第147話 晴れ舞台

「おらいくぜっ! 軍でも賞金稼ぎでも、税免除が目当てのクソちいせえ冒険者でも、かかってこいっ」


 ガエウスが叫んでいた。僕らとは別の、魔導の山羊の群れに乗って、王の道を逸れていく。

 二手に分かれるのは、作戦通りではあるけれど。


「誰も来ねえなら、王都の家ぜんぶ、燃やし尽くしてもいいんだぜっ。俺を楽しませろよ! 誰も乗らねえのか、この冒険にっ!」


 ぎゃあぎゃあと騒ぐ。完全にならず者の発言だった。声はそのまま小さくなっていく。

 もはやただの都市襲撃、指名手配された通りの犯罪者めいてきた。


「やめてください……」


 ルシャは今にも泣き出しそうだった。呆れの溜息ではなく、明らかに目が潤んでいた。


「口だけだから。ガエウスなりの陽動、なはずだよ。たぶん」


 震え始めかねないルシャを見てられなくて、言ってはみるものの、僕も自信がない。

 ガエウスには善も悪もない。根は良い奴だと思うけれど、善いも悪いも冒険の前ではどうだっていい、冒険狂い。だから強いんだ。……流石に悪事はしでかさないとは信じているけど。



 ルシャをなだめていると、あっという間に僕らの乗る山羊の群れは、王都いちばんの広場へ差しかかっていた。

 王の道を北へ進んで、ひしめく家々を抜けた突き当たりに広がる『行き止り』。王宮を見上げる大広場は、王国の全ての道が此処へ繋がって終わるから、そう呼ばれている。

 初めて此処に来たときは、祭りでも開かれているのかと思うほどの賑わいで、人が文字通り溢れていた。田舎者の僕には、それが何でもない普段の王都だとは分かるはずもなかった。

 ただ今は、人気はない。既に人払いがされている。

 意外だった。王立軍が待っていると思っていた。宰相は敏い。エルフの森で襲撃され、『門』を奪われたときのように、今回も全て先回りされていると覚悟していた。


 すぐに、山羊の群れは『行き止り』の中ほどへ辿り着き、僕らの視界は開けて遠く先、丘の上には王宮の、いくつもの尖塔が見えた。宰相に見下されているような、錯覚を一瞬感じる。


「誰か、います」


 ルシャが警戒を呼びかける。気付いたのは声とほぼ同時だった。広場に誰かがいる。魔物ではなく人の、異様な気配。異様な視線。


「さて。まずは何が出てくるか」


 校長が呑気に呟いて、きゅぽんと音がした。……まさか、また酒瓶を開けたんだろうか。見なかったことにする。


「……お酒くさい」


 シエスの呆れにも、もう反応している余裕はなかった。


 群れの先に見えたのは、二人組だった。僕らを阻むように広場の真ん中に立って、僕らを見ている、おそらくは男女。

 声が聞こえた。


「あの、アンテミヤさま。ほんとにやるんですか。めちゃくちゃ強いって話ですよ、今回の賞金首」


「……」


「やっぱり止めときましょう僕らには無理ですって。そりゃ賞金はすごいけど、だって噂じゃあのニカさんが敗けたって話ですよ。王国最優の剣士が、弓師ひとりにボコボコに……って、ねえ、聞いてるんですか」


