自分の好みを人に聞くオタクがいてたまるか。

【前回までのあらすじ】

 以前、タイトルの通りの罵声を浴びせたくなった事が幽冥牢ゆめろうに降りかかったので、一部ぼかしながら顛末を書いてみる。


 その日、幽冥牢は書店にいた。生活費を抜いても何冊か本を買う余裕があったので、品定めをしていたのだ。

 そこに、パッとしない外見を作り出すのには成功している、年齢不詳の男が話しかけて来た。

『何を見てるんですか?』

 数冊の本を手にしていた人間に発した言葉だ。それはつまり

『これらを買う意思が私にはありますよ』

という態度の表れであって、そこにこのターゲットを間違えた万引きGメンの様な一言。一発でオタクに限らず不信感を抱かせるはずの台詞である。

 一瞬だけ男を見る。

 オタクを営んでいる(趣味を中心にしていくスタイルは最早人生なので)様に見えるが、オタクではないと幽冥牢は睨んだ。

 基本的に趣味の店にいる時、オタクは品定め、つまり臨戦態勢にあるので、他人に関わるつもりは微塵もないのだ。言っておくが、 一部のやらかし連中の常套手段で一緒にされがちな、礼儀や外にいる時のマナーを無視するのとは異なる。

『今を逃したら次にいつ、手に入るか分からないものを入手する為に、その邪魔になりそうな事を徹底的に排除しにかかっている』

という状態なので、見知らぬ他人に親しげに声をかける事自体があり得ないのである。

 極論してしまえば、店員さん以外にかける言葉といったら、側を通り抜ける際の

『すいません』

くらいだ。

 一般的な例で言えば、これを読まれているあなたが見逃せない何らかのセール会場で欲しいものが最初からなさそう、もしくは

『まさかこんな所でナンパっすか?』

みたいな緊張感のかけらもない赤の他人が話しかけて来る様な状況だ、と言えば、この異常性がお分かり頂けるだろうか。

 え、『そこまで欲しいものはネットで買う』?  出先の場合の話をしている。さよなら。

 さておき、なので、本格的に怪しいと思った。

 オロオロする理由もないので、客観的におかしくないであろう生返事をし、男を視界に入れる程度に留め、本棚を見る。この時点で不機嫌ゲージが溜まりつつある。理由は上記のそれにプラスして、気を引こうとしたのか

『自分さえ気持ち良ければ周囲の事などどうでもいい』

という意思の表れなのか、自分の四方山話を始めたのだ。

やれ、

『沢山買うんですね』

だの(『さあ』と答えておいた)、やれ、

『自分は今年のコミケ行きましたけれど、めぼしいものがなくて』

だの(これには沈黙で返した)。

(うぜえーッ‼︎)

という気持ちが湧いて来るのを心の中の爪先で踏みにじりながら、目当ての品を見つける。好きな作家さんの商業誌なので、吟味しようとした。

『そうしようとしているのだ』

と、誰にでも分かる態度で示した......はずだ。

しかし話は続くのだった。

『まあ、コミケまで行って買うのもなんかなーって』

『......』(そうなんだ。暑さに耐え切れなさそうなんで行かなかったけど、私はコミケは好きだよ。さよなら)

『こういう所には、ビシッと決めて、買いに来るんですか?』

『別に......』(『ビシッと』って何だ。佇まいの事なら今日のこれは普段着だし、買い物の事なら、出版社が分からなかったら困るから、分かる様にして来るわ!)


 そこでふと、この男が話しかけて来た理由として可能性が高いものが思い付いた。

 私はチョロそうに見えるのだそうだ。かつての友人の言葉を借りれば、カリスマ性などとは最も遠い、パッとしない様子なのだという。


 指示とかを無視しても、大した逆襲をされなくて済みそうな存在......。


 にわかにムカついて来た。

 人の貴重な安らぎの時間に乗り込んで来たのは、私の見てくれのせいなのかコラ。

そう思った所で、奴はこう言った。


『ここにある奴で、オススメのってあります?』


......自分の気になるジャンルが分からないオタクなど、いない。

そんな奴はオタクではない。


『さあ。では』

 私は本を棚に戻し、男に軽く手を挙げて挨拶の代わりとすると、別の列へ移動した。

 その後、結構な時間、その書店にいたが、男は付いて来なかったので、ゆったりと吟味する事が出来た。




 かつての経験から可能性を挙げてみると、宗教勧誘、ホモの詐欺師(『稼げるバイトがある』と言って接近して来る)、ネズミ講の勧誘などがあり得る。

 その場に紛れ込める様な様子の人間を差し向け、ダメ元で手当たり次第に声をかけて行くのだ。

 ひとまず、

『オタクショップに出入りする女性や少女をターゲットにしてナンパする手合い』

のうざったさは実感した。ありゃうぜぇと言えよう。


 どうせならネズミ講の時の様にスタイルのいいお姉さんだったら、喫茶店で話を聞く間、じっくり観察出来たのにな、という所だけが悔やまれる。

 ビジネストーク風に受け流しつつ、自己紹介などぼかして言えば問題ないし、最後に

『そういうのは結構です』

と言えば、帰れるからだ。無念。


 書き忘れていたが、何故詐欺師がホモだと分かったのかと言うと、私を通じての知人に二次被害が出たからである。これを読まれた方は、やたらとあなたを褒めちぎって来るジジイ(文字通りの意味だ)には気を許さない様にして欲しい。

 弁護士に相談した所、

『捕まっても大した罪にならないから、会うのをやめればいい』

と言われて終わった。

 詐欺師は後に別件で逮捕された。個人的に

『詐欺も死刑にすべきだろう』

と考える要因となった一件だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る