第105話 一緒なら

 宿の前で、ルルエファルネと向き合う。彼女の言葉を待つ。けれどルルエファルネはなぜか僕をじっと見るばかりで、口を開こうとはしなかった。


「俺ァ興味ねえな。エルフの森の場所を、教えに来た訳でもねえんだろ」


 沈黙を破ったのはガエウスだった。僕の横を抜けて、ルルエファルネには目もくれずに、宿の入り口へと手をかける。


「……ええ。森の在り処は、教えられない。これ以上、森の掟に背く訳にはいかない」


「はっ。構わねえさ。見つけてえもんは自分で見つける。その方が面白え。ロージャ、先に酒場行ってんぞ」


 ガエウスはそう言うと、ルルエファルネを気にもかけないような足取りで、宿の中へ消えていった。彼の声からは特に何も感じなかった。いつも通りのガエウスだ。

 今日は別に、酒場へ行く約束はしていなかったのだけれど。簡単な依頼だったとしても終わった後に酒を飲みたがるということは、ガエウスにとって今日の依頼は、十分冒険だったということだろう。


「ああ。すぐに行くよ」


 もう姿は見えないけれど、声を張って答える。冒険の終わりには皆で酒を飲み、語り合う。その時間が好きなのは、なにもガエウスだけじゃない。

 視線をルルエファルネに戻す。彼女はまだ僕を見つめていた。思い詰めたような様子は、少しだけ和らいでいた。そんな彼女がようやく、口を開く。


「貴方たちも、普通の冒険者なのね。……いいえ。普通よりもずっと、善良で、真っ直ぐな」


 つぶやくような声。つぶやいてから、眼に力がこもる。敵意ではなく、ただ芯の通った視線。けれど活力のようなものは感じられない。まるで自分を無理矢理に奮い立たせているようにも見えた。

 警戒は解かない。でも辛そうな雰囲気のルルエファルネに警戒を向けなければならないことが、少しだけ寂しく思えた。


「私はずっと、間違えていたみたい。ユーリを傷付けた貴方を、勝手に悪と、そう断じて。……馬鹿な言葉を、貴方へたくさんぶつけてしまった。自分が世間知らずなことくらい、分かっているつもりだったのに」


 声はほんの僅かに震えていた。


「今更私が何を言っても、何の意味もないことは分かっているわ。けれど……ごめんなさい。それに、あの、島でのこと。ありがとう」


 ルルエファルネはそう言って、唐突に片膝をついて、かがんだ。自分の後ろ髪を掴みながら俯いて、首筋を僕らへ向けて露わにする。初めて見るけれど、僕の記憶が正しければこれはエルフの儀礼的な所作だったはずだ。示すのは、誠意と感謝。

 エルフは嘘をつくことを恐ろしく嫌うと、本で読んだことがある。ならば彼女は、僕へ見せた嫌悪を後悔し、本心から謝罪しているということだろう。


「……顔を上げて。僕は別に、君へ怒っている訳じゃない。それに、共に戦っていた仲間を守るのは、当然だよ」


 どう伝えるべきだろう。悩みつつ声をかけると、ルルエファルネは顔を上げて、僕を見た。眼の奥の感情は、よく分からない。でも言葉の意味を察するに、彼女はきっと、ただ自分の行いが間違いだと思って、その過ちを許せないのだろう。

 そのことに、特に思うところはない。彼女は恐らく真っ直ぐすぎるだけで、腹の底に何かを抱えているようには見えない。僕を嫌っていたのも、ユーリへの親愛の裏返しだろう。だからそんなルルエファルネを憎む気持ちなんて、これっぽっちも持ってはいない。

