第122話 いつも通り

 翌朝。

 目を覚ますと、小さな窓から覗く外はまだ薄暗かった。昨日はカカフ兄弟と別れてから、夕食をとってすぐ床についたせいか、普段より少し早く目が覚めてしまったみたいだ。

 すぐ傍で眠るルシャを起こさないように上体を起こす。眼の奥も首も肩も重くはない。例の違和感についても、『力』を使っていない今は何も感じない。少なくとも、地下に落ちてからの身体の疲れは、もう大丈夫だろう。

 寝台から静かに立つ。はだけてしまった毛布をルシャにかけ直して、部屋を出る。

 いつもなら、此処にはシエスもいて、毛布のかけ方に少し悩むのだけれど。今は、シエスは別室で眠っている。

 シエスは、表情の昏さは少し薄まっても、まだ僕らに魔導を放ったことを振り切れてはいないようだった。まして今は魔素まで見えなくなっている。シエスを支えていたものが何もかも揺らいでいる。簡単には立ち直れないだろう。

 考えながら部屋を出て、すぐ隣の、シエスの眠る部屋の扉を見る。扉の奥には、小さな、静かな気配が僅かに感じられる。きっとまだ眠っているはずだ。起こしたくはなかった。

 僕は扉を開けずに、音を立てないように前を通って、下の階へ降りた。そのまま、立てかけておいた借り物の鎚を取って、そっと外へ出る。陽の光はまだ弱々しかった。

 いつも通り、鍛錬を始めよう。シエスと話すのはそれからでいい。僕が鍛錬を放り出してシエスの横にいれば、今のシエスはそれさえ自分のせいだと責めてしまうだろうから。



 開けた場所を探して、街の中心まで来てしまった。まだ朝も遠いからか、家々も少ない中心部はひどく静かだった。今なら鍛錬にはうってつけの場所だろう。そう思って、鎚を振り始めた。

 今日は、難しいことをするつもりはない。ただ鎚を振り続ける。『力』は込めずにただ両手で握って、腕力だけで、縦へ横へと振るう。鎚の頭が何度も風を叩く。その音だけに集中する。音も重さも、ほぼいつも通りだ。

 百を超えた辺りで一度止める。汗はまだほとんどかいていない。中ほどで握っていた柄を、少し長めに握り直す。もう一度振り始めると、今度は普段より、僅かに軽かった。音が緩い。速度は同じでも、風を芯で捉えていないような。

 握る手の、力の込め方を少しずつ変えて何度も振り直す。先程と同じ、風を殴って破る音が響く。

 やっぱりどこか、感触が違うな。ほんの少しだけ、重心の位置が違うのかもしれない。

 本当に少しだけで、ガエウスのような一流なら一瞬で慣れてしまえる違いだろうけど、僕のような不器用には十分恐ろしい差だ。慣れるには、振るい続けるしかない。できれば今日中に、掴んでおかないと。

 それからも少しずつ握りを変えて、振り続ける。二千を超えて、腕が重くなり始めてからは数えるのを止めた。同じ間隔で、同じような音が続く。その一つ一つに集中する。これまでの毎日で飽きるほど聞いた音だ。振るうほどに、普段との違いが薄れていくのを感じる。あと少し。

 一度手を止める。鎚を下ろすと、合わせて頬から汗が数滴落ちた。腕は少し重いけれど、違和感は無い。でも冒険の直後だ。疲れも抜けきってはいないかもしれない。今日はあと、千くらいにしておこうか――

