第121話 浪漫

 それから、狂ったように跳ね回って喜ぶドワーフたちの間をどうにか潜り抜けて、僕らはカフ=クルダの鍛冶場へ逃げ込んだ。

 鍛冶場の中はひどく静かで、壁の土の冷たさだろうか、ひんやりと涼しい。日が差し込まないのに明るいのは、魔導灯の光のおかげだろう。

 喧騒が遠のいて、少し落ち着く。


「いや、すまなんだ。儂としたことが、つい我を失ってしもうた」


 カカフは気まずそうに頭を掻きつつ、お茶を淹れてくれた。

 僕はとりあえず用意してもらった椅子に座ったものの、理解は全く追いつかず、気の抜けた返事しか返せない。隣のルシャもまだ少し涙目だった。シエスだけはあまり動じた風もなく、ちびちびとお茶をすすっている。

 この家の主であるはずのカフ=クルダはルシャから羽根を手に入れた途端に奥へ引っ込んでしまった。鎚の音は聞こえないから、さすがにまだ取りかかってはいないはずだけれど、何をしているのだろうか。


「神獣の武具は、とりわけクルダの夢じゃったからの。神獣のおとぎ話を今もそらで語れるほど、入れ込んどる」


 僕が奥の方を見ていたのに気付いて、カカフが恥ずかしげに笑った。弟を語る時のカカフは、少しばかり表情が柔らかくなる。

 彼ら兄弟のことも、もっと聞いてみたいけれど、今一番聞きたいのは先ほどの大騒ぎについてだ。物静かな彼らが、あんなにも吼えるなんて。


「カカフ。さっきのは、一体」


「そうじゃの。どこから話したものか。……その前にお主ら、本当にアルコノースから、神獣からあの羽根を受け取ったのか?」


 カカフは僕の前に座って、真っ直ぐに僕を見ている。その眼は驚くほど真剣だった。

 一瞬、考える。

 ギルドには、アルコノースと遭遇したことは報告しなかった。その判断は、今では正しかったと思っている。ギルドの裏にいるであろう帝国、とりわけ帝国軍は、信用できない。

 カカフには話すべきだろうか。考えるまでもなかった。カカフになら、いいだろう。出会って間もないけれど、正面から信頼をぶつけてくれるこの小さな友人のことを、僕はもう信じたくなっている。


「ええ。ライナの舟というダンジョンで、魔素を取り込んで暴走していた彼を鎮めて、その礼として貰いました」


 正直に答える。ただ本当のところは、ガエウスが半ば脅すようにして貰ったのけれど。

 カカフは動かずに、ただ息を呑む音がひどく大きく聞こえた。


「……神獣を鎮める、か。本当に、会っとるんじゃな。神獣に。……本当に、おったんじゃな」


 カカフの声は少しだけ震えていた。僕から目を離して俯いて、目頭をおさえて、何かを堪えているような。


「……すまん、今日はどうも、胸が熱くなってしょうがないわ。神獣と、儂らについてじゃったな。お主らは神獣について、どこまで知っておる」


 すぐの僕へ向き直って、カカフはもういつも通りの快活な雰囲気に戻った。

 彼らの神獣に懸ける想いは、きっと尋常なものではない。どうしてだろう。気にはなるけれど、まずは質問に答えなくては。

 隣のルシャをちらと見る。神獣については彼女の方が詳しいと思ったけれど、ルシャは僕の方を見ていた。口を開くつもりはなさそうだ。ならば、僕の知っていることをそのまま話そう。そう思って、簡単に答える。


「大昔に存在した、魔物ではない存在、としか。ルシャからそう聞くまでは、強大な魔物の一種くらいに思っていました」


「まあ、そんなもんじゃろうな。実を言うと儂らも似たようなもんじゃ。おとぎ話でしか知らぬ、魔訶不思議の存在。ほとんどのもんは、空想の生き物と思っとるじゃろ。なにせ誰も実物を見たことがないんじゃからな」


