第八話【生贄の社で(中)】

 ツィオルコフスキー街の上空にある寄港地、軌道ステーションはこれが公共設備かと嘆かせるほどの荒廃ぶりを見せていた。

『接舷するの無理じゃねー?』

「カシム、月面に不時着してくれ」

『政府にすでに連絡しているというのなら、そうしますよ』

『ゴート教団の影響力なら事後でもいいんじゃん。急ごうよ!』

「ジャガンナート部隊は着艦を確認後、俺とユーリで行く」

『二人だけで平気?』

「セリカさんは船を守ってください」

『ユーリの朴念仁! 私もそっちに加わりたいって言ってるんだけど!?』

「ぼ、朴念仁……」

 当然ながら《インドラジット》や、訓練機とはいえ彼らを煙に巻いた存在の操る機動兵器がいると考えれば、たった2機だけで挑むのは危険だが。

 リカルドとユーリは他の“嵐の牙"のようにマルヴァージア個人を慕っている訳ではない。大御巫を連れて帰る、強制的にでもだ。そういう任務を負っている。

「許可できないな」

 セリカは状況によっては彼女も敵になる想定をしなければならないのが、リカルドの立場である。

「リカルド隊長……」

「他のメンバーには済まないと思うが、仕方ない」

「カシムは分かってくれるでしょう。ただ女性陣は難しいですね。特にセリカは感情的な人ですから」

「殴られることぐらいは、ありえるだろうな」

『発進準備完了。タイミングはパイロット側に譲渡』

「リカルド・メイズはジャガンナートで出る!」

「ユーリ・グランレイク、出撃します」

 射出された《ジャガンナート》は、月面を滑るようにツィオルコフスキー街を目指す。


 《インドラジット》にベルとシャルロット、リリア。

 《マカラ》にレイシア&シャオ、ゼシカ、テレサ。

 それが現在の編成だった。

『インドラジットの居住可能スペースは、わたくしに相応しい造りのようでしてよ』

『シャルちゃんの物やないで~』

『そうですよ。私の物ですから恥を知りなさい』

『手厳しいですわね……!?』

 通信からは姦しい声が聴こえてくるのだが、一方の《マカラ》にはそのような余裕はなかった。6人で乗った時は、すでに互いに密着状態を超えてもう視界もなかったレベルだったが、3人でも狭いというか肉体的接触を避けるスペースが生まれない程度には厳しい。

(動かせる分はあるだけマシか)

 そうは言っても年頃の少女の脚部がシャオの肩や太腿に載っかていると、邪魔でもあるし内心ざわめくものがある。

「て、手を動かないでくれるか、シャオ!」

「操縦桿は動かさなければ意味がないものだが……?」

「くそっ、お尻が載っかっているんだって分かっているだろ!!」

(そういう機微をシャオ君は何故わからないのだー!!)

 テレサは高身長なのが災いして、《マカラ》では非常に窮屈そうに身を屈めていたが、シャオの左腕に座っている。ここが月の低重力帯でなければシャオの方こそ文句を言うべきところだ。

「どうしようもないし、私はもう諦めた。テレサも諦めたまえ」

 ゼシカはというと、シャオの右腕をお腹に包め、肩に胸を載せる形で完全に体重をかけていた。特に胸元が空いているので汗ばんだ感覚が伝わる。

 これは集中できない。アンダースーツの拘束すら嫌うシャオにとっては、邪魔にしかならない。

「インドラジット!」

『何か』

「センサーを見ろ」

『……? 高速で移動する熱源が、2つありますね』

「確認できるか? こちらの広域高感度センサーはデブリに混ざったときに損傷している」

『少し待ってください………………』

 直感はすぐに戦闘態勢を整えろと告げている。

 《インドラジット》の拡大したモニターに映っていたのは、《ラークシャサ》の意匠を残しつつも、まるでアステカの神々のような原始的神性を象ったかの如き異様。緑色のインターステラー。

『……見覚えがあります。ゴート教団のジャガンナート!』

「“翡翠の使者"!」

「どういうインターステラー?」

「三度、“翡翠の使者"と名乗る部隊を戦ったことがある。面倒な装備がある」

『ビーム・フォージ。一時的な再生機構です』

「俺の時はミサイルを大量に使っていたな」

「ミサイルだって!?」

「うわあ、私らは的か」

『でも、それなら接近する必要ないやん? となると』

『一方的な戦いにはならないように持ち込めれば、任務内容では交渉することもできるのではありませんこと? わたくしも、ベルもいるのですから』

「ビーム・フォージは高速生成はできない。そこに攻め入る隙がある。ミサイルを使わないならマカラでも撃ち落とせる」

『なら、インターステラーには記録装置があるから降ろさへんとあかんで』

『コックピット以外を破壊するのならビームコートは有効です』

 ビームコートは電磁力場を操作するもの。発想の仕方によっては縦横無尽の活躍ができる。しかしその操作はリアルタイムでしなければならないので、相手と戦いながら別のことにも頭を働かせる必要があるという、難易度は高い特殊兵装だ。

 故に軍隊の正式装備には採用されず、量より質を求めるゴート教団のような少数組織が手に入れたわけだが。マルヴァージア以外に満足のいく操作を可能としたものはいなかった。

「電磁力場で拘束するのか。なら囮役は俺がやる」

 接近するために両者とも機体を移動熱源体に向かわせる。

 もう、気付くだろう。

『プラズマ砲撃を確認しましたわ!』

 加速された荷電粒子の束はビームコートの力場によって、偏向された莫大な熱量も拡散し霧散する。

『ビームコートは攻撃も防げるんやなあ』

『マカラは弱い機体ですから、深追いはしないように、冷静に』

「分かっている。この俺の邪魔にならないように掴まっておけよ」

「本来なら一人乗りのコックピットだぞ!? シャオの体以外に掴まるところなんてないじゃないか!」

「割り切れテレサ。もう戦闘は始まってるんだから」

「もうやだ――――!!」

 シャオは心底うんざりした気分で甲高い声を素通りさせた。

 頭を包むテレサの両腕を胸の感覚は、そう悪いものでもなかったのだが。


 プラズマ・ビームブレイドの細かく調整された奔流はわずかに月の荒涼とした大地を染め上げた。

 命をかけた戦いが、また始まる。

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