第7話・気持ち近付く少女達

 ティアとユキ、2人による日替わり師匠期間が全て終わった翌日。

 いつもの様に早い時間に目覚めた俺は、昨日の出来事で残っていた疲れを引きったままで上半身を起こした。


「うぐっ!?」


 正座による足の痺れはとっくに消えているはずなのに、昨日からふとした瞬間に足の痺れが甦ってくる感じがしていた。そして俺は痺れている感じのする両足をそっと動かしながら、ベッドの外側へと下ろした。

 いつもならここからティアとユキの2人を起こすところなんだけど、2人には昨晩、別々の部屋に泊まってもらった。

 そして2人に別々の部屋に泊まってもらう事を提案した際、ティアからは当然の様に猛反対をされた。

 しかし、どちらを師匠に決めるかの結論を出す為に1人になってじっくりと考えたい――と言うと、流石のティアもそれ以上は何も言わなかった。

 だけど俺の発言はただの建前で、本当のところはまったく違う事を考えていた。


「はあっ……どうすればこれからも2人から師事をあおげるのかな……」


 そう。俺のずっと考えていた事は、この先もティアとユキの2人から師事を仰ぐ為にはどうすればいいか――という事だった。

 ティアから師事を仰いでいる時にはティア以上の師匠は居ないと思っていたけど、実際にユキの指導を受け始めてからは、色々と新しい発見をする事は多かった。

 そして何より、ユキからの教えは俺の視野を確実に広げてくれた。故にこれからも、できる事ならユキの師事も仰ぎたい。

 俺はそれを可能にする為にエオスのモンスタースレイヤー協会に対して質問状を送り、『2人のモンスタースレイヤーを師匠に持つのは駄目なのでしょうか?』と聞いてみた。

 そしてその質問状に対してモンスタースレイヤー協会が送って来た回答は、『2人のモンスタースレイヤーの称号を持つ者が、同一の弟子を持つ事に関して特に問題はありません』との事だった。つまりこれは、ティアとユキが俺の師匠になる事に関して特に問題は無い――と言う事になる。

 俺はこの回答を得た事で嬉々としてそれを2人に話したんだけど、2人は俺のダブル師匠になる事をすぐさま拒否した。

 その理由はと言うと、ティアは『お兄ちゃんと2人がいいから』で、ユキは『他の師匠なんて修行の邪魔になるから』と言っていた。

 ティアとユキが出会ってからのいさかいを考えれば、2人がお互いの事を良く思わないのは分かる。だけど、弟子の俺としてはどうしても2人からの師事を仰ぎたい。

 そこでどうにか2人がお互いを認め合う事はできないだろうかと、今日までずっと考えを巡らせていたわけだが、ついにその具体的な答えは出ずにこの日を迎えてしまった。


「……とりあえず朝食でも食べに行くか」


 のらりくらりと出掛ける準備をし、俺は部屋を出て街の食堂へと向かい始めた。

 俺が2人に対して答えを出すお昼までは、残り6時間ほど。その間に何か上手い具合に2人を師匠にできる方法を思いつきたかった。


『モンスター警報! モンスター警報! 第三結界内にカラーモンスターの侵入を確認しました! 街に滞在しているモンスタースレイヤー、及び、戦力を有する者は、直ちにカラーモンスターの討伐に向かって下さい! 繰り返します――』


 そんな事を考えている最中、静かな朝の街に感応石を用いた警報アナウンスが鳴り響いた。

 街中に響く警報アナウンス。それを聞いた街の人々は一気に目を覚ましたらしく、静かだった朝の街はあっと言う間に阿鼻叫喚あびきょうかんの様相を見せ始めた。

 エオスにある街はカラーモンスターから取り戻した生活圏に円形状の結界を三重に張り巡らせ、カラーモンスターの進入を防いでいる。だけどその結界にも欠点があり、広く張り巡らせるほど部分的にもろくなる箇所かしょが出てしまう。

 並のカラーモンスターなら問題は無いけど、一定以上の力や能力を持つカラーモンスターにそこを狙われると、あっさりとその結界を崩されて突破されたりもする。だからそんな時の為に結界を三重にしているわけだが、それも同じ結界である以上は防御壁として完璧とは言えない。