 カカフは少しおどけたように、肩を竦めながら答えた。その答えに、隣に座っていたルシャが僅かに身を乗り出した。


「カカフたちも、神獣は見たことがないのですか?」


「おお、儂らもよ。もう何百年も探し続けて、掘り続けとるがの。掘り続けて掘り続けて、それでも誰一人、出会えなんだ」


 ルシャからは少し、いつもの穏やかな空気が薄れていた。琥珀色の瞳がカカフを見つめている。なんとなく、聖都にいた頃のルシャを思い出してしまう。


「じゃが儂らは、それでも信じとる。神獣は、少なくともかつてはこの世界に、確かにおったんじゃと」


 ルシャの様子に合わせてか、カカフの声も一段低くなって、厳かなものになった。カカフの言葉に、ルシャの瞳が少しだけ揺れたように見えた。


「アルマーゼは、昔はもっと小さかったんじゃ。それを儂らが何百年も掘り続けた。儂らの神は地の下に眠っとると、信じていたからの。掘り過ぎて、今ではもうアルマの端がどこかも分からんほどに大きくなってしもうた。それもまた、儂らの誇りではあるが」


 自分の言葉に、カカフが笑う。言葉通りに誇らしさで満面な笑み。毛むくじゃらの顔に良く似合う笑みだった。

 僕は頷いて、先を促す。


「じゃが、打ち捨てられた村と坑道と、忘れ去られた壁画をいくつか見つけた程度で、それ以外は何も出てこんかった。正直な話、いかな儂らが穴掘り好きとはいえ、気力も尽きかけておったのよ。ようやく何か出てきたと思えば、あの忌々しいモグラじゃい。そりゃあ嫌にもなるわい」


「モグラ……ああ、ケルキダ=デェダのことですか」


 思わず口に出して確認してしまった。あの魔物は、どう見たってモグラではなく蛇なのに、彼らは頑なにモグラと呼ぶ。そういう文化なのだろうか。よく分からない。


「ああ。……そんな今、お主らが、神獣の羽根を持ってきよった。沸き立つのも仕方ないじゃろがい。儂らの夢が、手の届きうるものだとようやく、分かったんじゃからな。ようやく、ようやくじゃよ」


 カカフの声にまた熱がこもる。また目頭をおさえて、俯いてしまった。そんな彼の様子を、シエスがお茶を飲む手を止めて、じっと見つめていた。

 僕らが突如出会って、成り行きで助けることになった神獣という存在が、彼らドワーフにとってとんでもなく大きな意味を持つものだったとは。自分の無知さが恥ずかしくなる。

 僕は神獣について、あまりにも何も知らない。自分のことや仲間のこと、『果て』のことに拘りすぎていたのか、神獣は自分にほとんど関係がないものと思い込んでいた。

 確かに、今日の今日までは知らずにいてもほとんど影響は無かったのだけれど。こうして目の前で、涙ぐみそうなカカフを見ていると、少しだけ後悔してしまう。あの時、アルコノースと出会った時に、もっと彼らドワーフの夢について知っていたら。彼らのために何かしてあげられたのかもしれない。

 それに、そうだ、神獣アルコノースは『果て』についても知っているようだった。なら神獣との繋がりで、『果て』に関する情報だって――


「……どうして貴方たちは、その、貴方たちの神を信じていられたのですか? 姿も見せず、声も聞こえない神の、実在を」


 横から聞こえた声に、物思いを打ち切る。見ると、ルシャが真っ直ぐ、カカフを見ていた。聖都の教会で祈っていた時のような、静謐さと僅かな必死さが、声に滲んでいた。


「……ルシャ?」


「あ、いえ。……すみません、つい、気になってしまって」


 名を呼ぶと、ルシャは僕の方を向いて、照れたように笑った。かつてのような憂いは見えない。もう僕が心配するようなことじゃないだろう。彼女はもうずっと前から、前を向いている。


「そうか、ルシャ嬢はたしか、教会にいたとか言っておったか。まあ、神とは呼んだが、実のところはそんな大仰なもんじゃあない。儂らは結局、良いもんを創りたいだけなんじゃ」


「……?」


 ルシャが首を傾げる。神と、良いもの。僕もあまりぴんとこない。

 僕らの様子にカカフは一つ笑って、言葉を継いだ。


「儂らはみな、同じおとぎ話を聞いて育つ。至高の剣、至高の鎚――至高の武具を打つ鍛冶屋の話じゃ。その鍛冶屋は、腕もとびきりじゃったが、何より、神獣の良き友じゃった」


