第12話 マイベスト作るよ

 俺が知っているレンタル屋と何かが違う。街の小さな本屋、いや下北のレコード屋のような雰囲気を感じる。


 さて、桃子のために想いをこめ、俺が何を作るかというと。


「もちろん、マイベストだよ」


 マイベスト、だと? 


「そうだよ」


 普段は穏やかな海斗が身振り手振りで、しかも早口で語ってくれた。


 ここからはノンストップでどうぞ。


「まずテーマを決めなくちゃ。それからテーマに合った彼女に聴かせたい曲を選ぶ。店のCDで満足できなければ、僕のを貸すよ。わりかし良いの持ってるからね。あと、なんと言っても重要なのは曲順だよね? 限られた分数の中で、いかに組み合わせて最高の流れを作るか、っていうのが醍醐味だよ。ここのこだわりは捨てたくないよね。でも、A面あと18秒足りない、という悲劇が起こちゃうんだ。で、また曲順を組み直さなきゃいけないっていうね。序盤の静けさから徐々に盛り上げ部分を作って、フェードアウトしていく流れを作りながら、きっちりA面、B面に音を並べ終わった時の快感といったら――もう、最高だよ。あ、そうだ、タイトルも決めなきゃね。レタリングシート、使うでしょ?」


 そうか、好きなんだね、音楽。

 話が終わったかと思えば、まだ続きがあった。


「要はね、選んだCD音源をカセットテープにダビングして出来上がり。やったことあるよね?」


 いや、ないね。

 全くないね。


 俺は鬼ではないから、あれほど熱く海斗に語らせておいて、「最後の説明だけで良かった」と言ったりはしない。


「そっか、ないんだ。まあ、こういう緻密さが必要な編集作業は、好き嫌いあるしね。分からないことは聞いてよ」


 あ、はい。


「で、今回は砂上さんにプレゼントするテープだから。テーマは……そうだな」


 テーマか。


 例えば気分が上がる曲まとめ、のようなことだろ?


「やっぱり、ここはLOVE、だよね」


 何、サラッと言ってくれちゃってんの! 

 ラブって、ラブって、ラブって! 


 そのベスト盤、後で黒歴史になるパターンじゃねぇか。


 困惑する俺を放置し、海斗はつかつかと店に入っていった。


 店の奥にいた、いかにも人の良さそうな二十代後半の男に、海斗は「こんにちは」と挨拶し、壁一面にあるCDではなく、店内の真ん中に置かれた台に近づいていく。


 そこには箱がズラッと並べて置かれ、海斗は、おもむろに箱の中をあさり始めた。いや、レコードで言うところの、掘る、だ。


 中身はレコードではないが、レコード屋の並べ方と同じだった。


 しかも、なんだその細長いジャケットは。


 海斗が手に持って、「オススメ」と差し出してくるCDは、明らかに形状がおかしい。通常、CDはシングルも正方形のプラケースに入っているものじゃないのか?


「これ? シングルの8センチCDだよ。細長いから短冊CD、って呼ぶ人もいるらしいけど。青葉くん、知らないの?」


「知らないよ。海斗は物知りだな」


「それより、彼女に聴かせたいラブソング、早く探しなよ」


 そう言った海斗の笑顔の裏に「それ黒歴史になるから」という愉悦を感じたのは気のせいではないと思う。


 小さな買い物カゴを渡され、「選んだCDはこの中に入れるように」と海斗から説明を受けた。カゴにいれて店内を歩き回るのは、あっちと同じだな。


 ただ、探せと言われても、知らない曲ばかり。


 聞いたことがないのだから、選びようがないではないか。消去法として、まず、歌詞が際立つ邦楽は選択から外すことにする。確かなのは、ここに西野カナのCDは存在しない、ということだ。