 明らかに逃げ腰な、小太りの中年。泣きそうに湿った声だった。


「もういる。目の前」


「えっ、うそっ、えっ、ヤギ?」


 弱気な男の前で、気圧されるほどの眼光をこちらへ放っているのは、背の高い女性。殺意とはまた違う、ざらついた視線。

 服装からして、軍の者ではない。かといって味方であるはずもない。

 山羊の駆け足は止まらない。二人との距離がぐんぐんと埋まる。


「ま、魔物じゃないですかこれ! やばいって!」


「貴方が、『守り手』のロジオン。そっちは、使徒シェムシャハル。ガエウスは、どこ?」


 ぶっきらぼうで、どこかシエスのそれと似た響き。僕らを射抜く目つきで、けれど一瞬だけ遠くを見るように視線がぼやけた。

 見たことがない人だけれど、もしかしてガエウスの縁者だろうか。


「……ガエウス、敵ばっかり」


 シエスのぼやきに、内心で頷いておく。まあ、昔からそういう男だ。


「いいわ。貴方を殺す。その後で、あの男」


 言い放って、視線に込められた色が今度ははっきりと、殺意に変わる。

 ひりつく気配。これは見逃してもらえそうもない。軽く片手をあげて、皆へ合図を送る。


「アンテミヤさまっ! なんでそんな怒ってるんすか! らしくないですよっ」


「黙って。構えなさい」


「お祖父――宰相のこと、嫌いって言ってたじゃないですか。だから王立軍入らずに、ろくに言うこと聞かずに当てつけで冒険者やってたんじゃ……」


「『展開』」


 緊迫した空気にそぐわない、少し愚痴っぽい男の問いかけを遮って、発動句が唱えられた。

 アンテミヤと呼ばれた女性の、長い茶髪がふわりと揺れて、その下、両の腕が一瞬光る。

 素肌を晒していた肩から下が銀色の腕甲と篭手に包まれた。悠然と立つ姿は、これも気配とはちぐはぐに涼やかで、飲み込まれそうになる。彼女には、半ば強引にでも目を惹く何かがある。

 見惚れている場合ではない。まだ動く雰囲気はない。けれど、始まるのは一瞬だろう。


「来るよ」


 声でも合図を送る。想定外の相手にも、決めた通りに上手く進むといいけれど。

 立ち上がって、前へ飛ぼうとして。


「思っとったより愉快なのが出てきたのう」


 真横にヴィドゥヌス校長が立っていた。僕と並んで前の二人を見ている。機嫌が一段と良さそうなのは、酒が入ったからだろうか。


「ロジオン。少しばかり、計画変更じゃ」


 不穏なことを言う。まあ、横についた時点でそんな気はしていたけれど。


 瞬間、銀が煌めいて、消えた。目の前にいた女性が、音も立てずにかき消えた。

 来る。

 考えるより先に、僕も飛び出していた。また山羊の背から跳ぶ。

 校長が何を考えているのかは分からない。僕にできることは、決めていた通りに、前へ出ることだった。


「ああもうっ! いつもこうだ、子守りなんて仕事、選ぶんじゃなかった、何もかんも間違いだった!」


 怒号なのかヤケクソなのか、曖昧な叫びが聞こえた。そちらへ意識を回している暇はない。

 地を蹴って、消えた女性の微かな気配を追う。ほんの僅かに、殺意の残滓を僕の背後に感じて、首筋がちりつく。


「四十をすぎて、やってるのは殴り合いだけだっ、また怒られる、くそったれ! やったるっ! もう出世の目もねえ! もうやるしかねえんですわ!」


 ほとんどヤケクソだったらしい。弱気が裏返って、芯の入った声に変わっていた。

 こんな出会いでなければ、仲良くなれそうな気がする。

 ふとそんなことを思って、笑いそうになる自分がいて、驚いた。死線の中で、僕も随分と図太くなったのだろうか。


 真後ろで、空気が弾ける音がした。盾はもう右手にあった。考えるより先に身体が動いている。

 振り向きざまに盾を押し当てる。壁にも思えた後ろからの圧――掌打を斜めに受けて、受け流した。

 重い拳だった。予想はしていたから、正面からは受けない。

 流れるように、回し蹴りが続いて僕の横腹に迫っていた。今度はよく見えた。足首を掴める。そう思ったけれど、上体を捻って躱すにとどめる。敵の魔導がまだ読めない。初撃で無理をする意味もない。


