第十三話【リターン・ホーム】

 改めて見ると巨大だ、圧倒されるものがある。

 虚空に浮かぶ太陽を模した核融合炉、人工天体を覆う建造物。熱をエネルギーとして取り込み、民に還元するシステムを一から造り上げている。

 言わば後の千年に継承すべき遺産なのだ。


 それを。


「盾にするんですか……!」

 レイシアが言葉に怒気をはらませるのは珍しいものだとシャオは思った。

 それだけの理不尽でもあるし、仕方のないことかと納得もする。

 スフィアの警備隊が、守るべき肝心のスフィアを背後に、人質のように立ち回りながら攻撃してきたからだ。

「なんでスフィアの警備隊が撃ってくるんだ! 誰が乗ってるかなんてもう分かっているだろう!?」

 スフィアに寄港を連絡して小一時間またされた挙げ句の待遇。

 勧告もなしに銃撃するのは、異常だった。

「謂れのない罪っていうのも慣れているけど、そうじゃないよねこれは」

「ベルちゃんにシャルちゃんもや」

「また、わたくし! いい加減、説明する義務がありますわ!!」

「……ビームコートなら遠距離は無視できる。迎撃しますか」

 マルヴァージアはビームコートを巧みに使い、ミサイルや中性子粒子砲、プラズマを受け流していく。

 複層電磁力場をこうまで使える者は、あの怪人シャオとこの異形のインターステラーのパイロットぐらいのものだろうと、敵対するマリアは思う。

 手強い。

「お母さん、私です。テレサです! この攻撃を止めてください!!」

『お前を娘だと思ったことはないっ!』

 血の繋がった娘への返答は、殺意の荷電粒子であった。

 《ヴァジュラパーニ》の前では弾かれたとはいえ、テレサの精神に苦痛を与える。

「そんな……っ」

「それは私たちがアーキタイプと呼ばれる者だからかっ!?」

『知っているのなら話は早い』

 “白い太陽"のインターステラー《ガルダ》の猛禽のごとき急激な接近と、獰猛な太刀筋は《ヴァジュラパーニ》を防戦一方とする。

 カウンターを決めれる隙もなければ、友人の親という事実が攻撃する意欲を失わせる。

「他のインターステラーなら生け捕りにもできるけれど、“白い太陽"相手に手加減はできないですよ」

「そ、それって殺すってことか。そうなのか!?」

 拒絶されたとはいえ情を捨てきれないのは、一抹の希望があるからだ。

 もしかしたら、は消すことができない。

「…………防衛網を強引に無視してスフィア内に潜り込みますか?」

「私もそれが良いと思う」

「分かった」

 レイシアとゼシカ、マルヴァージアだけが冷静で、冷酷ではあったがテレサの母親マリアを害さない上で自分たちの土俵に持っていくのにはこれしかないと思った。

 《ガルダ》や警備隊のインターステラー《ガンダルヴァ》を跳ね除ける出力が彼女たちの乗る《ヴァジュラパーニ》には存在している。

 だが接近戦となると収束された電磁力場の強度によっては、ビームコート側が崩壊する恐れもある。四肢も巨大なために機動力も低い。

 推進力も、そもそもが重いためビームコートで加速するにしても初速がでない。

「ビームフォージで爆弾、ミサイルか何かを作って、ビームコートでそれを帆の風にして受け止めるってのは?」

 ビームフォージにしたって時間と電力を消費するのだが、2機分の機器と4機の動力がそれを可能とする。

「近寄ってきたガルダに対しても牽制できる、か」

「衝撃がひどそうだけど、それで行きますね」

 《ヴァジュラパーニ》の操縦席は《マカラ》を利用した部分で、挙動を制御しているので一番上手いレイシア&シャオが担当し、《インドラジット》で特殊兵装の管理をマルヴァージアが行っていた。

 当然ながら他の4人は座る席というのはないので、無理やりにでも席に括り付けているのである。二人乗りではなく三人乗り。火器管制と索敵が割り振られた。

「ビームネイルを使える分はありまして?」

 両腕の掌に相当する部分に備え付けられた発生器からのプラズマで、敵機を振り払うことも作用反作用で推進力に、更にはビームコートの種火にもなれる。

「充分にあるで~」

「なら派手にやろう!」

 殺す必要がないなら、戸惑う必要もないのがテレサだった。親が子を殺す行為に関しては躊躇いは微塵もなかった。


(上手い、あの子たち……!)