 そう思った瞬間だった。首筋がちりつく。背後に何かを感じた。意識するより早く、身体が動く。『力』を脚に流す。前へ跳ぶ。迫る何かを躱す。


「おぉ、んだよ、少しはマシになったじゃねえか」


 振り返るのと同時に、聞こえたのは知った声だった。

 目の前、一瞬前まで僕のいたところには、普段より髭の濃いガエウスが立っていた。意地の悪い顔で笑っている。


「……ガエウスか。おどかすのは止めてくれよ」


「おどかしちゃいねえよ。俺の降りたとこに、たまたまお前が突っ立ってただけだ」


 馬鹿言うな。開けた此処には屋根に乗れるような宿も、登れる木々もない。降りるなんて、何処から――

 思いながら、上を見る。見えるのは大穴だけだった。大穴から覗く円い空からは日が差していて、もう随分と明るくなっていた。


「上で呑んでたンだが、まあ、穴から出りゃただの空だったな。珍しくもねえ」


 がははと笑うガエウスの息は酒臭かった。

 地底都市の大穴は、遥か頭上にある。見上げても空は遠い。信じ難いけれど、まあ、ガエウスならやるか。

 あれを登って、彼処から落ちて、物音一つ、埃一つ立てない。人間業じゃない。でも彼ならできるだろう。ひたすら鎚を振るっていた自分が馬鹿馬鹿しくなるような、圧倒的な力。僕が憧れてやまない、強さ。

 でも今それを面と向かって褒め称えるのは、違うな。褒める代わりに、小言を叩く。


「大穴に、『魔導壁』でも張ってあったらどうするつもりだったんだ。此処は一応、隠れた街だろ」


「そん時ゃぶち破るだけだろ。その方が面白かったんだがな」


 僕の小言にも、ガエウスはいつも通りだった。


「……何も無くて、良かったよ」


 ただでさえ、いきなり地底に落ちてきて厄介になっている上、宿や武具の手配までしてもらっているんだ。ドワーフの皆にこれ以上迷惑はかけたくない。

 そんな僕の溜息を、ガエウスは気付いた風もない。大あくびを見せながら全身を伸ばしている。


「それにしてもよく寝たぜ。そろそろ出発か?」


「まだだよ。まだルナ=ドゥアリが、色々と手を回してくれている最中だろう? しばらくは、待機だよ」


 素っ頓狂なことを言うガエウスに、とりあえずの方針を告げる。怒るかと思ったけれど、意外にもガエウスの反応は静かだった。僕を見据えて、馬鹿にしたように鼻で笑った。


「はっ。マシになったかと思ったんだがな。やっぱてめえは、まだまだだな」


 なんのことか分からない。ガエウスの言っていることが良く分からないのは今に始まったことではないけれど。

 間抜けな顔をしていたのだろうか。ガエウスは僕を見ながら、また一つ笑った。


「匂うんだよ。わからねえか」


「……匂い?」


「あァ。匂うんだよ、冒険が、よぉ! 今朝から、ここじゃねえどこかから、なぁ!」


 下卑た、でも心から楽しげな笑みだった。


 冒険の匂い、か。そんなもの、感じたことなんてなかった。僕にそれを感じられる日が来るだろうか。……来ないだろうな。

 僕は、皆を喜んで危険に引きずり込むほどの冒険狂いにはなれない。それはガエウスの役目だ。僕は彼の背へ必死に縋りついて、皆を守るので精一杯だ。

 でも、ガエウスの言う通り、本当に近く冒険が待っていたとして。そのこと自体は、嫌じゃない。

 いつかルシャに言われたように、僕だって男だ。まだ見ぬダンジョンに、広がる新しい景色に心躍るのは嘘じゃない。皆と一緒に進めるのなら、怖くはない。

 皆と、いろんな世界を、見に行けるなら。



「おい、聞いてんのか、ロージャ」


 気が付くと、人の話を全く聞かない男に、話を聞けと叱られていた。物思いを打ち切る。


「聞いてるさ。僕には分からないよ。とにかく、今は動かない。ダンジョンにも潜らない」


「んだと! んな馬鹿な話、あるかよっ! 行こうぜ、こういう時ゃだいたい近くになんかいンだよ、生きのいい化け物がよっ」


 案の定、ガエウスが騒ぎ始めた。内容は物騒だけど、子どものような駄々だった。

 放っておいてもいいけれど、なんとなく嫌な予感がする。このまま頭ごなしに否定するだけだと、ガエウスが勝手に飛び出して、どこかで騒動を巻き起こしてしまうような、そんな気がする。それはまずい。

 かといってガエウスと化け物探しに街の外へ出るなんてもっての外だ。そんなことをすれば、シエスを独り置いていくことになる。そんな事態、僕もルシャも許す訳がない。それにそもそも僕自身、化け物はあまり探したくない。