 でも。僕らはもう、色々なものを踏み越えてしまっている。彼女はそうでなくても、彼女の仲間が、僕の仲間を傷付けようとした。そのことを僕は、許す訳にはいかない。


「僕へ言ったことなら、気にしてない。忘れてもらっても構わない。けれど、君らはもう、僕らの敵だ。そのことは、変わらない」


 淡々と告げる。ルルエファルネは何も答えず、ただその眼は僅かにかげったように見えた。また俯きながら、そのまま立ち上がる。


「用は、それだけかな。それなら、僕らはもう行くけれど」


「……あと、一つだけ。良ければこれを持って行って」


 ルルエファルネが脇へ手を入れて、すぐにこちらへ投げてよこした。一瞬、武具か何かを投げられたのかと思って、手斧を放って弾き返しそうになる。投げられたものを見て、すぐに腰へ回しかけた手を止めた。飛んできた軽い何かをそのまま受け止める。

 それは、封筒だった。


「私は、エルフの森の在り処を教えられない。掟は絶対だもの。けれど、もし貴方たちが、森を見つけたのなら。それを長に見せて。きっと助けになるから」


 封筒はろうで固く封がなされている。蝋は、見たこともない紋様で判を押されていた。その裏には、これも初めて見る文字で、何事か書かれている。紹介状、のようなものだろうか。

 ふと思う。もしかすると、ルルエファルネはエルフの中でも重要な立場にある人なのかもしれない。エルフが森を出ることなんて滅多にないと、本には書かれていた。彼女はどうして、森の外にいるのだろう。『果て』への門を守るというエルフが、その門を離れる理由とは、なんだろう。

 一瞬逸れかけた思考を元に戻す。ルルエファルネが何者だったとしても。彼女はそれを僕らへは明かさないだろう。ならここで考えても無駄だ。彼女の用は終わった。もう、話すことはないはずだ。


「ありがとう。その時は、頼らせてもらうよ」


 短く礼を返して、彼女の横を歩いて抜ける。ルルエファルネに動く気配はなかった。宿の扉に手をかけて、力を込めかけた時だった。

 隣にいたはずのシエスが、くるりと後ろを向いていた。その眼はじっと、ルルエファルネを見つめている。


「ユーリは、どうしてる?」


「え?」


「ユーリ。まだ、落ち込んでいる?」


 シエスの突然の問いに、ルルエファルネは困惑しているようだった。僕も少し戸惑ってしまう。確かに、島での別れ際に、シエスはユーリの様子を気にしていたけれど。シエスの視線はいつも通り凪いでいて、無表情だった。横顔からは何も読み取れない。


「……ええ。聖都からずっと、塞ぎ込んだまま。島から戻ってからはもう、私が何を言っても、笑ってさえ、くれないわ」


「……そう」


「気遣ってくれてありがとう、銀色のお嬢さん。でもユーリのことは、あとは私たちの問題。気にしないで。……散々突っかかった私が言うのも、おかしいけれど」


「ユーリは、仲間?」


「当たり前じゃない。ユーリは私が旅団へ入ってからずっと、良くしてくれたわ。だから今度は、私が返す番」


 シエスの問いに、ルルエファルネは力強く頷いた。今日見た中で一番はっきりとした口調で、シエスへ答える。ルルエファルネの真っ直ぐさがまた少し、見えた気がした。

 シエスは一つ頷くとまたくるりと振り返って、気付かぬ内に僕が開けていた扉をするっと抜けて、宿の中へ消えていった。人見知りのシエスが、こういう場面で相手に何か尋ねるのは、初めて見たかもしれない。それだけ、ユーリのことを気にしているということだろうか。

 今も隣にいるルシャをちらと見ると、彼女も考え込むような顔をしていた。ふたりとも、やはりユーリのことが、引っかかっているようだった。

 ふたりがユーリについて気にするのは、僕のためだろうということは、分かっているのだけれど。僕はどうしたらいいのだろう?ユーリの悩みは、それが僕に関することだとしても、もうユーリのものだ。僕はもう、彼女と別の道を進んだ。それなのに、ふたりはユーリの何を気にしているのだろう。僕は、何を見落としているのだろう。

 そんなことを思いながら、宿へ入って、ルルエファルネと別れた。それから部屋で荷を下ろして水を浴びて、エルフの森を見つけるための策を考えている間さえ、頭の片隅にはシエスの問いが木霊こだまして離れなかった。




