意識をそちらに向けないように次の敵を探した。

少し離れたところでゴブリンに囲まれそうな村人が見える。

手に再び魔力を込めた。


 生まれて初めて向けられる明確な殺意と、生まれて初めて他者に向ける自分の殺意の中で俺は理性を失っていた。

意識の中にあったのは相手の破壊だけだ。

自分がここまで残酷になれることをこの日初めて知った。


 ふと気が付くと村人たちがときの声を上げている。

なんだ? 

どうしたんだ? 

びっくりして辺りを見回すともうゴブリンはいなかった。

終わったのか……。

戦闘中は無我夢中で感じなかった恐怖が突然襲ってきた。

膝がガクガク震えて止まらない。

思わず膝をつきそうになったところで誰かに声をかけられた。

「アンタどこから来たんだね? まあ何でもいいや、さっきは助かったぞ!」

ゴブリンに囲まれていた村人だった。

「お、俺はアンスバッハさんに呼ばれて……」

「ああ、領主様んとこのお客さんかい」

返事も適当に周囲を見回した。

リアの姿がどこにもない。 

まさかゴブリンにやられた?

「あ、あのリアは、リアを見ませんでしたか?」

「リア? そういえばさっき森の方へ駆けて行ったが」

まずい! 

攫われたノエルを一人で追いかけて行ったんだ。

呆然と森へ向けた俺の視界に何かがきらめいた。

冬のか細い光を反射して光る銀色の髪の騎士だった。

鞍の前には小さなノエルを乗せている。

少しおびえた顔をしているが怪我などはなさそうだ。

馬の横には笑顔で歩いているリアもいた。

アンスバッハさんは鎧もつけず槍だけを持ってノエルを追いかけたのだろう。

そして見事にノエル救出に成功したのだ。

威風堂々いふうどうどうりんとしたクララ・アンスバッハの美しさに俺はしばし目を奪われてしまった。


 リアたちを家に送り届けて、アンスバッハさんと一緒に屋敷まで戻ってきた。

契約交渉の続きをしなければならなかったからだ。

応接間でお茶を頂いてようやく落ち着くことができた。

「多数のゴブリンを討ち取ってくれたと聞いた。改めて礼を言わせてくれ」

「いえ……自分でも必死でしたので。それよりもよくノエルを助けられましたね」

「ふっ、私とて必死だったさ。領民を守れんでは領主とは言えんからな」

クララ・アンスバッハか……。傲慢な貴族なら契約なんてしたくなかったけど……。

「さて、改めて尋ねるがどうであろう。我が願いを聞き届けてはもらえぬだろうか?」

この人と契約すれば、先程のような戦闘は今後何度ともなく起こるだろう。

命の危険だってあると思う。

だけど……。

だけどなんだろうこの高揚感は! 

胸の奥底から湧き上がる興奮が抑えきれない。

夫婦仲が上手くいってなくて、何カ月もずっとくすぶっていた気持ちが今やスカッとしている。

そうか! 

俺はこの世界を楽しみ始めているんだ!

「わかりました。貴方との契約を結びましょう」

俺はクララ・アンスバッハと主従の契約を結んだ。



元の世界に戻ってくると吉岡がしゃべっている途中だった。

「ツンデレとかクールビューティーとかはダメなんですか? 先輩が女騎士に興味ないなんて寂しいなぁ。癒し系より絶対クール系が好きだと思ったのに」

そういえばコイツとしゃべってる最中に召喚されたんだった。

「吉岡」

「はい?」

「前言撤回だ。女騎士は……嫌いじゃない」

少なくとも俺が知っている女騎士は凛々りりしくて、それでいて優しい、いい女だった。

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