第11話 想いをこめてね

 理科室での告白から一夜明け、翌日の俺はウザかった。


 朝の登校から夕方の下校まで、人が変わったように周囲に気配りするは、明るく振る舞うはで、超絶に鬱陶うっとうしかった、と海斗から聞かされた。


 実のところ、桃子との関係はこれまでと然程さほど変わらない。俺自身も急速な変化や進展を求めるつもりはない。本来、求めるべきではないのだ。


 女子からの告白に舞い上がり、有頂天になってしまった。この世界に骨を埋める気はないというのに。


 かと言って、無かったことにするには遅すぎる。


 昨日の夜、俺は布団に入り、自分の中の矛盾と戦った。


 自重しろ、と己をいましめ反省し、今後は無駄にいちゃいちゃしたり、絶対に羽目を外さないことを胸に誓った。


 頭では理解していても、理科室での二人っきりのシーンは甘く、今思い出しても胸の高まりを抑えられない。


 実際、勢いづいた俺と桃子は、その場でデートの約束をした。二つも。


 一つは、明日の深夜にデートをすること。


 理科室で手渡されたハート形の手紙は、彼女の家までの地図と、そのお誘いだった、告白を前提として用意していた、と言うのだから驚きである。


 二つ目は、週末に映画を一緒に観ること。これは、俺から彼女を誘った。


 少なくとも、この二つだけは約束を守りたい。


 そして週末デートの時に、彼女に何かプレゼントしたいと考えていた。


 そこで、海斗の出番だ。


 学校を出る前から海斗をいらっとさせたまま、俺たちは口をつぐんで歩くという、気まずい空気の中を下校中である。


 例の児童公園に差し掛かった時、隣を歩く海斗の横顔をちらりと見たが「これ以上は無理です」と顔に書いてある。


 だが、他に頼れる友達はいない。


「海斗……あのさあ」


 名前を呼ばれ、じっとりとした視線を俺に投げてきた。海斗の目が、既に死んだ魚のように疲れ切っている。


 今日は五月蝿うるさくてごめんなさい。


「なに?」

 

「……今から、ちょっと時間ない?」


 間髪入れずに、海斗は答えた。


「いいよ。ノロケ話は聞かないけど」


 理科室で告白されたという話をですね、やはり誰かに聞いて欲しかったんですよ。調子に乗っていた俺を、どうか許してほしい。


「そんなに冷たく言うことないんじゃないの?」


 基本的に、海斗は優しい男だ。学内で誰かに厳しい顔をしているところを、俺は一度も見たことがない。


 なのに、時々、俺には厳しい。


 切り捨て御免とばかりに、容赦なく引導を渡してくる。正面から眉も動かさず、色のない顔で、ぶった切ってくるのだ。


 素の海斗を出しているのであれば、友として嬉しいことではあるが、正直なところ、もうちょっと優しくして欲しい。


 乙女か、俺は。


 海斗が眼鏡のブリッジを、中指と人差し指でクイっと上げ、レンズの奥で目が座っている時は、だいたい俺に厳しい言葉を投げつけてくる時だ。


 分かっていても、止められない時だってある。


 今がまさにそれ。


「先に言っておくけど、夜這よばいなんて経験ないよ。だから、質問されても、答えられない。僕に聞いても無駄だから」


「ええ……」


「それくらい自分で考えなよ」


 もの凄く冷たい目で俺を見下ろし、感情のない平坦な口調で言う海斗が怖い。


 深夜デートの約束を、夜這よばいとは失敬なヤツだ。


「まだ、何にも言ってないだろ」


 歯切れの悪い俺の返しではあるが、全ては目的を達成するため。ここで短気を起こしては、俺自身が損をする。


 彼の機嫌をこれ以上損ねないために、頭の中で整理して話そうとするも、言葉を選びすぎて何も出てこない。

 

