第九話【生贄の社で(下)】
私は、スフィアか――人類圏統合管理局に行かなければならない。
そう思い詰め始めたのは何時の頃からだろう。
自分の罪を償うのだ、と。
たとえ仮初めの最高指導者であっても。
たとえお飾りの操り人形であっても。
私がゴート教団という組織を先導した立場というものがある。
「別にさ、ベルの罪じゃなくない?」
そう言ってくれる友達――たった数十時間の間柄――もいた。
人を殺し、奪い、虐げる。ゴート教団の行いを黙認していたのが私だ。
最初はただ宇宙で身寄りのない孤児や人に、何かできることはないかと。心の拠り所になれればと、地球の古代宗教から紡ぎ上げたのがゴート教団だったというのに。いつしかその形を変えてしまった。
暗躍する殺人組織へと。
私はそれに気付かないように目を背けて。
他の誰でもない自分が自分のことを許せない。
友達になってくれた人たちにも迷惑をかけたし、それよりもっと多い人々に謝っても取り戻せない業。ならばせめて司法の手で裁かれるのが社会への礼儀であろう。
「だから、私の邪魔はしてくれるなっ!」
『私は貴方に頭を垂れる者です。血迷った行為は正すのが忠義というもの』
《ジャガンナート》のビーム・ブレイドが、《インドラジット》の四肢を執拗に狙い続けるのは、捕獲が目的だと自白しているということだ。
ビームライフルと単純に名付けられている中性子粒子砲も、牽制にしか用いないようだ。といってもマルヴァージアが避ける技量をもつ前提であり、避けることができなければ装甲を貫いて焼死するのだが。
「インドラジットに、私相手に、手を抜く余裕があるとは嘲笑わせてくれる」
ビームコートはまるで触手のように蠢き、《ジャガンナート》を縛り上げる。磁場の腕はそのまま荷電粒子を纏い、逆に敵機を溶断し尽くすのであった。
「ベルちゃんは強い!」
「このまま、コックピットだけを引きずり出せれば……!」
「降伏しなさい、リカルド・メイズ!」
『いいや、私こそマルヴァージア様にそう願いたいな』
溶断されることで、ビームコートの拘束から逃れた《ジャガンナート》はすぐにその手足を復元することに成功した。根本から切断された腕と脚。それを一気に再構築するのは不可能のようにマルヴァージアは考えていた。
それが前提だった。
「なんあれ!?」
「ビームフォージに可能な質量ではない……!!」
『では大人しくしてもらおうか、大御巫様は』
虚をつくことで攻撃のチャンスをつくった、リカルドはビームコート基部を破壊する意思を示した。《インドラジット》の機能はそれが失われれば、高性能インターステラーと何ら変わらない。パイロットがリカルド本人より優れていても《ジャガンナート》ならば勝ち目をつくれる。
ベル達の乗った《インドラジット》に向かうプラズマの閃光は、死神の鎌として脳裏に描かれた。
「ずっ!!」
慣性、Gの勢いと、空間に散布されたプラズマの粒子が装甲にぶつかる衝撃はコックピットを揺らしながら止むことがない。
「マルヴァージアはともかく、この機体にミサイルを使わないとは」
『好んで人殺しをしているわけではない!』
「教義のために、してんだろうがよ。大いなる犠牲のために、だろ!?」
ゴート教団。ゴートとは生贄を意味する。その教えとは宇宙移民運動によって貧困層は宇宙線による防御も脆弱な不完全極まりないコロニーへの移住を余儀なくされた。
大いなる犠牲、生命を散らしていった先人達へ恥じることのないような未来を築くために戦え。育む子供達が辱めを受けないような未来を手に入れるために戦え。
そのために我々は礎として、犠牲になろう。
『マルヴァージア様は尊い教えをお説かれになったのだ! 大司祭がいなければ悪用されることもなかった……』
「その利用された自分達を享受してきたのがお前たちだ!」
《マカラ》のビームブレイドが巧みな動きによって、性能で勝る《ジャガンナート》を徐々に追い詰めていく。機体の能力ではなく動かし方に関してはシャオの方が一日の長。
(――――斬られ、てたまるものか!)
体勢を崩された《ジャガンナート》が装甲表面に付着されたビームフォージによって生成されたチョバムアーマー、増加装甲を爆破することで、シャオにとっては、姿勢制御用のアポジモーターや推進機とは違った角度からの予想外な加速になる。
しかし、シャオも名うての操縦者。グリップに握ったプラズマ発生器をわずかに傾けることで相手のプラズマと衝突し軌道が逸れる。
結果的に痛み分けになった。
《マカラ》は胸部装甲は浅くとも左腕は切断され、《ジャガンナート》はビームブレイドを握っていた右腕を失った。
(完全な初見殺しを、初見で対応するのが怪人シャオ!)
ビームフォージに必要な内蔵装置をリカルドの機体に譲渡している以上、ユーリの機体は修復を行うことはできない。
チョバムアーマーも万が一の保険であったのに失敗に終わる。
時間稼ぎでいいのに焦ったのが敗因であると、二人とも知っている。
(次は流石に無理だな……)
シャオも数合、鍔迫り合いをすれば彼の技術に慣れ、対応した敵ならばもう《マカラ》では勝てないということに気付いていた。
(シャオ君のインターステラー《ヴァースディーヴァ》がここにあれば……)
『両者共、戦闘行為をやめなさい!!』
その音声情報がベルとリカルド、シャオとユーリに届いたのはほんの僅かとはいえ感覚が摩耗する極限の集中状態が切れかかった時であった。
その言葉が遅ければ《インドラジット》の頭部センサーが融解し、機能消失するだけに飽き足らず、そのまま背部ビームコート・ユニットまでを両断されるところだった。
『まさかマルヴァージア様に刃を向けるなんて!』
『ユーリも、その訓練機も何をしているんです』
『まさかカシムにセリカ!? 母艦の見張りは誰がしているんですか!』
『ちょっとだけルーナに任せてもらっています』
『そこは問題じゃなーい!!』
『私、セリカ・フォン・ディートリッヒはとにかく怒ってます!』
《マカラ》のモニターに映った人物像は、アンダースーツの腰からスカートを履いた華奢な女性――のように見える男の娘だった。
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