第8話・迷い人

 結界を破って侵攻して来たカラーモンスター達を撃退した翌日。

 ティアとユキの俺の師匠を巡るいさかいも無事に解決し、2人は揃って俺の師匠となる事を了承してくれた。一時はどうなる事かと思ったけど、めでたしめでたしだ。

 こんな事を思うのは不謹慎かもしれないけど、ティアとユキが2人揃って俺の師匠になってくれたのは、あのカラーモンスター襲撃事件があったからなのは間違い無い。もしもあの襲撃事件が無ければ、ティアとユキはお互いの事を誤解しあったままだったと思うから。

 とりあえず色々とあったけど、俺はこれからも希望通りにティアとユキの2人から師事を仰げる様になった。

 モンスタースレイヤーの歴史始まって以来の天才と称されるティアとユキ。この2人からの教えを受け続ければ、俺もいつかは立派なモンスタースレイヤーになれる気がする。

 そんな希望を胸に、今日から俺は新たな一歩を踏み出す――はずだったんだけど、その一歩は1人の少女と出会った事で先送りになった。


「ねえ、リリア。ちょっとお兄ちゃんにくっ付き過ぎじゃないかな? もう少し離れた方がいいんじゃないかな? あっちに居るお姉ちゃんと一緒に寝た方がいいんじゃないかな?」

「いやっ! リリはお兄ちゃんと一緒に寝るのっ!」


 この日の夜。

 俺はティア達よりも年下のリリアちゃんという、茶髪でロングヘアーの巻き髪癖が付いた女の子と一緒にベッドの中に居た。

 リリアちゃんとは今日の朝、修行へ向かう途中に街中で泣いていたところを見つけ、俺が声を掛けた事で知り合った。なんでもリリアちゃんはこの街に母親と一緒に来たらしいんだけど、いつの間にか母親とはぐれて迷子になり、ずっと母親を捜していたらしい。

 そんな事情を聞いてさすがに小さな女の子を放って置くわけにもいかないと思った俺は、ティアとユキに頼んで一緒に母親捜しを手伝ってもらったんだけど、残念ながら1日かけてもリリアちゃんの母親を見つける事はできなかった。

 そして幼いリリアちゃんを放っておくわけにもいかず、こうして俺達の泊まっている宿へと連れて来たわけだ。

 しかしまあ、小さな子供の扱いに慣れているとはいえ、リリアちゃんにここまで懐かれるとは思ってもいなかった。


「もうっ、お兄ちゃんからも何か言ってよー!」

「まあまあ。落ち着いて下さい、師匠。相手は小さな子供なんですから」

「でもぉ」

「ティア。あなたもモンスタースレイヤーの称号を持つ者なら、もっと毅然きぜんと構えなさい。こんな小さな子供相手に情けない」

「そ、そんなの分かってるもん!」

「それなら早くベッドに入って寝なさい。明日も捜すんでしょ? リリアの母親」

「そうですよ、師匠」

「むうう……分かったよぉ。独りで寝ればいいんでしょ? もう……お兄ちゃんの馬鹿っ!」


 ティアは大きな溜息を吐くと、今にも泣き出しそうな表情でそう言ってから右隣にあるベッドに潜り込み、掛け布団を頭から被って丸まった。

 昔からティアはいじけるとこんな風にする癖があったけど、ユキと出会う前までは常に一緒のベッドで寝ていたんだから、甘えん坊のティアがこうしていじけてしまうのも無理はないだろう。


「まったく、困った子ね。それじゃあ、私も寝るわね。おやすみなさい、エリオス」

「おやすみ。ユキ」


 口では『困った子ね』などと言いつつも、ユキは小さく微笑んでいた。

 昨日の夕食は俺に言っていた通りにティアと2人で食事をしたみたいだけど、少しはお互いが打ち解ける切っ掛けにはなったのかもしれない。


「さてと。リリアちゃん、俺達も寝ようね」

「うん。リリ、ちゃんと寝る」

「よしよし。リリアちゃんは良い子だね」

「えへへっ♪」


 よしよしとその頭を撫でると、リリアちゃんは可愛らしい笑顔を浮かべてからその瞳を閉じた。そしてリリアちゃんはそれから5分と経たない内に夢の世界へと旅立ち、小さな寝息を立て始めた。


「……それにしても、ちょっと変だな」


 すやすやと眠るリリアちゃんの寝顔を見ながら、俺は今日の事を少し考えていた。

 リリアちゃんは一緒だった母親といつの間にかはぐれていた。そしてその母親を捜すのに俺達は協力をしたわけだが、街中を捜す最中に子供を捜している様な人は1人として居なかった。