 ちょっと面白くなってきた。


 海斗は海斗で「これサビが好き」「歌詞がヤバい」など独り言を繰り出し、ラブソング捜索に没頭している様子。


 海斗を見習い、箱の中にぎっしりと入っている8センチCDをとにかく掘りまくる。


 レジの向こうで手作業をしている、エプロンをしたお兄さんによるものだろうか。手書きの熱いコメントが載ったポップ、これが参考になった。


「青葉くん」


 声を掛けられるまで、すっかり夢中で探していたようだ。俺も気に入った曲を集めて、プレイリストを作っていたから、こういうのは嫌いじゃない。


「何、選んだの?」


 持っていたカゴの中を見てみると、十枚以上ある。海斗は俺のカゴから何枚か取り出し、真面目な顔で吟味ぎんみし始めた。


「まあキャッチーだし、ハズレがなくて良いと思う。あと、個人の意見なんだけど、そうだな……」


 俺が選んだ曲のチョイスは悪くないようだが、もう少しテンション高めの曲も入れた方が、盛り上がりが出来ていいんじゃないか、と海斗はタイトルごとに事細かな説明をしてくれた。


 早口で。


「これなんかどう?」


 海斗が差し出したCDは、ホール&オーツのOut Of Touch、ザ・ラーズのThere She Goesの二枚。どちらも知らんが、彼がそう言うならそうなんだろう。


 反対に「いらないかな」と海斗に言わしめたCDも二枚。


 メロディーはかっこいいけど歌詞がラブソングじゃない、という独断と偏見の理由でスティングのEnglish In My New York。


 もう一枚は、甘ったるすぎて好きじゃない、と海斗の個人的な好みにより、ジョージ・マイケルのCareless Whisperは無くていいと断言された。


 俺はこの二枚のCDを箱に戻し、海斗オススメの二枚に差し替える。


「やっぱり……これは入れなくていい、かな」


 さっき海斗が勧めてきた二枚の内、ホール&オーツのOut of Touchを、俺の手からスッと取り上げた。


「お前、さっき好きな曲だって言ってなかったか?」


「まあ、好きだよ。でもいいんだ、これは」


「あっそう。じゃあそうするわ」


 洋楽はメロディーだけじゃなくて歌詞も大事、と豪語する海斗からのアドバイスには、素直に従ったほうが正解だ。


 さて、お会計と思っていたら、海斗が何かを思い出したように、レジの近くに設置された棚に近づいていく。


「どうした?」


「いやね、カセットは何がいいかなぁ、と思って。46分でいいかな。ハイポジ……いやノーマルが無難か」


 海斗が眉を寄せて、ぶつぶつと言いながら、鑑定師のような顔をして、いくつかのテープを手に取り、品定めをしている。


 テープの収録分数が46分? 50分では駄目だったのか? そうなった基準を聞こうと思ったが、止めておくことにする。


 俺は千円札一枚と、五百円玉一枚を海斗に渡した。


 ここの会員である海斗が、代わりにレンタルしてくれたからだ。海斗が割引券を持っていたこともあり、少しだけ安くなった。


 海斗は店員から釣りを受け取り、「はい」と俺に小銭を返そうとした。


「いいよ。釣りはとっておけ。今回のコンサル料として」


「やっすいなあ」


 海斗は小さく笑ったが、釣りは半ば強引に俺の手のひらに握らされた。

 

 人生初のカセットテープを購入し、選んだCDを借りた。これがプレゼントとして有効なのかは、まだ確信が持てない。が、面白そうなので良しとする。


 俺たちは店主に軽く頭を下げた後「これからどうする」と、次のプランを話しながら店を出た。


 そこで気づいた。

 デバイスは何を使うのか、ってことに。


 じいさんには、オーディオは見当たらなかった。


 すると、海斗が「じゃあ、うちくる?」と面白そうな提案をするものだから、これから視聴会を開催することになった。


 視聴会は、俺が選んだCDたち。


 どういう曲が集まっているのか、現時点では、まったく想像できない。

 

 本日、選んだタイトルを順不同で置いておく。

 

 この曲たちを、カセットテープのA面、B面に振り分けていくことになる。


ジョージハリソン Got My Mind Set On You

ポリス Every Breath You Take

フォリナー I Want To Know What Love Is

ベリンダ・カーライル Heaven Is A Place On Earth

フィル・コリンズ One More Night

フェアグラウンドアトラクション Perfect

シンディ・ローパー Time After Time

スティービーワンダー I Just Called To Say I love You

ワム! Last Christmas

ザ・ラーズ There She Goes

ボーイズ・タウン・ギャング Can't Take My Eyes Off You

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