第148話 分からない

 黒山羊の群れは進んでいく。

『行き止り』を越えたあと、王都は不自然なほどに静かだった。黒い霧を抜けて、蹄が石道を叩く硬い音だけが一塊になって都の奥へ進んでいく。


 予想もしなかった再会の意味を、考えている暇はない。

 ソルディグが、『蒼の旅団』が王都にいる。間違いなくユーリも近く何処かにいるだろう。その意味に、囚われている訳にはいかない。


「ロージャ、今のは」


 ルシャが後ろを、ソルディグの消えた先を見つめている。彼女も僕と同じく、あの男の言葉を測りかねている。


「……『指定』は、そう軽いものではないと聞きます。国の王が与えるものを、一介の冒険者が棄てて、それで済む話ではないはずです」


「ああ。何か裏があるのか、それとも、王国を敵に回してでも、彼らも『果て』を攻略したいのか」


 口に出しても分かる訳ではない。ソルディグの乾いた眼。その奥にある想いも、見据えるものも、僕には欠片も感じ取れない。

 ならば、考えるだけ無駄だ。僕のすべきことは、彼らが何処にいようと変わらない。彼らが言葉通りに僕らと同じ目的だったとしても、これまでと変わらず敵だったとしても。


 前を向く。群れの進む先、広場を抜けた道は少しずつ細くなり始めている。見上げるともう、王宮の尖塔は大きく僕らへ覆いかぶさるようだった。

 王宮へ続く道。王都の中心、王族の住まう別世界。足を踏み入れるのは二度目だった。一度目は『王庭』での闘技会で、そういえばあの時も目の前にはソルディグがいた。

 随分と昔のことのように思える。


 ここまで来れば、王宮を守る王立軍が待ち構えていてもおかしくない。けれど進む道はまだ静かで、気配はない。不気味ですらある。

 ここまでほとんど敵らしい敵を見かけずにいるのは、ガエウスがうまく引き付けてくれているのか、僕らの奇襲が奏功しているのか、それとも宰相の罠か。



 どこからどこまでも、分からないことばかりだ。



 思えば、僕の旅路はずっとそうだった。臆病なくせに村を飛び出して、捨てられたくなくて、何も失いたくなくてただ走り続けた。

 ずっと不安だった。息苦しかった。身体はいつだって縮こまって、なんとか切り抜けて少しだけ眠れて、また分からない中に呑み込まれていく。


 いつだって前を駆けるユーリやガエウスが羨ましかった。迷いなく魔物のど真ん中に飛び込んで、道を切り開いていく仲間が、眩しかった。

 飛び込む形だけ真似をしてみても、不安は少しも消せなかった。


 でも今は、もう違う。不安なのは変わらなくても、もう苦くはない。

 怖くても、手は震えない。

 王都を混乱に陥れて――全てが僕らのせいではないとしても、僕らがその真ん中にいることは確かだ――それでも突き進んで、後悔はない。



 随分と身勝手に、僕は分からない今を楽しんでいる。



「シエス。このまま王宮に向かうよ。『門』がそこにあるのかは、分からないけれど」


「ん。わからない」


 前を見ているから、シエスの顔は見えない。きっと同じ表情をしているだろう。


「でも、いつもと一緒。星――魔素があって、わたしたちがいて、見つけたいものが、ある。いつもの冒険」


 シエスの声が、今度は明らかに緩んで、笑った。黒山羊の蹄が王都の石道を叩いて、群れごと頷くように、たわんで揺れた。


 いつもの冒険。王都の空気は淀んでいて、ひりつく気配は消えないけれど、これも含めていつものことか。


「ああ。王宮を見に行こう。考えるのはそれからでいいさ」


 僕が言うと、ルシャがこちらを向いていた。軽めの溜息をついて、目尻が下がって、温かな視線。呆れながら、場違いに凪いだ雰囲気でいる。

 出会った頃の陰は欠片もない。それが今でも嬉しかった。


「ロージャは、王宮に入ったことある?」


 珍しくシエスが続けた。『門』を探し疲れたのか、気配は少しばかり僕の隣に寄っていて、恐らくは僕を見上げている。


