ミーアの恋人はマール・ヴェールなのか?

『銀ムテ』の『マール・ヴェールの石段(上り)』を公開した時、もしかして、「エーデムリング物語」に出てくるミーアの恋人だったムテ人って、マール・ヴェールなんですか? という質問が何人かからあった。


 違いまーす!


 と当時は返事をしたが……実は、当初、そのつもりだった。


『エーデムリング物語』を書く前に、多くの物語を書こうとして挫折する人が、せめてその欠片だけでも表に出したい、と願い、番外編のような作品を書くように……。

 私もミーアとムテ人のメルロイの恋物語を書こうとしたことがある。

 世間知らずのムテ人とミーアが、レンガ亭で皿洗いしているシーンを漫画にしたこともある。


 が、それ以上は書き進まず、結局、テオの回想という形で、小さな作品を書いてみた。エーデムを書いた時、その一部を組み入れたのだ。

 ミーアがそうとも知らず、恋人を思いながら歌を歌う。その片隅で、彼は年老いて死に、骨と化す……それが書きたくて、エーデムの一章を書いたほどだ。


 魔族は偽名を恥とする設定だ。

 恥でもやっちゃえば誰も責めないだろ? と言ってしまえばそうなのだが、どうやら、この決め事はかなり重要らしい。

 彼がミーアにメルロイと名乗ったのは、すでに自分の寿命があと一年程度で尽きる、とわかっていたからだろう。

 ムテ人は、寿命を察すると己を捨て去り、旅立つ。名前も家族も全て捨てて、命尽きるまで、放浪する。

 ミーアが出会ったのは、こういうムテ人であったはず。


 それにしても、純血魔族が少ない東の果てまで、放浪してくるムテ人がいるのは意外だ。しかも、彼は、ミーアに歌に魔力を込める技を伝授している。

 これは、相当力のあるムテ人だったに違いない。

 当初の設定では、メルロイは最高神官だった。

 が、ご存知の通り、最高神官は旅立たない。霊山で尽きることがほとんどだ。

 というのも、最高神官は霊山に守られて寿命が長い。

 サリサの前はマサ・メル、彼は400年は最高神官を続けた、というから、マール・ヴェールはそれ以前の人となる。さらに、その前の最高神官となると……時間的に無理がある。

 マール・ヴェールを山下りさせて、自由に生きた……という話にしたのは、ミーアの恋人を意識して、のことだった。

 つまり……ミーアの恋人はマール・ヴェールだった、というつもりで書いていたのだ。


 が……やはり、時間がちょっとその設定は無理なんでは? と思うに至った。


 山下りしてしまったマール・ヴェールが、400年も生きたのは、ちょっとずるいんじゃない? と思えてきたのだ。

 古の時代、ムテ人は千年の寿命があった。が、それも300年生きれば長寿と言われる時代になり、霊山で力を温存してきたマサ・メルも500年とちょっとしか生きられなかったのだから。

 激しく浪費したサリサ・メルは、最高神官としての活躍期間は極めて短かった。数えていないけれど、多分、50年も在位していない。

 そういう状況を鑑みると……。

 ミーアが出会ったのは、かなり力のある神官がメルロイとなり、彷徨っていた……という方が、現実味があるんじゃないかな? と。


 だから、質問には「違いまーす!」と答えたのだ。


 だが、今、こうして読み返してみると……。

 そんなにコロコロと力のある神官が登場しているわけでもないし、寿命ギリギリまで聖職を貫いていたならば、東の果てまで行き着くような、ましてやそこで恋をするほどの時間が許されているとも思えない。

 山を下ったマール・ヴェールは、寿命は残されていても、個を捨てて真実を求めて彷徨う旅人……という意味で、メルロイと名乗っていたかも知れない。

 祈りを霊山に飛ばしていたのは30年だけ、以降は祈ることもなく、力を温存し続けて、能力にあった長寿を謳歌したのかも知れない。


 ミーアの恋人は、マール・ヴェールであった説は、否定できない。


 マール・ヴェールは祠に名を残している他、祈りに関する本などの執筆もしている。かなり偉大な最高神官だったはず。

 だからこそ、山下りが意外で、驚きで、仕え人たちが隠そうとして、しかも、隠しおおせたのだ。


 その彼が、一体、何を考えて、何を思って、自由を求めて旅立ったのか……。

 そして、その後、どのような生き方をしたのか……。


 それは謎のまま、読者の夢を膨らませる部分として、とっておいたほうがいいのかな? とも思ったりして。

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