「おら死ねっ! 『嵐雷グロゥザ』っ」


 物騒な掛け声。魔導は男からだった。雷か。

 横に跳ぶ。間に合うだろうか。間に合わなくても、問題はないと思うものの。


 全身が粟立つ。兜の下で、髪が無理矢理引かれたように逆立つ。完全に捕捉されている。間に合わないか。

 瞬間、視界が真っ白になって、轟音が降り落ちた。

 けれど衝撃は、なかった。雷が落ちる瞬間、地面が盛り上がって、屋根と壁のように僕を包んでいた。

 たぶんシエスだろう。似た魔導を見たことがある。どんな魔導が来ても、シエスが守ってくれる。


「ええっ、なんだそれ! 小さくて疾い『天蓋シェレム』なんて、聞いたことないぞ! 卑怯だっ」


 男の方は魔導師だったらしい。弱気なのか強気なのか、起伏の激しい人だな。

 土の盾は雷にもびくともせず、僕を守ってすぐに消えた。

 体勢を立て直して、すぐに次の攻めに備えようとして。僕と、道を塞ぐ二人の少し先で、カズョルの群れが速度を落としていた。

 ルシャたち三人は、僕を置いて『行き止り』を抜けるはずだったのに。僕はうまく敵をいなして、追いつく。その予定だった。


「どうどう。いい子じゃ。食む草がなくて申し訳ないが、ちと待て、みなの衆」


 校長の暢気にも聞こえる掛け声で、群れはとうとう止まってしまった。酒瓶を片手に、校長が僕らの方へ歩いてくる。

 その様子を、なぜか敵二人もじっと見ていた。殺意が束の間、緩んだ気がした。


「……先生」


「久しぶりじゃのお、アンテミヤ。腕もキレっぷりも、変わらんの」


 校長が手を振る。アンテミヤと呼ばれた女性は、変わらず憮然として、視線を僕から外そうとしない。


「宰相の孫娘じゃよ。魔導もナシトの次ぐらいにうまいが、なによりすぐに手が出る。学校中の壁に人型の穴を開けておった。懐かしいのう」


 僕の困惑を察したのか、説明してくれた。

 孫娘、というのにも驚いたが、かつての魔導学校の生徒か。言われてみれば、僕と歳は然程変わらないか、精々でも少し上ほどに見える。


「あと気を付けい、後ろのおっさんは、魔導だけならナシトより疾くて上手いぞ。まだ目付け役を耐えとるとはの、オプルよ」


「げぇ、な、なんでヴィドゥヌスさまがいるんですか! ただの冒険者パーティって話じゃ」


「まだ宰相を信じとるのか。幸せじゃのう」


 二人とも顔見知りだったのか。王都には僕もしばらく滞在していたけれど、二人の名前は聞かなかった。

 評判は知らないが、相当な手練れであることは初撃だけでも分かった。特に、女性――アンテミヤは、あの身のこなしと、先ほどの重い一打。それだけで手強い相手と分かるのに、ナシトに及ぶほどの魔導の腕まであるという。