「あるよ。正確には、王宮そのものじゃなくて、その鍛錬場というか、『王庭』だけだけど。話しただろう? そこでソルディグと戦ったんだ」


 忘れていたのか、シエスがこれまた珍しく、ばつの悪そうな雰囲気になる。

 別に忘れていいんだ。もう終わった話で、それ以上でも以下でもない。


「よく覚えていないけど。僕らの試合は、王様も見ていたんじゃないかな。観覧席の一番真ん中にいる、偉い誰かに挨拶して試合が始まる。そんな感じだった気がする」


 口に出してみるとなおのこと懐かしい。警戒はしつつも緊張が緩む。敵地の只中にいるはずなのに追い詰められた気分でもなく、駆ける山羊の上で

 視線を上げると、陽が天頂から少し傾いていて、真昼を過ぎたくらいだろうか。日差しを感じる余裕さえある。

 あの日とは大違いだ。


「闘技会は、私も聖都でよく聞きました。冒険者と兵士と、王国中の腕利きが集まって、王都では祭のようだと。その頃は信徒まで、祈りより勝ち負けの噂話ばかりでした」


 ルシャも僕に応じて、目を細めている。昔、というほどではないけれど、かつての日々を思い出す。

 僕らが出会う前の日々。口にしても、凪いだ気分は変わらない。


「……ずるい」


 そんな中で、シエスだけはひとり不満げだった。口調は柔らかくても、声には不穏な色が差している。なんだろう。


「ずるいって、何がさ」


「わたしは、知らない。昔の王宮も、そこであった大会も」


 みるみるぶすりとしていく。不機嫌を察したのか、僕らの下で黒山羊が嘶いた。慰めようとしてくれたのか。


「大丈夫ですよ、シエス。これから見に行くんですから」


 ルシャの慌てた励ましにも、シエスはむすりとしている。

 こうなると中々厄介なのはもう良く知っている。どうしたものか。


「……ふたりは、見ても懐かしくなる。わたしはちがう」


 シエスの声はか細く、明らかに不貞腐れていた。


「見たことないのを見て、いっしょに驚いて、思い出にする。それが冒険。……仲間はずれは、いや」


 いじけたようで、でも言葉はすとんと胸に落ちた。

 僕だってシエスと同じ思いでいる。新しい世界を、知らない景色を、一緒に見に行く。その日々を切り抜けて、その日々を肴に卓を囲む。それが冒険だと、僕も信じている。

 けれど、過去は過去で、踏み越えたものでも過去として残り続ける。それを懐かしまないのは、少し無理がある。

 なんと言えば、シエスは納得してくれるかな。そう考え始めた時だった。



「ひらめいた」


 言うと、シエスは立ち上がって、右手を掲げた。カズョルの黒毛に埋もれていた、神樹の杖がもすりと浮いて、シエスの手に収まる。同時に纏う空気が張り詰めていった。


 嫌な予感がする。

 どう考えても、良からぬことを考えている。


「シエス、何を――」


「ロージャも、王宮にはいい思い出がない。そのはず」


 シエスは自分で言って自分で頷いている。

 いや、別にそんなこともないけれど。自分の馬鹿を振り返るのはいつだって酸っぱくて楽しくはない。でも今は、単に馬鹿だった頃の思い出で、憎くも苦しくもない。

 でもシエスは、僕に尋ねる風もない。


「吹き飛ばす。誰も見たことない王宮にする」


 そうすれば、みんな同じ。そう聞こえた気がした。


「えっ、えぇ、シエス?」


 ルシャが文字通り絶句していた。嘘ですよね?という顔をしている。

 ルシャは僕らのパーティでいちばん良識がある、僕がその面でいちばん頼りにしている仲間だ。その彼女がこうなら、シエスは間違いなく、とんでもないことを考えている。

 でも僕も、なんと言ったらいいか分からない。

 王都を滅茶苦茶にしているのは、もうある程度仕方がないとしても。流石にそれは、やりすぎな気が。


 シエスが右の掌を前へ向けて、宙を撫でた。掌の央から、白線が――霜の筋が八方へ走る。パキパキと割れる音を立てながら、氷は拡がって線と円を伸ばし、手の先の中空に魔導の陣を描いていく。