 どうしたものか。……そうだ。


「化け物は、知らないけど。外へ行く代わりに一つ、稽古をつけてくれないかな」


「あァ?」


 苦し紛れの提案ではあったけど、ガエウスの気配が変わった。


「実は、まだ試していないことがあってさ。『力』を使いたいんだ。全力で。受けてくれないかな」


 でっちあげの嘘ではない。今日か明日、借り物の鎚に慣れたら実際に試そうと思っていたことで、ガエウスが相手をしてくれるなら申し分ない。


「……化け物の代わりにゃ程遠いが。まあ、いいぜ。暇つぶしにはなるだろ」


 あまり乗り気ではなさそうでも、とりあえずは受けてくれた。ガエウスは気分屋だ。一時しのぎでも気を逸らせば、冒険より酒の気分になることだってあるだろう。


「ありがとう。じゃあ、僕が合図をするから、次に合図をするまで打ち合うということで――」


「ふざけんな、開始は今、終わりは、俺が満足するまでだ! いくぜっ」


 僕を遮って、ガエウスは消えた。


「待ってくれ、此処は街中だ、魔導はやめ――」


 言い終わらないうちに、寒気がした。弓の弦が張り詰める音。脚に『力』を込めて、横へ大きく跳んだ。

 そしてすぐに、地が弾けた。土煙が立ち昇る。僕の立っていた箇所にガエウスの矢と、込められた『爆破』が落ちて、地面は大きく抉れてところどころ燃えている。


「ガエウスっ、やりすぎだっ!」


 空へ叫ぶ。どう考えたってやりすぎだ。


「うるせえ、全力でやるンだろ! 加減はしてやる、死人は出ねえよっ」


 どこからか返事が聞こえた。そういう問題じゃない。

 軽々しく全力などと言うんじゃなかった。でももうガエウスの姿は見えず、気配も感じられない。完全に臨戦態勢のようだった。

 溜息をつく。やるしか、ないか。手合わせの目的が、ガエウスを止めることに変わってしまったけれど、やるしかない。


「展開」


 発動句を唱えて、鎧と盾を呼び出す。ガエウスを相手に、手など抜けない。はじめから全て出し切るしかない。鎚を背に回して、盾を構える。

 改めて、全身へ『力』を巡らせる。脚だけなら、今のところ大きな影響はなかった。けれどやはり、右腕には違和感が残る。せき止められるような、押し止められるような異物感。

 これは、何だろう。考えかけて、止める。今は実際に振るって、確かめるしかない。


 盾を構えてじっと待つ。ただの矢なら鎧と盾で問題ない。けれどガエウスの矢は尋常ではない。魔導は勿論、魔導なしでも僕の鎧の継ぎ目や、隙間という隙間を狙ってくる。止まっていては格好の的だ。

 それでも僕は動かない。的になるのが僕の役割だ。矢の狙いを集める壁になるのが重戦士の役目。僕の仕事だ。

 時間をかければそれだけ街に迷惑がかかることは、もう考えないことにした。ガエウスは、無闇に飛び込んで勝てる相手じゃない。

 一瞬、左から、風が裂ける音。左腕だけを動かして、受ける。盾に当たる瞬間、矢とは思えないほど重い衝撃が走った。『力』を込める。盾のすぐ向こうで、また爆炎が上がる。耐えながら、次の矢に耳を澄ませる。

 ガエウスの魔導は『爆破』が主体だ。他の魔導も扱えるが、まどろっこしいのは面倒くせえ、とかつて言っていた。それに彼には、自身の弓の腕に絶対の自信がある。余程のことがない限り、搦め手は使ってこないだろう。そう信じることにする。

 脇を狙った矢を、盾で吹き飛ばす。今度は魔導なしの、牽制だった。それに気付いて、すぐ前へ跳ぶ。爆発の遠熱が背を覆う。無視できる程度の熱さ。

 次の矢に備えながら、ガエウスの気配を探る。見つかる気はしない。けれど僕の勝機は、ガエウスの居場所を見つけて、一瞬で間を詰めて、殴りつけることにしかない。無茶な勝負だ。