 話しながら、カカフが立ち上がった。足元に置いてあった魔導灯を取って、僕らのいる居間のような空間の、壁際に歩いていく。


「アルマスクヴェリ――母なる蛇。土から生まれた儂ら先祖の傍におった、儂らの神であり、きまぐれな友。ほれ、この絵がそうじゃ。クルダが写したもんじゃが」


 カカフは壁際で止まって、魔導灯を掲げた。照らされたのは、絵のような何かだった。

 絵というべきか彫刻と呼ぶべきか、壁に色とりどりの輝石が大小さまざまに埋め込まれていて、それらがアルマーゼの街並みをぎこちなく描いていた。

 そして街の中心には、赤黒く輝く長大な蛇が浮いている。これが神獣、アルマスクヴェリなのだろう。ただの絵なのに、その眼には穏やかな知性が宿っている気がした。


「おとぎ話の鍛冶屋は、気難し屋のアルマスクヴェリと打ち解けて友となり、その鱗を混ぜ込んで奇跡をもたらす武具を打った。彼の武具を手にした者は残らず英雄となって、強大な魔を討ち、幾度も世界を救ったという」


 魔という言葉に、隣のシエスがびくりとした。神獣の絵も見ずに俯いている。『赤坑道』でのことを振り切るには、まだ時間がかかりそうだ。

 僕は手を伸ばして、シエスの小さな手を取った。いつものように手を握る。シエスは顔を上げて僕を見た。少し辛そうな無表情。

 役に立つかは分からないけれど、約束した通り、傍にいる。そう眼で伝える。シエスの眼は何も返してくれなかったけれど、手は僅かに握り返してくれた。

 視線を絵の方へ、カカフへと戻す。


「まあ、大げさに語ったが、最初っから最後までただのおとぎ話よ。アルマスクヴェリがどこへ消えたのか、神獣の武具はどこかに残っているのか、誰も知らん。何もわからん。じゃがのう、儂ら土の子は、夢と浪漫ロマンに生きるのが信条での。神獣の武具を打つ。儂のじいさんも、そのじいさんもそのまた昔のじいさま達も、ただそれだけのために土を掘っとったんじゃい」


 語る声は先程にもまして誇らしげだった。自分たちの生き方を、生き様を少しも疑わない響き。少し、羨ましくなる。

 語り終えたカカフは座っていた小さめの椅子に戻って、どかりと座り直した。ルシャの見つめる眼に気付いて、豪快に笑う。


「いるかいないかなんぞ、儂らには二の次よ。浪漫があるなら、掘る。命を懸けるのに、それ以上の理由なんざ要らん。……さすがにちょろりと、掘り疲れたところではあったがの」


「そう、ですか」


 ルシャは静かに頷いて、少しだけ言葉を切った。以前なら、俯いて、胸元にあった十字架を握り締めていたのかもしれない。でも今は、穏やかなまま、前を向いていた。


「浪漫……ふふ、かっこいいですね」


「なに、分かるか! 分かるおなごじゃったか! ルシャ嬢、お主、うちのクルダなんて婿にどうじゃ、あやつこそ浪漫の塊――」


「えと、その……すみません」


 カカフはずいと身を乗り出して、ルシャの目の前まで顔を近づけて、迫っていた。ルシャは突然の縁談に、困ったように笑って、助けを求めるようにして僕を見ていた。

 何か言わなくては。けどなんと言えばいいだろう。ルシャは僕の恋人だ、って? 言えるけれど、この流れでこれは、なかなか気恥ずかしい。

 とりあえずどうにかはぐらかそうと、口を開いて。


「……ルシャは、駄目」


 隣から、僕よりずっと男らしい言葉が聞こえた。シエスだった。その眼は、まだ昏さが残るものの、普段に近いじとり加減だった。


「ええと、カカフ。……武具の話を進めましょう」


 僕も重ねて、よく分からない会話を誤魔化す。僕を見るルシャの眼が少しばかり不満げなのは、見なかったことにした。


「ふむ。まあ、それもそうじゃな。それにお主ら冒険者に、儂ら穴掘りの浪漫は少し、難しすぎるわな」


 カカフもカカフで、よく分からない納得をしていた。


「長くなってしもうたが、これで、儂らにとって神獣の武具がいかに重いものか分かったじゃろ。アルマスクヴェリの武具こそ、儂ら一族の悲願ではあるが。他の神獣でも大歓迎じゃい。お主らのおかげで、神獣の武具が夢物語ではなくなったどころか、こうして今実際に、創り上げる機会を得た。それだけであと千年は坑道に潜れるわい」