 それに結界を突破されたという事は、人類の少ない生活圏を奪われる事にも繋がる。だからモンスタースレイヤーや戦う力を持つ者は、どこの街に居てもその力を振るわなければいけない。例えそれが、俺の様な未熟者だったとしてもだ。

 迫っているカラーモンスターがどれくらいの数かは分からないけど、俺だってモンスタースレイヤーを目指す者の端くれだから、その侵攻を止める事はできなくても、師匠達が来るまでの時間稼ぎくらいはできると思っている。

 それにここでおくしていては、師匠達の様な強いモンスタースレイヤーになれるはずもない。俺は意を決して両拳を強く握り込み、街門まちもんの方へと走り始めた。


× × × ×


 街中で流れていた警報アナウンスの追加情報により、カラーモンスターの群れが街の北側から迫って来ている事が分かった。そして俺は聞いた情報を元に急いで北へと向かい、第一結界を越えて第二結界の手前でカラーモンスターがやって来るのを待っていた。

 周りにはまだ誰の姿も無く、この場には俺1人しか居ない事が分かる。故にこの状況で俺だけが結界を越えてカラーモンスターを迎え撃つのは無謀だ。

 ここは第二結界内でカラーモンスターが来るのを待ち、姿が見えたら結界外に出て攻撃、いざとなれば結界内に入って攻撃を防ぐのが得策だろう。俺だって命は無駄にしたくないし、俺だけでカラーモンスターの群れを倒せるなんて思っていないのだから。

 そんな事を思いながら結界内部から外を見ていると、遠くに凄まじい砂埃が立ち上るのが見え始めた。


「10、20、30、40、――くそっ! 数が多過ぎて把握できない!」


 こちらへと迫って来ているカラーモンスターの群れは、前に雑技団を追っていたカラーモンスターの規模とはまるで違う。その正確な数は分からないけど、ぱっと見でも100匹は超えている様に見える。


 ――あんな数のカラーモンスターを俺が足止めなんてできるのか? いや! 他に食い止める人が居ないんだから、俺がやらなきゃいけないんだっ!


 圧倒的な数で迫って来るカラーモンスターの群れを前に自分を奮い立たせ、俺は結界外に出て足止めを開始した。


「ダークハンドスワンプッ!」


 相手にこちらの存在を気取られる前に少しでも手傷を負わせようと、俺はカラーモンスターの群れにティア直伝の闇魔法を撃ち込んだ。

 俺の手から放たれた闇魔法はそのまま大きく円形状の沼となって地面に広がり、そこからいくつもの闇の手が伸び始め、その伸びた黒い手が走り迫るカラーモンスター達を無造作に掴んでいく。するとカラーモンスター達を掴んでいた闇の手は素早くその手を引き、カラーモンスター達を叫び声すらも完全に飲み込む闇の沼の中へと引き摺り込んだ。


 ――これなら師匠達が来るまでにもっと数を減らせるかもしれない!


 闇の沼に引き摺り込まれて行くカラーモンスター達を見た俺は、ふとそんな事を思った。


「はっ!? しまった!!」


 しかしそれは、俺の心の緩みが生んだ油断だった。

 この時の俺はカラーモンスター達が闇の沼に飲み込まれて行く事に意識が集中してしまい、他の場所へと向ける意識が完全に途絶えていて、右側面から飛んで来ていた魔法の火球に気付いた時にはもう、避け様がなかった。


 ――駄目だっ!!