 これはおそらく、かなり不味い。


「シエス。王宮にはたぶん、まだ人がいる。それを傷付けるのは、避けたい」


「ん。加減する。王様と、まわりにいる人なら、強いから大丈夫。たぶん」


 隣でルシャが卒倒しそうになっていた。

 賢い娘なのに、どうしてこう、駄目な時に駄目な感じで無茶苦茶になるんだ。振り切れ方がおかしい。絶対にガエウスのせいだった。


「だ、駄目ですよっ! 絶対駄目です!」


 ルシャの説得も虚しく、霜の魔導陣はみるみる大きくなっていく。漏れ出した冷気が寒かったのか、山羊たちが不満げに啼いていた。

 氷の魔導はシエスのお気に入りだ。恐らくは最も得意な魔導を放つつもりなのだろう。


 どう言えば止まってくれるだろう。シエスも雰囲気を見るに、自棄になっている感は全くない。いつも通りの無表情で、理性的なまま、無茶を為そうとしている。だからいつも以上に止め方が分からない。


「……いやなのが、ぜんぶの理由じゃない。もちろん」


 魔導を整えながら、シエスが僕を振り向いていた。


「わからないけど、たぶん、『門』は王都のどこかには、ない」


 思いがけず『門』の話。冷静なのは、そのせいか。


「此処に『門』がないとすれば、私たちは袋小路ですね……というか、今はそういう話ではなく、シエス! 魔導は駄目です! 敵とはいえ、無辜の民を害してはいけませ――」


「ルシャは落ちついて。最後まで聞いて」


「え、わ、私が落ち着くんですか」


 暴走しているはずのシエスに諭されて、ルシャは困惑しつつ、言われた通りにとりあえず深呼吸をしていた。

 笑いそうになる。事態は徐々に疾走しているのに、僕らの会話は何も変わらずにいる。


「『門』は王都だとナシトが言った。読み違えるとは思えない。もちろん、シエスもね」


 シエスの意図を聞きたい。そう思って促すと、シエスは頷いた。


「そもそも、王都の星は、変。色が変わりにくい。変わりにくいのは、誰かが色をつけたから」


 魔素は人為の魔導によって色付く、だったか。シエスに教わった知識。シエスはもう完全に一端の魔導師で、僕らの旅を支えている。


「最初はわからなかった。でも、街中の魔素に色がついてる。私にも見たことのない色。透明な色。魔素に『膜』を張ったみたいに」


 目に見えない魔素の、目に見えない色。僕には何がなんだかだけれど、シエスが言うならそれは僕にとってそのまま真実だった。

 シエスの手の先の魔導陣はもう途方もなく大きく拡がって、上に左右に伸びて、黒山羊の切る風に揺れている。止めなきゃと思いつつ、シエスの考えを先に聞きたくなっている。


「大きな街でも、ふつうは色なしの魔素がたくさんある。でもここにはない。ひとつもない。そんなこと、ありえない」