 そう言って、カカフは座ったばかりの椅子からまた立ち上がった。忙しないところは彼らしいというかなんというか。


「そろそろクルダの奴を呼んでこんとな。羽根に頬ずりでもし始めたら、さすがにお主らもたまらんじゃろ」


 カカフがぐははと笑って、奥へ向かう。

 羽根に頬ずりか。あの様子だと、あり得ないとも言い切れない。僕としては別に、それくらい何も問題ではないけれど。

 ふと、シエスもルシャも、アルコノースに抱き付いて幸せそうにしていたのを思い出して、笑ってしまいそうになる。あれは確かに、冒険だったな。


「おおい、クルダ!」


 部屋の埃が震えるほどの野太い声で、カカフが弟を呼んだ。僕が我に返るのとほとんど同時に、カフ=クルダは僕らのいる部屋へと姿を現した。とことこと歩きながら、手にはアルコノースの羽根と、数え切れないほどの紙束を抱えている。あれは、なんだろう。

 カフ=クルダは真っ直ぐに僕の前まで来て、立ち止まると、紙束をどさりと、無造作に落とした。紙が埃とともに舞い上がる。僕には分からない、おそらくはドワーフ語を歌うように何事か口ずさみながら、落とした紙束からいくつかを拾い上げて、僕へと見せつけるように広げてみせた。

 そこに描かれていたのは、鎚だった。


「カフ=クルダ、これは……」


「なんじゃ、もう取りかかっておったか」


 カカフの声も意に介さない様子で、カフ=クルダは僕に、次から次へと鎚の絵を見せる。炭の黒で描いただけの簡素なものだったが、意匠を凝らしたもの、無骨なもの、その他沢山の鎚が無数の紙に落とされていた。


「……!」


「ふむ、まずは形から、じゃと。振るっていて一番心が躍りそうなものを教えろ、とのことじゃい。寸法なり重さなりは、まあ、後でいいじゃろ」


 カカフが通訳してくれた。カフ=クルダはその横で跳ねるように、僕の前で紙を並べて、見るからに楽しげだ。

 彼の手は炭で真っ黒になっている。この短時間でこれだけ多くの絵を描いたのだから当然か。カカフの話してくれた、神獣の武具へ懸けるドワーフたちの想いを改めて感じた気がした。