 でもガエウスも、それは分かっているだろう。自分の優位を分かった上で、戯れに来る。ガエウスはそういう男だ。


 そう思った、その刹那の一瞬。背後の数十歩先に、確かにガエウスの気配を感じた。気付いて、身体はもう全力で、地を蹴っていた。

 跳んで、目の前にガエウスが迫る。


「はっ」


 ガエウスの顔は見えない。でも笑っている気がした。

 鎚を当てるつもりはないけれど、鎚を振るわなければ、腕の違和感は確かめられない。そう思って、迫りながらそのまま、鎚へ持ち換えた。

 それに、ガエウスなら避けるだろう。そう確信している自分が可笑しかった。全てを込めて、鎚を縦に、振り下ろす。

 痛みはなかった。けれど確かに、右腕の中の何かに、吸い取られるような錯覚を感じた。それでも『志』を無理矢理流し込んで、押し切る。鎚を叩きつける。

 すぐに、地が爆ぜる音。ガエウスの姿はなかった。考えるより早く、鎚を背に、盾を手に取る。同時に頭上から、緩い殺意。

 盾を振り上げると、その先の上空で、無数の矢を弓に番えたガエウスが歯をむき出しに、挑むように笑っていた。矢は全て、僕を向いている。

 ガエウスの指から、弦が弾かれる。間に合え。叫ぶ。


「発現っ」


 盾から青白い光がほとばしる。矢の雨が振り落ちて、いくつもの閃光が奔った。そのまま数瞬、耐える。

 『爆破』の爆風が、僕と盾の光壁を包む。煙で視界が塞がれる。まずいな。ガエウスの位置がまた分からなくなる。


「そういや、嬢ちゃんはほっといていいのかよ?」


 矢の雨と爆破の波濤がおさまるのとほぼ同時に、煙の向こうのどこかから、声が聞こえた。盾を構え直す。

 いきなり何のことだ? 嬢ちゃんとは、シエスのことか。


「こないだまで、宿に独りにするのは不安だとかなんとかほざいて、うるさかったのによ」


 煽るような声で、ガエウスが嗤っている。下手くそな挑発だ。僕がどう答えるかくらい、もう良く知っているくせに。


「傍にルシャがいる。大丈夫さ。それよりも今は、君の方が、問題だっ」


「けっ。つまらねえ、なっ!」


 言葉とは裏腹に、可笑しくて仕方ないとでも言うような声音だった。

 黒煙の向こうから、短刀の刃が鋭く差し込まれた。盾で弾く。次の瞬間には、全く別の方向からまた短刀が襲ってくる。気配は一切、読めない。

 それでも全て、盾と手甲でいなし切る。『力』を使わなければ反応できない速さ。けれどなんとか食い下がる。見えている。ガエウスの速さでも、戦える。

 けれど、『力』を込めるごとに、全身が気怠くなっていくのを感じた。何かがおかしかった。普段よりもずっと疲れが早い。

 摩耗しているのは、ガエウスが強いからだろうか。それとも、これもあの、右腕の違和感が原因なのだろうか。分からない。


 いなし続けて、ようやく煙が晴れる。

 切れた息をなんとか整えて前を見ると、ガエウスは気配を消さずに近くに立っていた。ようやく、満足したのだろうか。口を開こうとして。


「ロージャ!」


 意外な声が、少し離れたところから聞こえた。向くと、ルシャが立っていた。そのすぐ傍にはシエスもいる。じっとこちらを見つめている。


「ガエウスも、何をしているのですかっ」


 ルシャの声は困惑していて、加えて聞いたことがないくらい怒っていた。そこでようやく我に返る。背筋が寒くなる。

 これは、ちょっとまずいな。どう考えたって、僕も同罪だ。


「んなもん決まってンだろ、手合わせだっ! 男同士のなぁ! おめえらは引っ込んでろっ」


「馬鹿なこと言わないでください! 手合わせで街を穴だらけにする馬鹿が、何処に――」


「此処にいるんだよ、その馬鹿が、二人な!」


 ガエウスががははと笑う。ルシャの纏う空気が一段、重くなった。

 これはもう、駄目かもしれない。自業自得でも、泣きたくなってきた。