 グズグズしている間に、例の児童公園の近くまで来てしまった。


 海斗はしらっとした顔で前を向いたまま、俺の次のアクションを待っているのが分かる。


「ん……っと」


「青葉くん。僕、もう帰っていい?」


 海斗がうんざりするように、小さな溜息を吐いた。


「待て待て、しばし待て」


 どう切り出すべきか、思案しているところだ。ちょっと待ってろ。


 海斗は能面のように無表情だったが、今や険しい表情に変わり、全身からとげとげしたオーラを放っている。


「ん、整った」


 海斗は言葉を失くしたのか、二度目の溜息でこたえるという。


「桃子のことなんだが。いや、待て待て待て待て!」


 も、の時点で、海斗は、くるりときびすを返し帰ろうとした。


 俺は想定の範囲内とばかりに、即座に海斗の腕を掴む。


「待て、海斗。まず話を聞け。それから判断してくれないか?」


 海斗は背中越しに振り返り、じろりと俺を見遣みやった。


「いいよ。早くしてよね」


 腕組みしてにらんでくる海斗は、顔立ちが綺麗なこともあり、細身ながら、苛立ちとか怒りといった負の要素が加わることで、ある種の凄みを増している。


 庶民の俺からすれば、彼のような容姿端麗、頭脳明晰な人物特有の持って生まれた特権を目の当たりにすると、敗北感と羨望せんぼうが入り混じった複雑な感情がわいてくる。


 だから優しくして。


「何かプレゼントしたいんだけど、一緒に考えてくれない? 詳しくは言えないが……。桃子に置き土産、というか思い出を……残したい、というか。これじゃあ、伝わんねぇか」


 実は俺、元の世界に戻るまでの期間限定のお付き合いを敢行かんこうしようとしています、とは言えるはずもない。


 重要な部分をすっ飛ばして、理解を求めるのは無謀だったかもしれない。返事も待たずに、俺は一人納得し、掴んでいた海斗の腕を放した。


 だがしかし。


「いいよ」


 そう言って、振り返った海斗は、いつもの優しげな友人の顔に戻っていた。


 先ほどの俺の答弁で理解できるはずもないが、何も聞かずに彼が承諾してくれたことは、素直に嬉しい。


 DV彼氏が時折見せる優しさに感涙かんるいする女のごとく、海斗の快諾に俺は両手を広げ、全身で感謝を伝えたい気分だ。


「ホント? 考えてくれんの? いいの?」


「別にそれくらいいよ。で、予算はどのくらい?」


 俺は真顔で答えた。


「気持ちは、ある」


「なるほど……じゃあ、街に行ってみる? 歩いてたら何かヒントが見つかるかも」


「お、いいね。そういうラフな感じ好きよ」


 俺は心のビーチをスキップしながら、海斗の帰り道でもある駅方面へ向かうことにした。


 学院と同じ名前の駅を中心に、街は放射状に広がっており、駅のロータリーから直線で大通りが何本かある。


 児童公園から五分ほど歩き、突き当りに駅へ続く大通りに出る。後は、その道をひたすら下っていけば、住宅地から商業エリアに入る。


 商業エリアと言っても、小さな街の商店街程度の規模しかない。


 ネットもスマホもない世界の店というのは、本来の俺の世界のそれと大差はないようにも見えるが、どこか古臭い。


 よく言えば、過去にタイムスリップしたような、懐かしさがある。アナログなゆえの温かみ、というやつだろうか。


 ちなみに俺はまだ、海斗の私服を見たことがない。


 時折、海斗から感じてしまう挫折感をくつがえすとしたら、ヤツのダサい私服姿しかない、と常々思っている。


「なんかないかなあ」


 ぶらぶらと歩きながら、物色するも、これといった物が見つからない。


「青葉くんのお財布次第じゃないの?」


「アイデア勝負でお願いします」


 商店街の大きなアーケードでは、生活用品や食料品など以外に、ファーストフードやカフェ、本屋、服屋、文房具屋、ゲームセンターなど、一通りが揃っていた。


 何度か海斗に連れられて来たことはあったが、単身で来たことはない。


 つまり、このアーケードは俺にとってはアウェイ。きょろきょろと見渡しながら、ひたすらヒントを探していた。


 ある店の前を通り過ぎようとした時、海斗が急に立ち止まった。


「そうだ」


「なに? なに? 見つけた?」


「青葉くん、千円くらいなら出せる?」


「それくらいなら問題ない」


 海斗はニヤっと悪い顔をして、通り過ぎようとした一軒の店を指差した。


「レンタル……CD屋?」


「そう。カセットでマイベストを作るんだ。想いをこめてね」


 何それ。

 凄く恥ずかしくないですか?

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