第十話【スピットファイア(上)】

 その星に暮らす者はすべからく炎を宿していた。

 プロメテウスの火。情熱の灯りを。


 宇宙漂流生活二日目。ゴート教団の追っ手と戦う。

 宇宙漂流生活三日目。ツィオルコフスキー街に到着。


「ようやく機体から降りれますのね」

「一日三食レーション生活も、これで終わりだな。思っていたよりも短く済んだけどな」

「それも今後の状況しだいだけどね。もしかしたら監禁されたり」

「うわ~緊張してまうねんけど……」

 《インドラジット》などの高級インターステラーは、無法地帯同然の軌道ステーションでは目立つので、“嵐の牙"の好意からプラスタ級宇宙戦艦ハースティナに格納していた。

 交渉の席を設けるために、選んだ場所というのは。

「なぜ、娼館なのですか?」

 ユーリ少年は時々、壁から洩れて来る女性の嬌声に顔を赤らめていた。

「気になるん?」

「当然でしょう!? むしろ何故、皆は平気な顔をしているのですか!!」

「まったく同感だな。どういうつもりなんだ!」

 娼館ということで反応は各々違いがあった。

 テレサとユーリは照れ、ゼシカとシャルロットは興味津々という様子。

 意外にもゴート教団の男性陣はユーリを除き、まったく無反応だった。

「女体はリスペクトの対象であって、性的なものには思えないしなー」

「私は慣れているので」

「僕は肉細工に興味など無いので、お構いなく」

 殺し合っていた相手が、理由がなくなった瞬間に互いに和気藹々となるのは、彼らが心情的にドライな気質というのもあったが、そもそも社会という規則への想像力をもたない子供の年齢というのもあった。

 知らない人の死を、思うことはできない。


「3年前には、“柊の揺らぎ亭"の女主人になっていた、エスメラルダ氏……? という方を探しているのですが」

 シャオの意思はすでに休息についたので、レイシアが表に出ていた。

「母は亡くなりました。でも会おうとしてくださって、ありがたいこと」

 そう言ったのはシャオの知己であった高級娼婦エスメラルダの、娘。誰が父親か分からない中で女手で育て上げられた子供だ。

 高級娼婦、彼女の母親も元は貴族なのだろう。気品のある立ち振舞いに、環境から学んだ人を狂わす蠱惑的な仕草が混ざる。

 香水の匂いが鼻孔を刺激する。

「防音の個室をお借りしたいのです」

「……それなら、私の使っている部屋が空いていますわぁ。ご案内します? 仕事道具をお貸しするのでご料金はいただきますけど」

「ありがとうございます。……えっと」

「エステル。エステル・ジオールですわ。レイシアお姉様」

「お姉様?」

「私の父親はタイラン・フィリスであると聞き及んでいますから」

「う、嘘!?」

「さすがに瞑想術は教えてくれませんでしたけど、気功術は知っていますのよ」

 一族秘伝の肉体操作術を一介の女性、子供に教えるとは思えなかったので血縁関係は確かにあるのだろう。そもそもツィオルコフスキー街で高級娼婦が日常的に利用される機会が少ないはずだ。足が付くのを嫌がった社会的立場のある人物が立ち寄る程度で。

 だがタイランは隠し子がいたという事実をレイシアに語りはしなかった。

「…………それで、その部屋はどこに」

「あらぁ、ごめんなさい。二階に降りて階段右手の大きな扉がある所ですわ、マルヴァージア様」

「私は先に行くから、積もる話があるのならどうぞ」

「ご、ごめんねベルちゃん」

「レイシアとシャオは私達の問題の渦中にいないから、大丈夫」

 そう言ってマルヴァージアは“柊の揺らぎ亭"の控え室から歩いていった。ただ移動するだけで絵になる神々しさだが、今はそれに惚けている場合ではない。

(シャオ君は知ってたの!?)

(当然、奴がタイランの子ではないということを知ってるさ)

(は?)

(エスメラルダと関係をもったのは事実だが、気功術を教えたのは単に娘か、それともこの家族に情が湧いたってだけの話さ)

(それならそれで、気功術の扱いが軽くない?)

