第十二話【スピットファイア(下)】
《インドラジット》と2機の《ジャガンナート》、《マカラ》を改造した、《ヴァジュラパーニ》。それは機動兵器と呼ぶのには均整がなく、不格好そのものであると言えた。
だが、少女たちには特別であれる。
左右対称であるが人型として見れば手足は肥大化しているし、やはり4機分まとめたが故の歪みというのは顕在化する。
(使えればいいだろうが)
シャオは機体に幻想をもたず、実用性のみを優先する。それはインターステラーを消耗品として使うがためだ。
彼女たちは違った。記念日とかと同じように、思い出として造り上げた。
「うーん、どうかな」
「そもそもこれはちゃんと動くか?」
「試し乗りしてみたいなあ」
「そんな時間ありまして? 軌道ステーション内で戦闘になるかもしれませんわよ」
「不具合があるならビームフォージで生成した素材を使えばいいと思います」
「私も同意します。ビームフォージの材料は単独の宇宙探査機にも転用されているもので、実証されていますから」
「なら移動しながらでもいけるか。テレサ、点検できる?」
「私を誰だと思っているんだ。スフィアのテストパイロット“白い太陽"の娘だぞ」
“白い太陽"とは、シャオが戦った中でも最大の敵の一人であった。
(――なんだと!?)
「そうなんですか!?」
仮にだが、調子を整えた大型のインターステラー《ヴァジュラパーニ》は、その巨体を空に持ち上げた。
その手は肥大化したように見えるが、インターステラーの四肢に当たる部分を腕に変え、掌を胴体に相当する部分に置き換えているからだ。これでは人の指がないが、それはビームフォージを使用し、プラズマ噴出器として新しく造った。これはビームコートで偏向できるので意味はないが拳の形も再現出来る。
脚も同じく、地面に接触するところが胴体なのだ。腕部と違って足は爪で慣性移動を防ぐアンカーの役割もするので大体的に作り変えている。
そして宇宙漂流生活において最重要なのが、大不評であったコックピット、居住区の狭さである。
素体となった《インドラジット》が元々操縦席と空間が大きいく、2機分を繋げたのでかなり広くなってはいる。が、それでも6人分となると各自が体に触れない程度のスペースしかないのが現状だ。
だが、今のところ念頭に置かれた問題は解決している風をみせた。
「色が不揃いなのが、心残りやな」
「あー!」
「ビームコートで光の屈折率を変えますか」
「それは流石にもったいない使い方じゃないか。私もまあ、気にならないとは言わないが」
「確かに、わたくしの凱旋には似つかわないですわね」
「調子にのるなよシャルロット!」
「やりますのねテレサ・マーレッド!!」
(よくもまあ、飽きないものだ)
(でも分かる気がするな、私)
(そうか?)
(そうだよ)
「……各部異常なし。素人造りにしては順調ですね」
皆が自分の好きなように喋り、動いているのは寮の延長線上のようにレイシアには映った。これが学生なのか。人との付き合いなのか。
「シャルロット・リネージュをスフィアに入れるなと、仰るのですか」
「そうだ。優秀なパイロットである“白い太陽"に、だからこそ言っていることだというのは覚えていてくれ」
スフィアというのは一企業の巨大な実験施設であるが、その中で研究者たちの子供を恒常的な人類の性質を保存するアーキタイプ計画が誕生した。
人工知能、AIは無駄がない。それでは人間とはいえない。
人を不老不死化するのはテロメア等の遺伝子が影響しているが、技術的問題はすでにクリアしていた。しかし人の精神というのは摩耗する。心は容易く折れるし、常に同じテンションでいられはしない。
アーキタイプとは不老不死になった人間の精神活動の変遷を記録し、適切な投薬を自動的に行うことによってコントロールするものである。
「理由をお聞かせしていただいても?」
「それはできない…………すまない」
「分かりました。ちなみに対象はシャルロット・リネージュだけで?」
「外の環境に接触することによる思想汚染の悪影響はアーキタイプ、実験体には致命的であると考えている」
「彼女達と一緒に、私の娘も同行している可能性があります」
「情報源はゴート教団か? 好ましくないな。君も同意した通り、彼女たちはモルモットにすぎない。動物に情がでも湧いたか」
「決定事項のようですね」
「そうだ」
「了解しました」
美しい金髪の妙齢の女性、30を超えてもなお輝かんばかりの端正な容姿も、社会という曖昧なものの強権の前では萎れて見えた。
“白い太陽"の武名も、虚しい。
しかし仕事人であるマリア・マーレッドは迷わない。
殺すべきならば、殺すしかあるまい。心が揺らごうとも体は冷酷に処理する。
「“白い太陽"と呼ばれた私を超えなければ、アーキタイプの理念も無駄に終わる」
所長室から退出したマリアの目は、鋭く光っていた。
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