あたしのささやかな復讐

 復讐の鬼と化したあたしを、もはや誰も止めることはできない――。



 滝本たきもとくんと同じクラスになったあの日から、もうすぐ一年になる。あたしは一年間、彼への想いを告げられずにいた。


「告白するなら今しかないんじゃない?」


 そんな優里ゆりの後押しもあって、あたしはついに腹をくくった。優里の言う通り、今が最後のチャンスなのだ。三年になればクラスも別々になる可能性が高いし、受験でそれどころではなくなるかもしれない。それに、もしダメでも、顔を合わせずに済む……。


 弱音を吐くあたしに、優里は言った。


若奈わかなは可愛いんだから、もっと自信を持とう?」


 あたしだって、自信がないわけじゃない。男子に人気があるのも知っていた。だから少なからず、期待もしていた。


『校舎裏で待ってます』


 あたしは想いをしたためた便箋を彼の机の中に忍ばせた。

 やってきた滝本くんにあたしは開口一番、「好きです」と告げた。

 そして見事に、玉砕した――。


「ねぇ、どうして?」


 まるで滝本くんを責めるみたいに、あたしは詰め寄った。滝本くんはなにも悪くないのに。

 滝本くんは困ったような顔をして言った。


「実はおれ……浅川あさかわのことが好きなんだ」


 その言葉に、あたしは雷に打たれたように立ち尽くす。

 ――浅川優里。

 一年のころから同じクラスの、あたしの親友だった。


 優里がいるから。

 優里のせいで、あたしは振られた。

 だからあたしは、優里に復讐してやるのだ。


 復讐の方法はすぐに決まった。シンプル・イズ・ベスト。

 優里には、あたしと同じ目に遭ってもらうことにした。


 すなわち、好きな人にこっぴどく振られてもらう。別に告白させる必要はない。ふざけた内容の手紙でも書いて呼び出せば、相手のほうから一方的に振ってくれるだろう。


 だけどこれを実行するには、一つだけ問題があった。

 あたしは優里の好きな人を知らない。

 もう二年間も親友をやっているのに。しょせんはその程度の関係だったってことかな。


 昼休み。優里と二人、いつものように弁当をつつきながら、あたしは探りを入れてみることにした。


「滝本くんの見る目がなかったんだよ、きっと」


 どう切り出そうかと考えこんでいると、優里は急にそんなことを言い出した。どうやらあたしが落ちこんでいると思ったらしい。


「……うん」


 人の気も知らないで。滝本くんのことを悪く言うな。

 だいたい優里に背中を押されなければあたしは告白することもなかったし、こんな思いをすることもなかったのに。


「ほら、よく言うでしょ、男なんて星の数ほどいるって。若奈なら大丈夫、すぐにまたいい人と出会えるよ」

「……そう言う優里は? いないの、好きな人」

「私? 私は……って、私のことはいいんだってば。それより若奈が――」


 優里は嘘がつけない。黙って「いない」って言っておけばいいのに、馬鹿正直にはぐらかす。自分で気づいてないんだろうか。


 結局、優里が口を割ることはなかったけど、一つだけわかった。

 あたしなんかに「好きな人」を教えるつもりはない、ということ。

 だったらこっちも手段なんか選んでいられない。


 優里が席を立ったタイミングを見計らい、あたしはクラスメイトへのリサーチを開始した。あたしも優里もそれなりに付き合いのある女子グループに声をかける。


「優里の好きなやつ?」


 彼女たちはなぜか一様に不思議そうな顔をした。


「うん。知らない?」

「や、知ってっけど……若奈が知らないのが意外っつーか」

「ねー。若奈ちゃんて、ゆりっちといちばんの仲良しじゃん」

「あっ! ほら、たしか若奈も滝本くんのこと……」

「あー……」

「そゆことかぁ。そりゃゆりっちも言えないよねー」

「え、待って。どういうこと?」


 そうして、優里の好きな人はあっさりと判明した。

 その人の名前は――滝本くん。



 翌朝。

 あたしは一番乗りで教室に入ると、徹夜で書き綴った手紙を彼の机の中に忍ばせた。間違いなく自分のときよりも頭を使ったと思う。


「なんか放課後に校舎裏に来てって、滝本くんが」


 小声で耳打ちすると、優里は顔を真っ赤にして、面白いくらいにうろたえていた。こんなに喜んでもらえると、こちらとしても嘘のつきがいがあるというものだ。


 あたしは無理やり付き添いをさせられ、優里と二人、校舎裏に向かった。


「大丈夫だって、あたしもついてるし」

「でも……」


 弱音を吐く優里の背中をぽんと叩いて、あたしは校舎の陰に身を隠す。


 復讐の舞台は整った。


 ほどなくして、滝本くんはやってきた。手にしているのは、例の手紙。優里に何事か話しかけている。

 手紙に身に覚えのない優里は当然、戸惑いを隠せない様子でおたおたと視線をさまよわせ――そして、こちらを振り向いた。


 きっと、優里は気づいただろう。その手紙を書いたのは誰なのかを。

 ……遠慮する必要はないってことを。


 最後まで見届ける意味はない。結末はわかりきっている。

 あたしは彼と彼女に背を向けた。


 ――ざまあみろ。



(2013年執筆)

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