 その夜。


「それではっ!我ら『詩と良酒』と、誉れ高き『守り手』の、無事の帰還を祝してっ!乾杯っ」


 マナイさんの号令の下、一斉に杯をぶつけ合う。ぐいと杯を煽って、酒の苦味が喉を焼く。


「いちいち仰々しいんだよ、マナイ。あんな依頼、帰ってこれねえ訳ねえだろうが」


「ふふ。先程の『帰還』には、あの忌まわしき『サルニルカ島』からの帰還の意も込めてあるのです。策謀渦巻くあの島から我らが戻れたこと、特にガエウス様の偉業は、我ら一族、語り継いでいくべき――」


「うるせえ。島の打ち上げは、前にもうやっただろうが。同じ冒険を、何度もはしゃぐんじゃねえよ」


「なるほどっ、それもまた、至言ですなっ」


 喧騒に満ちた場の中でも一際目立つ、ガエウスとマナイさんの声。兄の隣で眉をひそめているクルカさんが可笑しかった。

 僕らは酒場に来ていた。一緒に依頼をこなしたマナイさんたちも誘って、総勢九人のちょっとした宴会になっている。ちなみにガエウスからは、来るのが遅いと怒られた。宿の前で別れてからずっと飲んだくれているようだった。

 一口で半分ほどを空いた杯を目の前の円卓へ置くと、いつものように僕と卓の間へ座っているシエスが皿を手渡してくれた。既に料理が盛られている。


「ありがとう、シエス」


「ん」


 渡した後で、シエスは自分の料理を取り始めた。卓の上には沢山の種類の料理がところ狭しと置かれているけれど、シエスの皿に盛られているのは肉ばかりなようにも見えた。


「シエス。野菜も食べないと駄目ですよ」


 同じように気付いていたらしいルシャが、柔らかい口調で指摘する。


「……後で、食べる」


「この間もそう言っていたでしょう。別に、野菜が嫌いという訳でもないのに、どうしたんです?」


「…………冬の野菜は、きらい」


 ぼそりとこぼれたシエスの言葉に、納得してしまう。


「まあ、確かにこの季節は、塩漬けばかりだからね。僕も小さい頃は、苦手だったよ。何を食べても塩辛くて」


 帝国へ渡って、依頼を受けて慌ただしく過ごす内に冬の盛りは越していたようだったけれど、外はまだ十分寒い。この時期に生の野菜を食べられることは稀で、大体が塩漬けだ。こればかりは王国も帝国も、村も都会も大して変わらない。


「むぅ。もう小さくない」


 シエスはぶすりとして、急に野菜を取り始めた。また僕が、子ども扱いしてしまったからかな。ムキになって塩漬けの瓜を一口齧かじって、渋い無表情をするシエスが可愛らしかった。


「ルシャ。今日の戦闘は、どうだった?」


 食事を続けながら、ルシャへ尋ねる。

 ルシャは、結局食べきれなかったシエスから、半分以上の野菜を受け取っていた。ただの酒場で普通に食べているはずなのに、ルシャというだけでやけに優雅に、上品に見えてしまうのが流石だった。


「問題ありませんでしたよ。数は多かったですが、一振りで無力化できたので、手数で対処できました。あの程度なら、私でも十分かと。ただ、もう少し硬かったら、危なかったかもしれません」


「なるほどね。その場合は、僕の鎚の方が相性が良さそうだ。ルシャに任せる時は、敵を良く見ておかないと」


「そうですね。……ふふ」


 ルシャが食事の手を止めて、微笑む。

 対面のガエウスがまた何かやらかしたのかと思って、ふと目をガエウスに向ける。彼はマナイさんとオトトと肩を組んで、楽しそうに横へ揺れながら酒を煽っていたけれど、これはいつも通りの見慣れた光景だ。

