*狂いだした優先順位

「結局、何にも解らないね」

「まあ解ってたことだけどな」

 ど素人の俺たちが解らないのは当然のことなので早苗の言葉に笑みを返す。

「ふと思ったんだけど」

 俺は抜けていた。

「海外のサイトを開いてみればいいんじゃないか?」

 なんでそれに今まで気付かなかったんだ。

「あ」

「あ」

 そういえばそうだと早苗と一口いもあらいも目を丸くし、モリスもそれをすっかり失念していたと頭を抱えた。

「ていうか、モリス。SNSやってないの?」

「オレのスマフォはバッテリーが切れてな」

 見せてくれたが、確かに電源が入らなかった。

「これならあたしので充電できるよ」

「ついでにここで充電していこうぜ」

 どっかに出来る所があるだろうと一口は提案した。確かにそれはいい案だ。俺のスマフォもそろそろバッテリーがやばい。

 充電するコードがないけど、探せばあるかもしれない。

「行こう」

 ボイラーに群がるゾンビを見つめているモリスに声を掛ける。しかし、反応が無い。

「おい、モリス」

 声を張ると、ようやく振り返った。

「今なら、こいつらだけでも倒せる」

「え?」

 いやまあ、それはそうだけど。

「クロドが見たことが本当なら、奴らは繁殖している。このままでは危険だ」

 俺と一口はもっともだと険しい表情を浮かべるが、早苗は明らかに嫌がっていた。

 そりゃそうだ。中身は虫だと解っていても、外見は人間なのだから殺人みたいな気持ちになるだろう。

 でも、このまま何も出来ず脳を虫に食われて死ぬなんて、そっちの方が俺は嫌だ。

「石油で燃やすと楽かも」

「なるほど」

 ここには大量にある。しかし、モリスはあまり乗り気じゃないのか、眉を寄せて俺たちを見やる。

「どうやってタンクから取り出す気だ」

「あ」

「あ」

 俺と一口の呆けた顔に、モリスは頭を抱えた。

「タンクにはハシゴがついてるじゃん。上からバケツですくうとか」

「ガスは揮発性が高くて扱いが難しいんだ。素人が下手にいじると火だるまになるぞ」

 天然ガスは扱い方自体がよく解らない。石炭は利用目的から考えて論外だ。ゆっくり後ろから近づいて服に火を付ける。なんていうのは効率が悪いし精神的に辛い。

 いくらのろいといっても、掴まれると厄介だ。何せ、あいつらは力の加減というものを知らない。

 本当に動くことと食べることにしか神経をつなげていないのか、これまで見ている限り痛みすら感じてないと思う。

 他の方法が思いつかず、一口は呆然とした。

 きっと脳内では「あの方法……。あの方法しかないのか?」と繰り返されているのだろう。

「わかんない?」

「オレが解る訳ないだろう」

 あげくに、振られたモリスが困惑した表情を浮かべる。

 発電所のしくみだってよく解らない。熱でタービンを回すくらいしか俺も知らんわ。

 きっと、取り出す方法はあるんだろう。それを知る者がここには一人もいないというだけだ。

「とにかく。奴らはぶっ殺す」

 モリスは言い放つと、肩に掛けたショットガンを手にして映画よろしくな動きをしながらゾンビどもに近づいた。もちろん、俺たちはやっぱり見たくなくて背中を向ける。

「ボイラー壊すなよ!」

「解ってる」

 背中を向けたままの俺にモリスは応え、続く破裂音に早苗は耳を押さえた。終わっても俺たちは絶対に振り返らないだろう。

 破裂音がしばらく途絶え、終わったのかな? と耳をそばだてていると──

「うわっ!?」

 唐突にモリスの声がして、背中を向けていた俺たちの前を走っていく。

「モリス? おい!」

 遠ざかるモリスを怪訝に見つめていたら、一口にぐいと腕を掴まれた。一体、どうしたと一口に視線を向ける。

 恐怖に引きつった顔に体が強ばった。何かやばいことがあったのか?

蔵人くろど! 逃げろ!」

 走るように促され訳もわからずそれに従い、ボイラーを一瞥した。

「やべええええー!」

「ちょっ!? おまっ! 置いてくなよ!」

 元々いた数の倍以上が俺たちに向かって歩いてきているのを見て、俺はつい全速力を出した。

 十人だか十匹だか解らないが、明らかにそれが三十か四十くらいになっている。

「モリスてめえええー!」

 俺たちを置いて逃げやがってええええ!

 捕まえて説教たれてやろうかと思ったが現在、俺がそれをしていることに、はたと気がついて後ろを振り向く。

 ゾンビはやはり走らない。奴らとの距離は百メートルも離れていた。

「おまえたちなら無事に逃げると思っていた」

 嘘吐けてめえ。突然のことに動揺して一人で逃げたんだろうが。

「でも、なんだっていきなり湧いて出たんだろう」

 一口の疑問はもっともだ。

「ハチみたいに攻撃フェロモンとか、出すのかな」

「それだ」

 早苗の言葉に、一口とモリスも同意した。それともう一つ、ゾンビはみんな職員ぽかった。作業服を着た奴がほとんどだったからだ。

「生き残りがいないかな」

「とにかく、コンセントくらいは見つかるさ」

「そうね」

 そろそろこの状況にも慣れてきた感のある俺たちは、スマートフォンを充電すべく、コンセントを探した。

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