(俺も許可した。色々あったからな)

 シャオは気難しそうに唸った。本当に様々な事情があったのだと推測されるが、隠し事をされたこちらはそれどころではない。親の不倫、男女の関係というデリケートな部分に怒りを覚える。

「どうかなさいましたぁ……?」

 齢14に見えない体で、すでに客を取っているというエステル。

 宇宙の暮らしで必須のアンダースーツを肩から大胆にはだけた、その寄せた胸元はゼシカのような健康的な形ではなく、肉感的で人を誘惑するのに適したものだ。

 ウェーブをかけた髪が胸元の汗と絡みしっとりと張り付くのも、それを助長させていた。肌も、丹念に山羊の乳で手入れされた美白。

 アレンジされたアンダースーツも効果的に使い、全身が男性を惑わす色香を生み出している。

 魔女。そうシャオは直感した。エスメラルダは教養と話術で人を楽しませる女性だったがこの娘は真逆。

「…………でぃ、DNA鑑定でもする……?」

「あら、まあ」


「どうすんのさ」

「私たちはベルも連れてスフィアに帰りたい。シャルロットも殺させない」

「我々はマルヴァージア様を連れて行きたい。シャルロット・リネージュに関しては今回は見逃してもいい」

「ちょっとぉ、私はマルヴァージア様のお好きなようにすればいいと思っているんだけど!」

「私たちの最優先は決まってんだろ」

「だよねぇ? ルーナと私は彼女たちに賛成!」

「駄目だ」

「私個人はスフィアの人と同意見ですが、任務は遂行しなければなりません」

 ゴート教団もリカルド派とセリカ派で分裂していた。ただカシムだけが拘りを見せなかった。

「ならゴート教団自体を辞めてもいいんやない?」

「再就職して刺客に狙われ続ける生活か、現実的じゃないな」

「んー、じゃあ撃墜されたってことにしてスフィアに隠れるとかどう?」

「それだ! スフィアはゴート教団の影響力もない所だし割といけると思うんだ」

「なら私の父にどうか掛け合ってみる。テストパイロットの募集とかないか」

「決まるまでは、わたくしが養ってあげてもよろしくてよ!!」

「おー金持ちやるぅ」

「逆ハーレムっていうやつやな!」

「…………マルヴァージア様はどうお思いなのですか」

 ユーリが敬々しく、隣席しているマルヴァージアに声をかける。

 耳が赤いのは彼が個人的に慕情を抱いているからに他ならない。

「私の意思は決まっている」

「分かりました。それでは私とリカルドは……」

「僕も戻りますよ」

「それでは私とリカルド、カシムは戦艦アマラーヴァティーに戻ります」

「待て待て待て! 私たちも“嵐の牙"なんだから一緒だよ!」

「セリカに同じく。勝手に決めるなし」

「お前達……」

「じゃあ、君達が戻ってもいいように何か考えなければならないんじゃないか?」

「ジャガンナートのレコーダーを誤魔化すためにも、交渉は決裂したようなことは喋らなければならないでしょう」

 ということで考えられたのが、以下の手順だ。

 交渉失敗→戦闘再開→《ジャガンナート》の撃墜、パイロットの脱出装置を別の機体が回収して撤退のプロセスである。

「あ、ごめん。ちょっとやりたい事見つけた」

 纏まった頃に発言をしたのはゼシカだった。

「やりたい事とは?」

「せっかくジャガンナートの部品が手に入るんだから魔改造したいかなって」

「あー、マカラも腕取られてもうたからなあ」

「それは構わないが、我々の戦艦は貸せないぞ」

「スフィアになら整備用ドッグがありますわ。そこまで牽引していきます?」

「ジャガンナートのビームフォージって応急手当みたいな物でしょ。だからそれもちょうだい」

「分かった。撃墜される役のユーリのビームフォージ・ユニットは事前に切り離しておく」

「さんきゅ」


「エステルちゃんはどうする?」

「私はここで、誰かに身請けされる日を待ちますわ」

「そう、なんだ」

「戸籍上のものですが、姉妹として見送りぐらいはさせてくださいな」

「ありがとう。私たちが家族になれる日が来るといいね」

「……ええ」


 宇宙の暗い天蓋を、複数のスラスター光が照らし始めるときがやって来る。

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