 こちらがスフィアを背後にして動いているのは、スフィアを守るためでもあるが、流れ弾で建造物を崩壊させる危険性があるからと彼女たちに遠距離攻撃を自制させる目的もあった。

 つまりスフィアに危害を与えられないのが、両者共に縛りなのである。

 マルヴァージアがいるという情報は、敵に《インドラジット》がいるということでもある。怪人シャオの《ヴァースディーヴァ》はまた違った万能性、万能であることに特化した機体であったが、マルヴァージアの戦闘センスはそれに匹敵する。この土壇場で攻撃を捌きながら柔軟に行動できるのは、並大抵のことではない。

 命のやり取りをしているのだから。

 そう思っていた。

(テレサの腕じゃないのが残念ね)

 娘が自分の人生を超えた結果を残すのならば、それは喜ばしいこと。

 継承でもある。

「だがっ!」

 《ガルダ》はマリア・マーレッドの通り名“白い太陽"そのもので、宇宙には目立つ純白のインターステラーであった。同系統の機体の中では接近戦に注力しているが、それにしたって行き過ぎたものではない。

 追加装甲のフラッシュ・サイトと呼ばれる特殊兵装が、彼女を無敗に変える。

 光源の蒸発現象。

 暗い夜道で車のハイ・ビーム、強い光に当たると視界が真っ白になる現象。

 それを利用している。


「センサーが!」

(“白い太陽"のフラッシュ・サイトだ!)

 強烈な太陽風でも浴びたように機体のセンサー類はモニターも赤外線も、全てがダウンした。外部に干渉するものは全てだ。

 目視界もまた、白い光景へと変貌。

 エレクトロマグネティック・パルス。EMP。そう呼ばれる電磁パルス攻撃は宇宙環境で移動するインターステラーにとっては防御は完全なもので、操作には何の支障もない。所詮は強烈な目眩ましにしか過ぎないということ。

 だが視界がないというのは致命的だ。

「っあ!?」

 猛禽、金翅鳥ガルダはその隙を逃さない。自身も見えているのは原始的な目視界のみであるというのに、怒涛の攻撃を繰り広げる。

「ビームコートは全身に!」

 何重にもまかれたビームコートも、直接浴びせられるビームブレイドの高出力の前では破られる。

 結局は曲芸でしかない。

 

 だが、時間稼ぎににはなるのだ。


「シャオ君、こういう時どうしたの!?」

(そんなの簡単じゃねえか。突撃すれば良いんだろうが――――)

 レイシアの手が操縦桿を目一杯に押す。

 機体の前面にはスフィアの寄港地を捉えていたのだから、傾いていたりしなければ真正面に直進すれば辿り着く。そのはずだ。

(このインターステラーは防御力が高いっ! これで傷付かないのか!!)

 マリアは心の中で舌打ちした。

 《ガルダ》の猛攻を無視して、移動に専念できるのはそれができる機体のポテンシャルがあるからだ。本来ならば先に《ガルダ》を倒さなければならず、自滅する。

「無視して進めぇ!!」

 三人乗りした体が折り重なるのではないかと錯覚するほどのスピードの前にテレサは自棄になったような声を上げて、叫ぶ。

「内蔵が押しつぶされそうやな……っ」

「カメラ機器は完全に死んでますから、もうスフィアに突入するしか方法はありませんわよ!」

「スフィアの中なら警備隊は攻撃できないっ!」

「レイシア、寄港区画に止まらないでスフィアの空まで出るべきだ」

「分かったよベルちゃん」

「器物損壊とかは、全部シャルロットが責任もつってさ」

「わたくしの父に擦り付けてやりますわ!!」

「よし、行きます!!」


 何日ぶりか。

 月の裏の街に着くまでは意外と早かったが、インターステラーの改造にもそれなりに時間がかかった。

 太陽の運行による時間の感覚なんて、もうない。


 故郷の全てが人工で。

 アーキタイプの実験体として育てられた彼女達にとっては全てが嘘で。

 それでも故郷なのだ。

 

 レイシアにとっては2日に満たない時間であっても、ゴール地点と設定した場所に帰って来れることは安心できるものだった。

 この先、シャルロットの安全を守るために動くだろうし、マルヴァージアの裁判なども行われる。ゴート教団の関与もあるだろう。何一つとして元通りになることはないけれど。


 それでも、この瞬間だけは達成感に浸りたかった――――


(学校に通って……友達が、できたか?)

(うん。できたよ――背中を支え合える、命を賭け合える友達が)

 歓喜から、6人は互いに全員を抱きしめあった。

 《ヴァジュラパーニ》は空から重力にしたがって、ゆっくりと下降する……

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少女のインターステラー ここのえ @coconoe03

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