第十一話【スピットファイア(中)】

「奴らはここで撃ち落とすつもりだ!」

 リカルドの驚きの声は、芝居ながらも堂々とした演技。

 《ジャガンナート》はツィオルコフスキー街上空で、《インドラジット》の追撃に見舞われた。機体性能はあきらかに相手側の方が遥か格上。逃げることなど出来ないだろう。

『ハースティナを浮上させています。耐えてくださいよ!』

「交渉が駄目になった時点で銃撃戦に持ち込めなかった私の不手際だな!」

 一方でカシムはいまいち真剣になれずにいた。レコーダーに残る記録を都合の良いように改竄するためとはいえ、無意味で非効率的であろうと思わなくもない。

『これが、この容赦のなさがインドラジット!!』

 名前に違わぬ鬼神の如く、ビームコートで多椀を形成した《インドラジット》はその伸びる電磁力場で縦横無尽に戦場の兵器を狩り尽くしていく。命を守る必要がないときのマルヴァージアは、ただ自分の意思を愛機に現すだけで敵は消滅する。

 《ジャガンナート》のユーリ機が爆散。緊急脱出装置が宇宙に放り出される。

『リカルド! ユーリがやられたって!!』

 ルーナはリカルドの見立てでは大根演技と、想定していたが本当にインターステラーが破壊されたのを目の当たりにして動転することになった。

 ビームライフルの銃口から放たれる何条もの光が、《インドラジット》へと向けられるが効果はなかった。ビームコートの触手は容易く弾いていく。

『落ち着いてルーナ!』

 呼びかけたセリカもまた《インドラジット》の顎に噛み砕かれる。

 女神を模した鋼鉄は、鬼子母神のように相を反転させて、殺戮を繰り広げるのだ。

『カシムは船体から回収用ドローンを射出して脱出装置の確保に動け!! ルーナはセリカの脱出装置を守れ!! 私はこのインドラジットを相手取る!!』

 一度、本気になったマルヴァージアの残酷さは台本の上ともいえ、“嵐の牙"部隊の全員を震撼させた。強すぎる。

 程々に戦うという口裏合わせも、もはや意味を成さない。リカルドは本気で戦うことを決意した。

「切り捨てる――――!!」

『弱いっ!!』

 気迫とともに撃ち込まれたビームブレイドの生み出すプラズマの嵐は、女神の身に纏うビームコートによって受け止められた。

 機体の性能ではない。選択肢の多い中から最適な行動ができるパイロットの腕の差というのを体感することになった。

 《ジャガンナート》は反撃する隙もなく、いたずらに傷を増やしていく。傷が生まれる度に操縦席は揺れ、パイロットの体力も摩耗する。

「カシム、まだか――――――!!」

『回収は後はルーナの機体だけだ。後30秒!』

「分かった、こちらも撤退する!」

 《ジャガンナート》が《インドラジット》との距離を空けたのを機に、マルヴァージアもビームコートを解除した。

 ただ、彼らが去っていくのを見つめる。

 この後は本隊が来るのか、それとも脱走状態を黙認されるのかはマルヴァージアには分からない。だが、信者に対して面目を保つために、申し訳程度には追っ手を放つだろうとは推測できた。


「高貴なわたくしには似つかわない狭さですわ!」

「インドラジットは戦闘するんやもん、仕方あらへんで」

「回収は手早く済ませるんだぞ、ゼシカ!」

「おーけーおーけー」

 《マカラ》にはスフィアから来た5人がすし詰め状態になっていた。3人入るだけで限界なのだから、呼吸さえ厳しい体勢にならざるを得ない。

 視認性を高めるオレンジ色に塗装された装甲の上に、操縦者がいない《ジャガンナート》の残骸が2機積まれている。

「状態も良いし、わざわざビームフォージは別に置いておく必要もなかったな」

「ベルちゃんは戦いながらも余裕がありましたから」

(ありゃ、“黒染め"や“白い太陽"、“青の奏者"に匹敵するな)

 シャオの挙げた二つ名をもつパイロットは、人々の間に特徴を覚えられるほど強力そのものであった。中にはシャオと競った者もいたが、二百年の努力家がシャオならば彼らは天才、突然変異の類。

 マルヴァージアもまた、化物の仲間であると認められた。

「これで良い機体ができると、嬉しいんだけどな」

「ヴァジュラパーニですか」

「そうそう。合体式インターステラー」

 宙間機動兵器インターステラーはフレーム・ユニットと呼ばれる特殊な部分的構造に分解できる。緊急脱出装置というのも実はコックピットブロックそのものなのだ。

 接続部分さえどうにかなれば無限に拡張ができる。ビームフォージによって製造される自己組織化されたダスト・プラズマならその部分をこそ代用可能。

「ただ操縦席は一つ?」

「マカラを使えば二つ分できるで」

「マカラのパーツと、2機のジャガンナートのパーツ、それにインドラジットで丁度4機分。配置さえ上手くいけば人型のインターステラーになれるのか」


 ゼシカが筆頭になって設計するのは《ヴァジュラパーニ》。

 一般的なインターステラーの約2倍の高さをもつ要塞級インターステラーに類似する大型。

 ツィオルコフスキー街の軌道ステーションの整備ドッグで、突貫工事である。治安が悪いことから、シャオの乗る予定である《マカラ》は一番最後に改造する。

 これでスフィアに帰る。場合によっては何らかのトラブルもあるだろうが、それを打ち砕くための過剰兵器こそ《ヴァジュラパーニ》であるのだ。

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