 シエスの語気が少しだけ増す。シエスにとっては異常なこと。きっとシエスにしか分からない、魔の異変。

 眼はじっと、きっと魔素の浮く先を見ている。初めて魔導を教えた時と何も変わらない、真剣な眼差し。

 でもあの頃と違って、本当に、頼もしくなった。


「あるとするなら。この街自体がもう、魔導に取り込まれてる」


 ルシャが息を呑む、音が聞こえた。


「『門』はこの街。もう、呑み込まれてる」


 淡々と告げる、予想もしない一言。

 でも僕は思いの外、あまり動揺しなかった。宰相なら、『門』を隠すために何だってするだろう。王都全てが『果て』の入り口というのは、僕にはどうも想像がつかないものの。


 シエスの魔導陣が、びきりと音を立てた。終わりが近い。ほとんど同時に目の前が開けて、王宮の門が姿を現していた。

 華美というほどではなく、どちらかといえば実用に長けた無骨な塀と門。塀の端と王宮の中、所々に見える尖塔だけが異様だった。


 視線を戻すと、シエスが僕を見ていた。


「私の魔導をぶつけて、試してみる。『鍵』を載せて、街中に。ほつれたら私の勝ち。だめだったら、また考える」


 意思のこもった瞳。出会った時からこの娘は頑固で、僕の話なんて聞いていないようでいて、それでもいつも僕を頼りにしてくれている。

 今も、僕の言葉を待っている。


「意図は分かった。……それで、王宮を壊す意味は?」


「……特にない。やつあたり」


「シ、シエスっ」


「大丈夫。信じて。少し凍らせるだけ」


 信じたいのだけれど、一言余計な気がする。不安だ。


 でもまあ、いいか。

 シエスの眼を見て、すっかりその気になっている自分がいて、笑ってしまう。


 だいたい僕らは散々宰相に痛めつけられたんだ。少しの意趣返しくらい問題はない。それに、シエスは優しい娘だから、不必要な犠牲は出さないだろう。そのことは、いつだって嘘偽りなく信じている。


 結局、みんなみんなガエウスの馬鹿が移っている。多少荒っぽいのはそのせいだ。そう結論づけて、全部ガエウスのせいにしておく。ガエウスがそれを喜ぶか怒るかは微妙なところだけど、絶対に笑うはずだ。


 考え込みかけて、シエスとルシャの視線に我に返る。

 ガエウスを思い出していたなんて言ったら怒られそうだ。咳払いして、仕切り直す。シエスへ、伝える。


「王宮は、少し驚かす程度にして。吹き飛ばすのはなしだ」


「むぅ」


 シエスは案の定、不満げな無表情だった。でも、眼の奥には期待するような光。


「それ以外は、そうだな。ぶちかまそう」


 僕が応えると、シエスはふんすと、意気込んだ。

 途端、魔導陣が縮み始める。天に届くほど拡がった円が、轟々とシエスの掌に吸い込まれていく。その勢いに大気が震えて、ついに黒山羊たちも駆け足を緩めて、王宮の目の前で止まった。