 そう思って両目を閉じた次の瞬間、俺の身体が何かに持ち上げられる様にしてふわっと浮き、そのあとすぐに俺の両足は地面に着いた。


「「大丈夫?」」


 目を瞑っていた俺の両脇から聞き慣れた声がし、俺は閉じていた目を開いた。


「し、師匠!? それにユキ!?」

「もうっ! お兄ちゃん、カラーモンスターと戦うのはいいけど、今のは何? 完全に敵からの魔法が見えてなかったでしょ?」

「まったくだわ。エリオス、戦いでは常に広い視野を持ちなさいと教えたでしょ? 忘れたの?」

「あ、あの、すみません。師匠、ユキ……」


 呆気に取られながらもそう口にすると、2人は俺を支えていた手を離した。


「でも、とりあえずお兄ちゃんが無事で良かったよ。あとは私に任せて!」


 そう言うとティアはたずさえていた剣を手に取ってから迫り来るカラーモンスターの群れへと走り始め、その剣で次々とカラーモンスターを斬り捨てて行った。


「まったく……あんな猪突猛進ちょとつもうしんな戦い方は美しくないわね。エリオス。この戦いが終わったら、もう一度修行のやり直しよ。私から教えを受けたあなたがあんな無様な戦いをする様じゃ、私の沽券こけんに関わるから」

「は、はい……」


 ユキは俺の返事を聞くと、静かにカラーモンスターの群れに向かって歩き始めた。


「多くの命に仇なす怪物達よ。せめて最期はその醜悪な姿を、純潔の象徴たる白薔薇で着飾ってあげるわ。ホワイトローズスコール!」


 ユキが両手を高く空へかかげると、そこに魔力で作られた無数の白薔薇が現れ、まるで激しい雨の様にして地上に居るカラーモンスターの群れに降り注いだ。

 そして降り注いだ白薔薇は、一瞬にして多くのカラーモンスター達を白一色に染め上げた。


「す、すげえ……」


 ユキがカラーモンスターと戦うのを見るのはこれが初めてだけど、その圧倒的な強さに俺は驚いた。おそらくここまで圧倒的な力でカラーモンスターの群れを倒せるのは、ティアとユキくらいしか居ないと思う。


「ちょっと! 魔法を使うならもっと気を付けて使ってよねっ! 私にも刺さるところだったじゃない!」

「あら。私はあなたなら余裕で避けられると思って使ったんだけど、見込み違いだったかしら? それならごめんなさい。次はちゃんと予告して使うから」

「そんな事ありませんー! 私にはこんな攻撃を避けるなんて超余裕なんですぅー!!」

「そう。だったら文句を言ってないで、さっさとカラーモンスターを倒しなさい」

「言われなくても分かってますぅー!」


 こんな時にでもいさかいをする余裕があるんだから、この2人は本当に凄いと思う。

 そして2人はこんな感じで諍いを続けながらもカラーモンスターを倒し続け、20分も経つ頃には攻め込んで来ていたカラーモンスターを全滅させていた。


「ふうっ。まあ、こんなところかな。大丈夫だった? お兄ちゃん」

「あ、はい。大丈夫です。と言うか、師匠やユキこそ大丈夫なんですか?」

「うん、大丈夫だよ。全然平気」

「私も問題無いわ」


 確実に100は超えていたはずのカラーモンスターの群れ。それを相手にして全滅させたというのに、2人は何事も無かったかの様な表情をしている。

 俺はそんな2人を見て、モンスタースレイヤーへの道がまだまだ遠い事を実感してしまった。


「……えっとまあ、とりあえずカラーモンスターも全滅しましたし、街に戻って結界師を呼んで来ますね」

「いいえ。それは待って、エリオス」

「そうだね。まだがどこかに居るはずだから」

「えっ? 本命ですか?」

「そうよ。エリオスも知っての通り、エオスにある街には三重の結界が張り巡らされているわ。でもそれは、並のカラーモンスターでは突破はおろか破壊もできない。だけど私達が倒したカラーモンスターの中には、それを可能にする様な奴は居なかった」

「てことは、つまり……」

「そうだよ、お兄ちゃん。結界を壊した本命はまだ生きている。だからそいつを倒さなきゃ、結界師を呼んでもまた壊されちゃうの」

「それじゃあ、その本命を捜さないといけないって事になりますよね?」

「確かにそうなんだけど、その必要は無いみたいだよ。お兄ちゃん」

「えっ?」


 そう言ったティアが視線を向けた方を見ると、その方向から1匹のカラーモンスターがやって来るのが見えた。


「ダ、ダークカラーのドラゴン!?」


 こちらへと向かって来るダークカラーのドラゴンを見た時、俺は思わずユキの方を見た。なぜならダークカラーのドラゴンは、ユキの大切な義兄おにいさんを喰い殺した憎き相手なのだから。