 困ったな。あまり時間はない。戦って打倒するには、厄介な相手には違いない。

 校長を見やると、僕の内心を透かしたように、僕へ片目を瞑って、お茶目に何かを合図していた。

 何か考えがあるらしい。


「さて。儂らは『果て』を目指しとる。お主らも冒険者なら、同じ夢を追うよしみで、道を開けてはくれんかの」


「『果て』なんてどうでもいい」


 切って捨てるような口ぶりだった。

 今のところ、宰相の孫娘がなぜ此処にいるのか、僕にはさっぱり見当もついていない。何か確たる思いがあることは分かる。でも、宰相への愛が深いようには見えない。


「王都の中心たる此処にすら軍を置かないのを見るに、『門』はもっと先じゃろう。ならお主らはある種、尖兵じゃよ。使い捨ての駒じゃな。期待されておらん」


「そんなばかな、王都きっての実力派冒険者ふたりですよ、しかも孫娘と信頼厚い切れ者の私ですよ、そんなことあるわけ――」


「知っているわ、そんなこと」


「ええ、うそっ」


 割と深刻な場面であるはずなのに、このオプルという人のせいでなんだか気が抜ける。

 シエスも同じ思いなのか、僕の横でなんとも言えない眼で僕を見上げていた。肩をすくめてみせると、シエスも呆れたような無表情になって、また視線を戻した。


「此処で命を懸けても、意味はない。人生はもっとゆるりと楽しむもんじゃ。昔のよしみで、行かせてくれんかの」


 校長の説得は、いつになく気持ちもこもっているように感じた。教え子とは戦いたくないのかもしれない。ヴィドゥヌス校長は、本当に優しい人だから。


「……ごめんなさい。あんな性悪でも、国への想いは本物だから。それを汚すのは、先生であっても、許さない」


「なるほど、の。王都の鏖殺姫も、人の子か」


「あとガエウスを殺せるならなんでもいい」


 そっちが主な理由か。あまりに物々しくて清々しい一言に、校長も気持ち良く笑っていた。


「ロジオン、作戦失敗じゃ。昔世話した恩を持ち出して、なんとかなるかと思ったが、無理じゃった。すまん」


 謝るようなことではない。伝えている時間はないけれど、問題ないと伝わるように、はっきりと頷いた。


「ぜんぶガエウスが悪い」


 シエスはいつのまにかじとっとした眼になっていた。気持ちは分かる。

 確かに、どういう因縁があるかは僕も気になる。


「あの人に何したんだろうね」


 僕のつぶやきを、拾ったのはなぜかオプルだった。思い出した、と言うような顔で、語り出す。


「ああ、アンテミヤさま、昔はガエウスにデレデレべったりでしたもんね。ある日突然置いてかれて、泣き喚いて――」


 瞬間、オプルの目の前で爆炎があがった。炎が渦を巻いて、彼の鼻先を下から上へ、貫くように一瞬だけ巻き上がる。


「それ以上口を開いたら、オプル、まず貴方から殺す」


 炎の熱とは裏腹に、空気は一段と冷たくなった。オプルの顔は真っ青になっている。この二人、本当に長い付き合いなんだろうか。

 アンテミヤの様子を見るに、どうやら色恋のもつれも一因らしい。同じように察したらしいルシャは、苦笑いしていた。

 ガエウス、意外と惚れられやすいからな。本人には全く興味がないらしいから、悲しい話にしかならないのだけれど。


「迷いはなしか。すると、押し通るしかないのう」


「先生こそ、退いてください。先生は、殺したくない」


 言いながら、アンテミヤが腰を落とす。視線はまた僕を見ていた。また来る。戦いは避けられなさそうだ。


「本当に、昔から変わらんの。殺すのは無理じゃと思う。わし、まだまだ強いから」


 校長の返しをきっかけに、また場がひりつき始める。僕も盾の持ち手を握り直して、今度は先手を、踏み込もうとして。


「なにやっとる。お主らは先に行くんじゃよ」


 校長は呆れた風だった。

 でも、人数はこちらが多い。僕とルシャで抑え込んで、校長とシエスで仕留める。その方が結局は早いはずだ。


「ですが」


「あれでも一応、王国の次を担う大事な女子じゃからの。今のお主らだと、迷いなく潰しかねん。じゃがお主と同じように、国にも将来がある」


 教え子死ぬのも見たくないし、と笑う校長は、やっぱり優しかった。


「ひとりで二人はちと荷が重いが、なに、時間稼ぎくらいはできるじゃろ。やばくなったら逃げてそのまま魔導都市帰るから安心せい」


 僕は頷いた。大陸いちの大魔導師が負けるとも思えない。それにあのナシトを育てた人が、正直に真正面から戦う訳もないだろう。

 ルシャとシエスを振り向くと、二人もすぐに動き出していた。向かうのは、立ち止まった黒山羊の群れ。僕もすぐに後を追う。