 この街もそれなりに広いとはいえ、俺達が一緒になって捜し回ったのに、迷子の子供の母親1人見つけられないのはどうもおかしい。

 普通ならこんな小さな子供とはぐれれば、母親も必死になって捜すはず。だけど街中の誰に尋ねても、子供を捜している人が居る――などという話は聞けなかった。これはどう考えても腑に落ちない。


 ――明日は少し捜し方を変えてみるか。


 このままここで考え込んでいても仕方がないので、俺はとりあえず大まかな指針だけを決めてから眠りについた。


× × × ×


 翌日の朝。

 誰よりも早く目覚めた俺は、俺の服を握り締めたまま寝ているリリアちゃんの手をゆくっりと離してから起き上がり、出掛ける準備を進めた。


「こんな朝早くからどこへ行くつもり?」

「あっ、起こしちゃった?」


 小さな声で話し掛けてきたユキに対し、俺も小声で話しながらベッドへと近付いた。


「少し前から目は覚めてたわ。それで? どこへ行くつもり?」

「ちょっとリリアちゃんの母親の件で調べたい事があるんだ」

「リリアと一緒じゃ都合が悪いのかしら?」

「まあ、場合によっては」

「……分かったわ。リリアの面倒は私達が見ておくから、行ってらっしゃい。ただし、どんな状況でもお昼には一度ここへ戻って来ること。いいわね?」

「分かった。ありがとう、ユキ」

「お礼なんていいから、早く行きなさい。リリアが目を覚ましたら面倒でしょ?」

「そうだね。それじゃあ、行って来るよ」


 こうして俺は静かに部屋を抜け出し、リリアちゃんの母親の情報を集め始めた。

 昨日リリアちゃんにはこの街へ来てからの事を聞いていたから、俺はリリアちゃんが母親と一緒に通ったであろう場所で聞き込みをしてみようと考えて行動をしていた。

 しかし、聞き込みをしても昨日と一緒で大した情報も得られず、気が付けばいつの間にかユキと約束をしたお昼まで残り2時間を切っていた。

 そして大した情報も得られずに焦りばかりが募っていく中、俺は近くを通り過ぎた行商人のおじさんに声を掛けた。


「あの、すみません。ちょっとお聞きしたい事があるんですが、いいでしょうか?」

「あ? 何だい兄ちゃん?」

「昨日の事なんですが、この辺りを長い茶髪の女の子と一緒に歩いていた大人の女性を捜してるんです。見かけたりしませんでしたか?」

「長い茶髪の女の子と歩いてた大人の女性ねえ…………ああ! そういえば見たな。茶髪の女の子と一緒に居た大人の女性を」

「本当ですか!? その人の特徴みたいなのって覚えてますか?」

「特徴? そうだなあ…………確か一緒に歩いてた女の子と同じ茶髪で、髪は腰くらいまであったと思うぜ。それと、口元の左側に少し大きな黒子ほくろがあったな」


 ――リリアちゃんから聞いてた特徴と同じだ。間違い無い。


「よく覚えてますね」

「覚えてるもなにも、その1時間くらいあとにその人が1人で買物に来て、その時に少し話をしたからな。まあ、そこまで覚えてたのは、その人が俺好みの美人だったからだけど」

「なるほど。ちなみにですが、その時はどんな話をしたんですか?」

「話の内容か? 確か、遠出の準備をしてるみたいだったから、『どこか遠くに行くのかい?』って聞いたら、『別の街に居る知り合いの所で働くから、子供を知り合いの所に預けて来たんです』って答えたんだよ。それで大変だなって話をしたんだ。そういえば、話をしてた時はちょっと落ち着きが無い様に見えたけど、遠出前で緊張してたのかもな」

「そうでしたか……お話を聞かせてもらってありがとうございます! あの、せっかくなので何か買わせてもらいます」

「おっ、そうか! 毎度ありっ!」


 俺は行商人のおじさんから保存食をいくつか買い、その足で街のキャラバン隊が居る場所へと向かった。

 そしてそこで聞き込みをしたところ、昨日のお昼過ぎにリリアちゃんの母親と特徴が一致する人物が現れ、別の街へ行くキャラバン隊の馬車に乗って行ってしまったと聞いた。

 行商人のおじさんが聞いた様に、リリアちゃんが母親の手で知り合いに預けられていたなら良かったんだけど、リリアちゃんが母親を捜して泣きながら街を彷徨さまよっていた以上、おじさんが聞いたリリアちゃんの母親の話は嘘と言う事になる。

 それが証拠に昨日リリアちゃんに話を聞いた時には、この街に知り合いは居ない――と聞いていたからだ。

 つまりこの事実が指し示すものは、リリアちゃんが母親に捨てられた――という事になってしまう。考えたくはなかったけど、貧富の差が激しいこのエオスではそう珍しい事ではない。