 視線をルシャに戻す。彼女はまだ口をむずむずとさせながら、嬉しそうに笑っていた。


「ルシャ?」


「はい?」


「いや、なにか、嬉しそうだったから」


「……顔に出ていましたか?」


「うん」


 頷くと、ルシャは瞬時に耳まで赤くなって、両手で顔を覆い隠してしまった。食事を終えて僕の胸に寄りかかっていたシエスも、不思議そうにルシャを見ている。


「どうして隠すのさ」


「不覚です。ずるいです」


 手で隠した奥から、いつもの凛としたルシャとは違う、少女じみた声が漏れていた。何がなんだか良く分からない。


「……貴方が、『ルシャに任せる』だなんて、すらりと言うから。隣に立てたようで、嬉しくて。こんなの、こらえるなんて、無理です」


 ルシャの言葉に、はっとする。

 ルシャに任せると言った時、僕はそれを当然のこととして、何も意識していなかった。戦っている間は、傷付くルシャを幻視してしまってどうしても気になってしまうけれど。ルシャに背を預けることも、隣で戦うこと自体も、もう僕の中では当たり前のことになっている。そんな気がした。

 そのことが僕も嬉しくて、ルシャが喜んでくれていることがもっと嬉しくて。顔を隠したルシャの前で、僕も同じように笑ってしまう。僕の声に気付いて、ルシャがおずおずと手を下ろして、二人して笑い合う。

 すると下から両手が伸びてきて、僕の頬を優しくつまんだ。


「……次は、私にも任せて」


 僕の胸元で、シエスがじとっとした眼で僕を見上げていた。


「ああ。任せるよ」


 シエスも、もう十分に強い魔導師だ。既に彼女には、沢山守ってもらっている。でもそれを言葉にするのは野暮だから、代わりに約束をする。僕の言葉に視線を和らげたシエスを撫でようと、手を頭に置きかけて。

 黙々と卓の料理を食べ続けていたナシトが、ぼそりとつぶやいた。


「……まだ、覚えるべきことは多いな。任せるには、少し早い」


 ナシトの余計な一言に、シエスはまたむっつりとしてしまった。僕とルシャが同時にナシトへ非難の目を向けると、彼はにやりと暗く笑うだけで、食事の手を止めることはなかった。




 それからまた長いこと、食べて飲んでを続けて。疲れて眠ってしまったシエスを背負って、宿までの道を歩いている。

 勿論ガエウスはまだ酒場で飲んでいる。マナイさんもかなり頑張っていたけれど、途中で酔い潰れてしまって、謝り倒すクルカさんの横で、双子に担がれて帰っていった。ナシトは、恐らくまだ食べていると思う。

 僕の隣にはルシャがいる。僕の腕をそっと握りながら、隣をゆっくりと歩いている。歩く道はしんと冷え込んで寒いものの、少しの酔いと、右腕と背からの暖かさのおかげであまり気にならなかった。

 そういえば、酒場で聞きそびれてしまったことがあった。聞きそびれたというよりも、あの明るい雰囲気の中では話したくはなかったというのが本当のところの、疑問。でも、聞いておかないととも思っていた。


「ねえ、ルシャ」


「はい。なんですか」


 ルシャは僕の背で寝ているシエスの頭をそっと撫でているところだった。


「今日、ルルエファルネと会った時。シエスがユーリを気にしていたけれど」


「……ええ」


「ルシャもまだ、ユーリのこと、気にしている?」


 僕の曖昧な問いに、ルシャはすぐには答えなかった。しばらく何も言わずに歩く。夜道には誰もいなくて、ただ二人の足音だけが響く。少しして、ルシャが口を開いた。


「……私には、あの人の想いが、良く分からないのです」


 ルシャの言葉には力がなかった。落ち込んでいる訳ではなく、ただ自信のなさそうな声。


「私は、私を心まで救ってくれた貴方の隣にいたい。貴方の力になりたい。そう思っています。これは、仲間としての想い。それに加えて……その。貴方を、恋人として。愛して、強く慕っています。ずっとずっと、傍にいたい」