 ならば僕も、真摯に応えなくては。そう思って、答える。


「形は、拘りはありません。ただ盾と持ち換えるので、どこにも引っかからないように、できれば装飾は無い方が――」


「装飾無しじゃと。お主、神獣の武具を木こりの鎚か何かと勘違いしてはおらんか」


「いや、そういうわけでは――」


「……?」


「なんじゃと? クルダ、お主正気か。先祖に示す武具じゃぞ。いかにロージャが地味な男とはいえ、強さは本物。なら少しは、威厳のある感じにせんと」


「あの、カカフ?」


 カカフは僕を置いて、カフ=クルダと熱く語り始めてしまった。二人で絵をひったくり合って、ああでもないこうでもないと言葉をぶつけ合っている。僕の声は届きそうもない。

 どうやらカカフも、神獣の武具には相当な思い入れがあるようだった。カフ=クルダも一歩も引かず、ほとんどとっくみ合いのようになっている。

 ……仲の良い兄弟だな。


「……ロージャ。これ、どうしましょう」


 隣でルシャが困っていた。全く同じ台詞を、ついさっきも聞いた気がするな。


「しばらく待ってみよう。僕の鎚をこれだけ真剣に考えてくれるんだ、僕は全然構わないよ」


「ええ。……ですがドワーフの方々は、シエスにはやっぱり、似ていませんね。シエスの方がずっと可愛らしいです」


 ルシャは僕に身を寄せて、僕だけに聞こえるようにつぶやいた。確かに。答えるように僕が笑うと、シエスは僕らを見て、少しだけ怪訝そうな無表情をした。

 兄弟喧嘩に似た何かは、それからしばらく終わらなかった。




 鎚についての話が終わって鍛冶場の外へ出た頃には、地底都市の天から覗く空はすっかり暗くなっていた。


「しばらく時間をもらうが、できるだけ早く終わらせるからの。神獣の羽根を溶かし込む技術なんぞ、儂らも知らんが……なに、クルダが本気を出せば答えもすぐに出るじゃろ」


 見送りに出てきてくれたカカフは、そう言って大きく笑った。隣のクルダも、胸を何度も叩いて、楽しげだ。

 神獣の武具となる鎚が、いつ完成するかは分からない。僕らも、シエスの『果て』の欠片のことを考えると、此処に長くはいられない。けれど、大丈夫だろう。なんとなくそう思う。この半日だけで僕もかなり『浪漫』に毒されてしまったんだろうか。

 でも、彼らの楽観は、好きだった。自信に裏打ちされた前向きな生き様。ガエウスにも似ている、望むままに生きる在り方。僕もいつか、彼らのように豪放に笑えるだろうか。


「出来上がるまでしばらくは、さっきの鎚を持ってけ。そうそう折れんはずじゃが、お主の馬鹿力じゃ、どうなるか分からん。その時はまた、クルダのとこへ来るんじゃな」


「はい。ありがとうございます、カカフ、クルダ」


 預かった鎚を片手に、二人へ礼を言う。手の鎚はこれまでのものと似た硬さと丈で、驚くほど手に馴染む。王都での特注品だった僕の鎚とほぼ同じものが、既製品として転がっていること自体、彼らの技術が確かな証拠だろう。

 けれど、以前のものよりほんの僅かに軽かった。万が一間に合わなかった時に備えて、また鍛錬で慣らしておかないと。


「じゃから、礼は要らんと言っとるじゃろがい。お主はアルマを救った。儂らは神獣の鎚を打つ機会まで貰った。礼を言うのは儂らの方じゃ」


 カカフは腕を組んで、呆れたようなしかめ面で僕を見ていた。僕は少しだけ笑ってしまう。

 なら、礼の代わりに、一つお願いをしてみることにする。


「……ちなみに、カカフ。アルマーゼで、アルマスクヴェリについて、もっと知ることはできる場所はありませんか。図書館とか、神獣に関する研究をしているところ、とか」


 会話している時にちらと考えた、神獣についての知識。僕はもう少し神獣について知るべきだ。僕らはもうただの冒険者ではなく、『志』を扱い、『果て』を目指す、そういう超常の世界に足を踏み入れているのだから。その双方を知る古の存在を調べることの意味は大きい。

 そう、思ったのだけれど。


「なんじゃい急に。……そうじゃな、図書館なら、あるにはあるが。まあ無駄足じゃろ。鍛冶屋のおとぎ話と、その他いくつかの話以外、アルマスクヴェリについて書いてある本は無かったはずよ。昔、クルダが調べとった。アルコノースも他の神獣も、おとぎ話程度のもんしか、無いわい」


 カカフの答えはつれなかった。その答えに、僕の中で何かが引っかかる。


 誰も調べていない。研究結果を残していない。そんなことあり得るのか?

 おとぎ話と、絵が残っていて、街の名前もきっとその神獣から取られているのに。

 これだけ多くのドワーフたちが、大昔から命を懸けてその姿を追い求めてきたのに?

 違和感が残る。この違和感は、なんだろう。記録に残らない過去。以前も同じような疑問を、どこかで感じたような。


「そもそも儂らは、研究なんぞより土を掘る方が向いとるからのう。気になるなら、耳長にでも聞いてみるんじゃな」


「耳長?」


「森の引きこもり、エルフのことじゃい。そのうち儂らの爺さまが連れてくじゃろ。爺さまは、少なくとも約束は違えんからの」


 エルフか。彼らの里に辿り着けたら、長寿であるという彼らに聞いてみるのもいいかもしれない。

 そう思って、疑問を強引に、一旦は振り払った。二人に別れを告げて、僕らの仮の住処へと歩き出す。


 別れた後も、クルダはぴょこぴょこと跳ねながら、しばらくの間僕らへ手を振り続けていた。僕らは何度か振り返ってはそれに手を振り返した。

 その間もずっと、先程の奇妙な違和感は消えずに、僕の頭の片隅にこびりついて、離れなかった。



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