 シエスは僕よりもずっとヴィドゥヌス校長のことをよく知っている。その彼女が声もかけないのだから、これが最後の別れでないことは明らかだった。


「ちょっと待てシエスや。いや、走りながらでよい」


 校長の呼びかけに、シエスが頭だけ振り向く。走りにくいだろうから、追いついて抱き上げた。


「儂は王宮が怪しいと見とる。根拠はさっぱりないがの。冒険の果て、最後の舞台は敵の城と、物語ではそう決まっとるからのう」


「ん。王宮、見てみたい」


 噛み合っているのか微妙なところのやり取り。本人たちが納得しているならそれでいい。

 王宮か。『行き止り』の先、王都で最も高く遠い場所。そこに『果て』があるなら、確かに面白い。


「行かせない」


 アンテミヤの威圧が増した。すぐにこちらへ跳んでくるのが嫌でも分かる。


「アンテミヤ、お主、魔物の講義も身には付いとらんようじゃの。黒山羊に何ができるのか、知らんで冒険者とは、まだまだ三流」


 校長が笑う。朗らかで、魔導学校で会った頃と何も変わらない余裕。

 僕ら三人、黒山羊の群れに飛び乗ると、後ろに残して来たはずの校長が目の前にいた。魔導の幻影か、それとも魔導で数瞬のうちに移動したのか、判然としない。

 アンテミヤの気配が迫る。校長は悠々と杖を掲げて黒山羊の前、楽隊の指揮を執るように、詠う。


「さあみなの衆、出番じゃぞ。緩い、草を食む、狼から逃げる以外の、これ以上ない晴れ舞台。なあに、これも愉しめたもん勝ちじゃ」


 魔物は普通、人の言うことなど聞かない。けれど今、無数のカズョルたちは、迫る人型の暴風も知らず、校長の杖を見つめていた。

 そして、アンテミヤの拳が、群れの端を捉える直前。


「腹から声出せ、いくぞい――『夜霧ミグラ』!」


 掛け声と共に、爆発したのは、黒山羊の啼き声だった。広場中に、王都中に響くほどの野太い「めぇ」と共に、吹き出したのは真っ黒な霧だった。

 事前の取り決め通り、僕らは山羊の背に張り付くように、姿勢を低くしてしがみついた。

 黒山羊の魔物、カズョルは魔導をほとんど使えない。けれど一つだけ、天敵のヴォルクに襲われたとき、放つのが『夜霧』だった。

 重さを持った霧。迫るものを弾き飛ばして、視界を塗り潰す黒。ただ逃げるための魔導。単純ながら、群れで放つそれは強力だった。


 霧と同時に、山羊たちは駆け出した。真っ直ぐ広場の端へ、王都の奥へ。霧は広場中を満たして、それでも終わらずに王都中へ広がるようにさえ見えた。

 アンテミヤの気配は消えていた。不意を打てたのもあって、少しの間は距離を稼げるだろう。

 少しだけ顔を上げる。すぐ横にいたシエスが、まだ続く霧の噴出で飛ばされないように、腕を回して支える。シエスはすぐに向きを変えて僕へ抱きついてきた。ルシャがそれを見ていて、呆れるように笑っていた。

『果て』の入り口はまだ分からない。でも、行き先は見えた気がした。思い込みでも構わない。目的地があった方が冒険らしい。

 そう思って、思わず声に出していた。


「行こう! 分からないけれど、王宮へ――」




 その時だった。全く、気付かなかった。




「面白い手だ」




 想像もしていなかった。聞き覚えのある男の声。すぐに分かった。

 かつて此処、王都で、憎みかけた相手。どうして此処に?


「此処は任せろ、ロジオン。ヴィドゥヌス殿を支援する。その後で、私もすぐに追う」


 声の主は、群れの向かう先にいた。僕らを押し止めることはなく、すぐにすれ違った。通り過ぎる横で、僕へ語りかけている。

 気配は彼一人だけだった。僕にあるのは、ただ困惑だけだった。


「……ソルディグ」


 声に警戒が滲むのを抑えられない。


「ああ、私たちは敵、だったな。それで構わない」


 声が少しずつ遠ざかっていく。黒霧の圧を全く意に介さずに、ソルディグは『行き止り』に立っている。


「『蒼の旅団』は、王国の側だろう。それがなぜ、僕らを助ける」


 彼らは今、明確に敵であるはずだ。それだけを問う。


「王国の『指定』は捨てた。『果て』が近いなら、国がそれを阻むなら、超えていくだけだ」


 霧の中、ソルディグの姿も表情もよく見えない。

 声は以前と何も変わらず、何も読み取ることができない。不気味な響きだった。


「目的は一つ――『果て』を潰す」


 迷いなく言い切って、気配ごと消えた。

 それが真意だったとしても、信じる気にはなれるはずもなかった。

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