 そこでふと奇妙なものに気付いた。ガエウスの馬鹿笑いの他にも、なぜか歓声のようなものが聞こえる。野太く低く、楽しげな声。

 周りをよく見ると、僕とガエウスを囲むように、ドワーフたちまで無数に集まっていた。中心部を囲むように段々になっている家々からも、こちらを眺める気配が見えた。

 歓声に重ねるように、街全体が揺れ始める。ドワーフたちが跳び跳ねて、足を踏み鳴らしている。止まってしまった僕らの手合わせの、続きを望むかのような地響き。まるで闘技場の戦士にでもなった気分だ。


「ロージャよぉ」


 声に、改めて前を向く。ガエウスの眼は据わっていた。嫌な予感がする。ガエウスは驚くほど単純だから、まさか、この雰囲気に酔ったんじゃ。


「なかなか硬えじゃねえか。面白え。なら、もう少しだけ殺す気でいくぜ」


「いや、待ってくれ、流石にもうこれ以上は駄目だ、洒落にならない」


 真剣な調子で制止しても、もうガエウスの耳には、ドワーフの野次と歓声しか聞こえていないようだった。

 僕は馬鹿か。やるしかないと思い込んで、ついガエウスに応戦してしまった。すぐ本気になることくらい、分かっていたはずなのに。


「来いよ、『アヴォー――」


 恐ろしい名が叫ばれかけた、その時。


「そこまで」


 僕とガエウスのちょうど間に、ドワーフの長、ルナ=ドゥアリがなんの前触れもなく姿を現していた。

 歓声が静まる。ガエウスの声も止まっていた。


「やれやれ。大恩ある勇士のためにと思って骨を折っていたら、その恩人が街の中心で大暴れとは」


 ルナ=ドゥアリはこちらを見上げて、肩を竦めていた。怒っているというよりは、呆れているような雰囲気。


「君たちはよほど、我らに語り継がれたいらしいね、ロジオンくん」


「……申し訳ございません」


 僕は謝るしかない。心の底から申し訳ないと思っている。

 腕の調子を確かめるなんて、別の手段でもできたことだ。きっと、ガエウスと戦えている自分に僕自身、充実に似たものを感じてしまって、止められなくなっていた。……これじゃあガエウスと同類じゃないか。ルシャが怒るのも当然だ。


「なに、謝らなくていい。仲間外れにされた老人のちょっとした小言さ。皆はむしろ、もっと見たかったようだしね。邪魔をしてしまったようだ」


 知らぬ間に伏せてしまっていた目を上げると、ルナ=ドゥアリはどうしてか悪戯っぽく笑っていた。


「私こそ、止めてしまって申し訳ない。ただ、止めたのは、急ぎ知らせておきたいことがあったからでね」


「知らせ、ですか?」


 なぜか怒っていない長に困惑しつつ、言葉の内容にも引っかかって、僕は思わず聞き返してしまった。


「ああ。先ほど、エルフから返答があった。いつもの会合に、従者としてなら数人、ヒトを連れても良いとのことだ。……急ですまないが、同行してもらえるかな」


 想定外の言葉だった。もっと時間がかかると思っていた、エルフの森。ルナ=ドゥアリの尽力のおかげで、そこへ至る道が早くも開けた。


「あ、ありがとうございます。ぜひ、よろしくお願いします」


 当惑しつつ礼を言いながら、思わず正面の奥、ガエウスを見る。彼も僕の方を見て、先程よりずっと楽しげに、ずっと無邪気に笑っていた。僕と戦う興味は、完全に失せているようだった。


 ふとガエウスの言葉を思い出す。

 冒険の匂い、か。ガエウスの感覚だけは、いつまで経っても理解できそうにない。でも彼の勘の鋭さは、信じるしかなさそうだ。


 そんなことを思いながら、僕は僕で、ルシャとシエスへの言い訳と弁明について、必死に考え始めていた。

 遠くに見えるルシャは、シエス顔負けのじとりとした眼で、僕らを見ている気がした。……どうしよう。

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