 俯くルシャ。先程のように照れてくれているなら、嬉しい。


「愛し合えない私が、偉そうに言うのもおかしな話ですが」


「それは、関係ないさ。僕だって同じ気持ちだよ。傍にいるには、それで十分」


「ええ。……ありがとう、ございます。私ももう、そう信じています。でも、あの人、ユーリさんはどこか違う」


 ルシャがまたこちらを向いた。少しだけ困ったような表情。


「あの人はきっとまだ、貴方を愛しています。でも、それだけじゃない。貴方へ向ける想いが、私のものほど、単純ではない。そんな気がするのです」


 愛している、か。そのことも、僕はあまり信じたくはなかった。愛しているなら、どうして僕から離れていったのか。離れれば、壊れかけた僕が元に戻ると、そう信じたのだろうか。

 胸の奥にどろりとしたものが湧き出す。それを懸命に押し込めて、ルシャの声に集中する。


「分かりませんが、何か、貴方への愛情より強い何かを、貴方に感じているような」


 愛情より強い何か。分からない。

 でも、ルシャがユーリの感情に、疑問を感じていることは分かった。僕がより深く知りたいのはルシャの想いの方だ。ユーリの想いについてでは、決してない。


「……すみません。根拠は何もありません。女の勘、というものでしょうか」


「いや。いいんだ。それで、ルシャはどうしたいと思ってる?」


「……? どうしたい、とは?」


 ルシャが首を傾げている。その仕草があまりにも自然で、それなのに可愛らしくて、僕以外には見せないでほしいなと、馬鹿馬鹿しいことを思いながら。

 少しだけ声に力を込める。


「僕は、ユーリとはもう、会わない。話すこともない。それで良いと思ってる。……でも君は、それをどう思う?」


「……」


 ルシャはまた少し黙った。

 こんな僕の、情けない過去のあれこれを、ルシャは自分のことのように悩んでくれている。彼女は僕を救うと言うけれど、こうした日々の支えでもう十分に救われているということに、気付いてくれるのはいつになるだろう。


「私は……自分の醜さが、嫌になりますが。もう貴方には、ユーリさんと会ってほしくはない。ユーリさんがもし、また貴方の手を取ろうとしたら。落ち着いていられる自信が、ありません」


「なら、僕は――」


「でも。貴方は……いえ、私たちは。あの人ともう一度、きちんと向き合うべきなのかもしれません。……逃げていては、強くなれませんから」


 ルシャの声は、静かだけれど芯が通っていた。強くなりたいという僕の――いや、僕らの願いのために、自分の感情さえ押しのけて。やっぱりルシャは、優しくて強い娘だ。

 でも、それでも分からない。僕はユーリと決別した。生まれて初めての怒りをぶつけた。そのことに、一切の悔いはない。僕はもうユーリと別の人生を生きて、今の仲間たちを守るべきだ。そう思っているし、そう願ってもいる。もう僕の人生に、ユーリは関係ない。

 けれど。揺れるユーリを放置して前に進むことは、ルシャの言う通り、逃げることになるのだろうか。僕はそう思わない。でもルシャとシエスは、ユーリと向き合うことを恐れながらも、それを望んでいる。他ならぬ僕のために。


「……難しいな。僕らは、どうしたらいいのだろう」


 思わず、弱音を零してしまう。誰かが正解を教えてくれるなら、それに縋ってしまいたい気分だった。


「そう、ですね。でも私は、こうして貴方と共に悩めていることが、嬉しいです。貴方の傍に寄り添えている気がして」


 そう言って、ルシャははにかむように笑った。気持ちがふっと軽くなる。また一つ、救われたような気持ちになる。


 宿が見えてきた。ルシャが僕の腕を離して、少し駆ける。すぐにこちらへ振り向いて、暗くなった僕を励ますように笑って、僕へ手を伸ばしてくれた。


「また一緒に、考えましょう。一緒なら、いつか良い答えも、見つかりますよ」


 ルシャは少し無理をした明るい声で、そう言った。シエスを背負っている僕は、ルシャの手を今は、取れないけれど。

 この人の手はずっと離さずにいようと、胸の中で自分に誓って。ルシャにはただ笑って、頷いた。


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