 此処に至るまで、門の目の前にすら僕らを遮る兵がいないのは明らかに異様だった。けれどそれが宰相の策なのかは、もうどうだっていい。


 皆を守ろうと、盾を構えかけて。なぜかシエスが首を振っていた。

 大丈夫、と眼が言っている。訳が分からないものの、信じることにする。ルシャはいつの間にか、僕の空いた左腕を取って、半ば隠れるようにシエスの魔導を見ていた。


 シエスの掌の先で、霜の円陣が凝集していく。あっという間に小さくなって、冷気の塊は小さな球状の何かになって、シエスの掌の上で浮いている。


「氷は、固めると水になる。不思議」


 よく見るとそれは確かに水だった。大きな雨粒のようで、拍子抜けするほど静かに漂っている。

 けれど何か、得体の知れない圧を放っている。


「王宮は、また今度。次はぶっこわす」


 物騒なことを口走って、瞬間。

 水玉が割れた。白が、溢れ出す。


「『白厳雪マロゥズ ベールィ』」


 発動句と共に、僕とルシャは白に呑み込まれた。ひんやりとした霜の風。

 想像していたような凍える痛みはなく、ただ僕らの傍らを駆けていく。目の前が真っ白になって、すぐ傍にいるはずのシエスもルシャも見えなくなる。


 不思議な感覚だった。殺意にも似た気配を白い風からは感じるのに、僕らには何も害がない。激しく揉まれながら、通り過ぎていくだけ。

 メェ、と声が聞こえて、黒山羊たちも無事なことが分かる。


 この魔導は一体なんだろう。僕の知る魔導とはかけ離れた、全く知らない何かであることは分かる。シエスは一体何を生み出したのだろう。


 白い嵐は一瞬で吹き去った。視界は徐々に戻り始めて、それでも白の色自体は消える気配はなかった。

 目を凝らすと、僕らの周囲、見渡す限りが凍りついていた。走ってきた石道も、目の前の王宮も、遠く見える木々さえも。

 全てが白く、静止していた。唯一シエスだけが、かじかんだのか少し赤くなった指先を、白い息で暖めていて、変わらずいつも通りの無表情でいる。


 ぽかんとしている場合ではない。無理矢理に事態を呑み込んで、『門』が見つかったのかどうか、シエスに問おうとして。



「やれやれ。危ないところだったよ。化け物はロージャ、君だけじゃなかったとはね」



 声が聞こえた。聞き覚えのある声。白い靄の向こう、王宮の門が砕ける。

 それを跨いで、人影がこちらへ歩いてくる。顔が見える。


「……ソルディグ?」


 思わず、呼んでしまう。

 その顔は確かに、先ほどすれ違った男のものだった。声音も全く同じ。『蒼の旅団』の長が、そこにいた。

 でも強烈な違和感があった。違う。ソルディグの眼は、あんなに愉快そうに笑わない。僕らを嘲笑わない。そんな、分かりやすい男では絶対にない。


 目の前のソルディグは、僕の当惑なんて歯牙にもかけずに笑っている。手でも叩きかねないほど、痛快さを隠しもしない。その眼はシエスを見ていた。


「静と死を与えるものを、選んで吹き殺す雪と風とはね。そんなものを生み出せる存在なんて、これまで会ったこともない。それはもう、魔と呼ぶには高度に過ぎるよ。素晴らしい。ただただ素晴らしい」


 ついに本当に手を叩き始めた。拍手の音が、白い王宮に反響して、不快さを増す。

 この男は、いったい誰だ。


「せっかくここまで仕立てたものが、全部吹き飛ばされるところだった。あれは確かに、『門』を突き破る。現に今、此処に至ったようにね。君らも随分、物騒になったもんだ」


 これ以上固まっている訳にもいかない。害意はないものの間違いなく敵で、得体の知れない相手だ。

 シエスの手を引いて、後ろへ。同時に盾を構えて、僕らと奴の間に、壁の一線を作る。


「あれ、もしかして、思い出してくれてない?……あ、そうか。顔を作っていたんだった。因縁がある相手なんだと思って、驚かせようとしていたんだけど。いやあ申し訳ない。つい、演じるのも忘れて喋っちゃったよ。魔物の僕から見ても、突拍子もなさすぎてさ。さて、こっちの方が、君らには印象的だったかな」


 そう言って、男は愉快な空気を崩さないまま、手で顔を擦り上げた。瞬間、粘土のように目鼻と髪と、全てが崩れていく。

 装束も、剣も何もかもが溶けていく。

 代わりに現れたのは、目も鼻もない、ただ口だけの無貌。

 どうしようもなく思い出す。警戒が、これ以上なく張り詰める。


「やあ久しぶり。みなさん待望の、僕だよ。世界で唯一の、話せて笑えて、歌って踊れて、ヒトを滅ぼせる魔物さ」


 無貌の男。

 かつてシエスの首元に、『果て』を埋め込んだ男。僕らが『果て』を目指す元凶。


「そんなことより、ええと、いつもはなんて言ってたかな。訪問者なんていつぶりだろうね。どうも君は、辿り着いたことに気付いていないようだけれど」


 なぜこの男が此処、王都にいるのか。よりにもよって王宮の目の前に。困惑しきりでも、戦いの気配が程近いことはよく分かっている。




「――歓迎するよ、『守り手』の皆さん。ようこそ、『果て』へ。心を強く、握りしめておくのをお薦めするよ。ここでは全てが君次第だから」




 この状況にまして、男の言葉が何を意味しているのか、僕にはすぐには分からなかった。

 ただ、陽の光を感じないこと、頬に当たる風がシエスの魔導の消えた今でも凍えるように冷たいことだけは、嫌になるほど感じていた。

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