「はあっ、どうすっかなあ……」


 得られた答えはリリアちゃんにとってとても残酷なもので、それを本人に伝えるべきかどうかを迷ってしまう。

 俺は深く気分を沈ませながら、とりあえず約束通りにお昼前に宿屋へと戻った。

 そして宿屋で3人と合流したあと、真実を告げる事にまだ迷いがあった俺は、その事実を胸に秘めたまま、夕暮れまで形だけの母親捜しを行った。

 しかしこのまま自分だけで考えていても答えは出ないので、その日の夜、俺はリリアちゃんが寝付いたあとでティアとユキにその事実を話した。


「何それっ!? 本当なの?」

「ティア、落ち着きなさい。リリアが目を覚ますわ」

「うっ……ユキは何でそんなに落ち着いてるの?」

「慌てても怒っても仕方がないからよ。現実は現実。泣いても怒っても何も変わりはしないもの。今やるべき事は、リリアに真実を話すか話さないかを決める事。そしてどちらを選んだとしても、そのあとをどうするのか。それを考える事が重要なのよ」

「そうだね。このままってわけにはいかないし、どうにかしないと……ユキならどうする?」

「私? 私なら真実を話すわ。隠したって仕方ないもの。その上で孤児院に預けるのが最善だと思うわ」

「そっか……」


 いかにもユキらしい現実的な考え方だが、当のリリアちゃんの事を考えると素直に賛同はできない。だけど、言っている事そのものは間違っていないし、確かに最善の方法だと思える。


「師匠ならどうしますか?」

「えっ!? そ、そうだなあ……うーん…………ごめん、お兄ちゃん。何も思い浮かばない」

「あ、いえ、謝らないで下さい。俺もどうしていいのか分からないでいるんですから……」


 結局このあともどうしたらいいのか悩み続けた俺は、最終的にユキの言っていた方法を取る事にした。

 そして翌朝になってみんなで朝食を摂ったあと、俺はリリアちゃんに真実を話して聞かせた。当然リリアちゃんはその話を聞いて酷く傷付き、俺の胸の中で長い時間ずっと泣きじゃくっていた。

 こんな小さな子供に告げるには、あまりにも厳しく酷い真実だったと思う。でも、俺達にはこうする事しかできなかった。それしかできなかった。

 そして泣きじゃくっていたリリアちゃんが落ち着きを取り戻した頃、俺達はこれからどうすればいいのかをリリアちゃんに話し、みんなでこの街にある孤児院へ行ってから事情を話し、リリアちゃんを預けた。

 俺としては凄く心が痛んだけど、孤児院から去る時にリリアちゃんが、『一緒にお母さんを捜してくれてありがとう。また遊んでね、お兄ちゃん、お姉ちゃん』と言ってくれたのが、せめてもの救いだった。

 ちなみにリリアちゃんを預かってくれた孤児院の経営者に、ティアとユキが寄付金と称してお金を渡していたんだけど、あれはきっと、ティアとユキなりにリリアちゃんの事を考えてくれたからだと思う。

 リリアちゃんと俺の取り合いをし、俺を取られてしばらくはいじけていたティアと、口では現実的で厳しい事を言っていたユキの2人だけど、実際はとてもリリアちゃんの事を心配していたのかもしれない。


「……本当にこれで良かったのかな?」

「そんな事は誰にも分からないわよ。私にも分からないし、もちろんエリオスにも分からない。その答えを出せるのはリリアだけだから」

「そうだね。俺達がいつまでも悩んでたって仕方ない。俺達にできるのは、リリアちゃんがこれから幸せに暮らしていける様に祈る事と、みんなが平和に暮らせる様に、カラーモンスターを倒して行く事だけだから」

「うん……そうだね、お兄ちゃん」

「さあ、エリオス。リリアの件で修行がストップしてたから、今日からまた厳しくいくわよ?」

「うん。よろしく頼むよ、ユキ」

「私もバッチリお兄ちゃんを指導するよ!」

「頼りにしてますよ。師匠」

「うん! でもその前に、今からお兄ちゃん成分をたっぷりと吸収しまーす!」

「ちょ、ちょっと師匠! こんな街中で恥ずかしいですよっ!」

「えーっ!? だって、今までずっとリリアにお兄ちゃんを独占されてたんだよ? だからこれくらいはいいの♪」

「気持ちは分かりますけど、周りの視線を考えて下さい」

「えへへっ♪ お兄ちゃんの匂いだー♪」

「どうやらもう、話が聞こえてないみたいね」

「そうだね」


 周りの事など一切気にせず、俺に抱き付くティア。その顔はとても幸せそうで、無理やり引き離すのは可哀相に思えてしまう。

 リリアちゃんの為に我慢していたと言うティアの事を思い、俺はティアが満足するまで周りからの視線に耐える事になった。

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