◆始動
*進展どころか
「あいつら、明かりとかにも寄ってくる?」
「解らない」
「虫なら、光には敏感かもしれない」
俺たちは部屋の照明を暗めに設定して四人固まって息を潜めている。体育館から逃げて、
「なんで? なんで?」
同じ言葉を何度も繰り返している。それを一口はずっと見ていたがふと、
「ホントに。なんで突然?」
その問いかけに、俺はあの光景を思い起こす。
「逃げているときに見たんだ」
地面を這っている小さな虫を──
「え、でも。あいつらって、脳から出たらすぐに死ぬんじゃないの?」
「でも見たんだ。無数の虫を」
「──雨?」
モリスのつぶやきに俺と一口はハッとした。
「確か、一週間くらい続いてたよな」
「うん」
立売堀早苗は、ようやく震えが治まったのか俺たちの会話を無言でじっと聞いていた。
「その前。その前には何があった」
虫が現れた理由があるはずだ。
しかし、どんなに考えても雨の先が思いつかない。
「予防接種」
「え?」
唐突に早苗がつぶやいた。
「予防接種だよ」
「あ、そういえばあった」
「そんなのあったっけ?」
「お前は自治体の紙とか読んでないのかよ」
むしろそんなの読むのかよと一口に眉を寄せた。
ほとんどの自治体に配られていたらしい、予防接種を行う連絡に住民の多くが参加していたそうだ。
「予防接種が原因だって?」
「そうは言ってないけど、それくらいしか思い当たるところがない」
「二人は行ってないのか」
「あたしは忙しくて」
「俺はめんどくさくて」
なるほど。もし、予防接種が原因だとすれば、この二人は安心というわけだ。しかし、わざわざそんなことをして何になるんだ?
人類滅亡を企んでいたやつの計画が実行されたとかか? 非現実的すぎて信憑性が欠片も見受けられない。
「雨に混じって降ってきた」
一口の説の方がもっともらしく聞こえる。
「とりあえず。雨なら死なないってことか」
「あと。夜中に襲ってきたから夜行性かも」
「雨が夜中に降ったからじゃなくて?」
俺の言葉に一口は唸った。とはいえ何も掴めない現状では、どちらの意見も意識しておくことがよさそうだ。
「もうネットも段々、息が切れてきてるよ」
SNSも閑散としてきた。体育館でのことを思うと、二次被害は相当なものなのかもしれない。
ここにきて俺たちはようやく、滅亡の二文字を頭の中に浮かべ始めた。
「親はどうしたんよ。くそっ」
一口は焦ってスマートフォンをいじり出す。何度かけてもつながらない。そんな絶望感を俺たちは眺めていた。
「生き残っている人たちを見つけよう」
早苗の提案に俺は賛成だ。しかし、一口とモリスは怪訝な表情を浮かべていた。
「いたけど。みんな死んだじゃないか」
だめだ。こいつすっかりネガティブになっている。明るさだけが取り柄だろう、しっかりしろ。
「むやみに動き回るのは危険だ」
モリスはモリスで言ってることは正しいが、どうせここに居続ける訳にはいかない。
「生き残りを探して、対策を立て直そう。このままバラバラになっていたら、本当に滅亡しちまう」
「滅亡するのは日本だけだろ」
「そんなの解らない」
「そうよ」
震えた声で早苗は俺に同意した。初めは不安がっていたが、いざとなれば女は強い。
──それから、一睡も出来ずに外が白み始めた。本当なら、新聞配達のバイクの音が聞こえてもいい時間帯だ。
寒空のもと、家にあった毛布やシーツを羽織り外に出る。
「こんな日がくるとは思ってもみなかった」
犬の散歩をする人も、朝が早い会社員も、家の前を掃除するおばちゃんも誰一人いない。放置されたゴミ袋にカラスがたかり、スズメの鳴き声だけが住宅街に響いていた。
誰もいない世界を思い描いたことはあっても、実際に目にしてみるとその恐怖は計り知れない。
言い表せない敗北感が全身をかけめぐる。こんなにも自分は無力なのだと思い知らされる。
ここから逃げ出したい。でも、逃げてどこに行く。どこに逃げれば助かるんだ。
「え、やだ」
「なんだこれ」
早苗と一口はスマートフォンを何度も振ったりして顔をしかめる。
「どうしたよ」
「電波が入らなくなった」
「あたしも」
「電波塔が壊れたとか?」
「それも考えられる」
しかし、なんだろう。異様なほどの静けさが周囲にたちこめていた。電波塔が壊れたというだけなのだろうか?
「確かめよう」
再びモリスが家に入っていくので、とりあえず俺たちもついていった。そうして掃除機を手に取るとプラグを持ちコンセントに差し込む。
掃除機のスイッチを入れたが、うんともすんともいわなかった。
「これって」
「電気が通ってない?」
これじゃあただの鉄塔だ。
「それなら、問題は送電線か発電所だ」
「発電所か。行ってみたい」
こんなときに早苗は何を言っているんだと思ったが、確かに俺も気になる。むしろ、こんなときでないと行く気にはならないかもしれない。
「行ってみる?」
一口も同じ考えだったのか、自然と発電所を目指す方向になっていた。モリスはそれを否定せず、発電所に行こうとなる。
「この近くって何があったっけ」
「確か海沿いに火力発電所があった」
発電には大量の冷却水が必要なため、水場に建てられることが多いんだっけ。
どんなエネルギーを使ったってタービンを回すためのものだから、どうにもやるせない気分にはなる。
火力自体で電気が作られる訳でも、風力自体で電気が作られるという訳でもなく。ただタービンを回すためだけのエネルギーなのだ。
いきなり電気にはならず、あいだに段階が必要なのだから人類はまだまだなんだろうな。しかも、効率がいいって訳でもない。
とはいえ、電気は重要だ。俺たちが行ってどうにかなるとも思えないけれど、何もしないよりは気が紛れていい。
俺たちは乗り捨ててあったセダンに乗り込み、モリスの運転で発電所に向かう。
──走っている間もたくさんのゾンビとすれ違う。気のせいだろうか、昨夜に見たゾンビたちよりも動きがおっとりしているようにも感じられた。
この世界は本当にゾンビに支配されたのだろうか。ゾンビというか、虫だけど。そんな思考が過ぎるなか、発電所の入り口に到着する。
いるはずの門番はいるはずもなく。車はそのまま敷地内に入っていく。天然ガスや石油が詰まったタンクが並ぶ光景は壮観だ。
「人はいないようだけど、動いてるよね」
「そうだね」
確かに、動いている気配がある。そうすると、送電線辺りに何かあるのかな。
「ていうか。何あれ」
うろうろしていると、でかいドラム缶のようなものが数本、横倒しになったようなものが視界に入る。
「あれはボイラーだ」
モリスの説明に、これがボイラーかと眺めた。しかし、一口はボイラー自体に「何あれ」と言った訳じゃない。
「どこかから熱が漏れているのかもしれない」
そう、ゾンビが集まっているのだ。まるで寒さをしのぐ冬の虫のように、固まって動かない。
「春と言ってもまだ寒いもんね」
「虫は虫ってことか」
その異様な様子に、俺たちは呆然と立ち尽くしていた。
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