序・通信簿 2

 が、そんな私も、大人になると、異世界を捨てた。

 こちらの世界で生きることが当たり前になってしまった。


 最初の要因は……なんだろう?

 おそらく、知恵遅れかもしれないと心配されていた子供が、中学生になり、思っているよりも賢そうだ、と思われ始め、先生の評価もそれなりになり、周りの目も変わってきたことだろう。

 人の見る目が変わると、人も変わってくるものだ。

 異世界に逃れなくても、なんとか、この世界で生きる道ができてきたのだと思う。

 それと……。

 異世界を構築するよりも、やっと得られた人の評価を下げたくなくて……。

 勉強中、他のことを考えている……ことはなく、名前を呼ばれて、びっくりする……こともなく、先生の話をよく聞くようになり、学習に少しは興味を持つよう、変わってきたのだと。

 英雄やお姫様、魔法使いであるよりも、クラスで10番目くらいの成績の、ほんの少し出来るくらいの、普通の子供である方が良くなったのだ。



 おそらく、子供時代に異世界で生きていた人は、私だけじゃないはずだ。

 高校生になると、自分はものすごい物語を考えている、それは頭の中にある、表に出せたら、それはそれはすごい大作になるんだけど……という友人が、私の周りにはいっぱいいた。

 ……が、なんて残念なことに、その友人たちは、その素晴らしい物語を、人に伝える術を知らず、断片的なシーンを文章にしたり、漫画にしたりして見せては、悦に入って満足していた。

 もっと残念なことは、私もその一人であって、しかも、断片的にすら、形にできない存在だった。

 そして、この物語を示せたら、大勢の人が、私をすごいとちやほやして、褒め称え、尊敬されて……などと、あてのない妄想を膨らませていたのだった。


 そして……さらに大人になって。

 友人たちが、皆、その世界を表現することもなく忘れ去ったように、私の頭からも、物語は消えていった。

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