「ユキ。あれってもしかして……」

「残念だけど違うわ。よく見てみなさい。あいつの額には傷が無いわ」

「……確かに無いね」


 流石はモンスタースレイヤーの称号を持つ者だけあって、私怨を持つ中にも冷静さがある。


「でも、ダークカラーのモンスター、特にドラゴンを見ると、無性に殺したくなっちゃうのよね」


 口調こそいつもと変わらないけど、その言葉はいつものユキと違って荒く、鋭く殺気に満ちた目をしながらダークドラゴンの方へ歩き始めた。


「ユキ!?」

「大丈夫よ。ちょっとアイツを殺して来るだけだから」

「私も行くよ。ダークドラゴン相手に一人じゃ辛いでしょ?」

「ありがとう。でも、ここは手を出さないでもらえるかしら」

「むっ! こんな時にまでお兄ちゃんにアピールするわけ!? そうはいかないんだからねっ!」

「お願いだから手を出さないでっ!!」


 いつも冷静沈着なユキが声を荒げてそう言うと、凄まじい速さでダークドラゴンとの距離を詰め、そこから激しい戦いを見せ始めた。


「あの子、急にどうしちゃったの? さっきとは戦い方が全然違う……」

「師匠。実は――」


 ユキが1人でダークドラゴンとの戦いを繰り広げる中、俺は掻い摘んでユキがあんな風になった理由を説明した。


「そっか。あの子の義兄さんが、額に傷のあるダークドラゴンに殺されたんだ。それであんなにダークドラゴンに対して怒ってるんだね。あの子に悪い事を言っちゃったかな……」


 ティアはそう言いながら、ダークドラゴンと戦うユキを見つめた。

 そしてティアと一緒にユキの戦いを見守る事しばらく、ユキは見事にダークドラゴンを討ち取った。


「ユキ! 大丈夫か?」

「ええ。少し手傷は負ったけど大丈夫よ」

「とりあえず早く治療をしないと」

「これくらい大丈夫よ」

「駄目だよっ! ほら、早く背中におぶさって」

「そ、そんな事をしなくても自分で歩けるわよ」

「それは嘘だよ。ダークドラゴンと1人で戦って平気なわけがないんだから。だから今は素直にお兄ちゃんの厚意に甘えるといいよ。今だけは許してあげる。今だけだからね?」

「…………分かったわ。それじゃあ、お言葉に甘えさせてもらうわ」


 そう言うとユキは素直に俺の首元に両手を回し、俺の背中へと身体を預けた。


「それとあの……さっきはごめんなさい。義兄さんの事を知らなかったから……」

「……別にいいわ。気にしてないから。それよりも、早く結界師を呼んで来た方がいいんじゃないかしら? 次のカラーモンスターの進入を許す前に」

「あっ、そうだね。それじゃあ、私は一足早く街に戻って結界師を呼んで来るよ。お兄ちゃん、その子の事は任せたよ?」

「はいっ! 任せて下さい!」

「うん。それじゃあ、またあとでねっ!」


 そう言うとティアは素早く街のある方へと駆け出し、進入したカラーモンスターの全滅報告と結界師の要請をしに向かった。


「……思ってたよりも良い子みたいね。あの子」

「もちろんだよ。ティアは俺の自慢の師匠だから」

「そう……最初は絶対に相容あいいれないと思っていたけど、それは私の思い込みだったのかもしれないわね」

「ははっ。それはきっと、お互いに良い所が見えてなかったからだよ。いい機会だから、あとでじっくりと話でもしてみたらどうかな?」

「そうね。今日のディナーにでも誘って、ゆっくりと話をしてみるわ」

「うん。そうしてみて」


 こうして結界を破り街を襲撃に来たカラーモンスターの群れはティアとユキによって退治され、その後、ティアが呼んで来た結界師によって結界も直り、街はいつもの平安を取り戻した。

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