第七話【生贄の社で(上)】

 ローカ級宇宙戦艦アマラーヴァティー。インド神話における神々の王にして、雷を握る闘神インドラが治める天界の名を冠している。

 ローカ級は軍隊をもつ人類圏統合管理局にとっても将官クラスの旗艦となる規模。それを私有するというのがゴート教団の常識では測れない規格外さの証明だった。

「マルヴァージアは行方不明になったと」

「インドラジットのビームコートにあのような使い方があったとは知らず、みすみす彼女を失うことになってしまいました」

「構わん。記憶のクローンも問題なく育ちつつある今、マルヴァージア個人に執着する必要もさしてない。そう、人材としては大したことはないが、下の者に説明するのはお前の役目だなぁ?」

 大司教チェルノボーグの下品な笑いが不揃いな歯を垣間見えさせた。

 俗物。司祭オーマは彼をそう見ていた。

「納得がいかない者もいるでしょう。私の権限で対処しても?」

「多少の犠牲も許す」

「では部下が自ら志願した場合には、捜索隊を組織して彼らの自由にさせます」

「マルヴァージア個人を慕う熱心な信者はもしかしたら帰ってはこないだろうが、我々の寛容さを見せなければ組織は付いてこないからな……」


「マルヴァージア様の捜索に、我々も加えて下さい!」

 そう熱意をもって話すのが司祭オーマが手塩にかけて育てた虎の子の“嵐の牙"部隊だったというのは意外だった。私兵を失うのはオーマ自身にとっての損害だ。

「お前はゴート教団の方を優先してはくれないのか」

「私と私の部下“嵐の牙"はゴート教団とマルヴァージア様の両方に忠誠を誓っております。必ずやマルヴァージア様を見つけ出し、ここへ帰って来ます」

 礼節と謙虚さが形になったような美青年リカルド・メイズの気質を、司祭オーマは愛していた。本心を言わなくとも振る舞いから、望むことを汲み取る察しの良さと行動力の高さは貴重であるし、何より実績があった。

 “嵐の牙"は人類圏統合管理局の機動部隊相手に一歩も引かないで応戦できる。

「認めてくださらなければ、強硬手段に出ざるを得ません。どうか」

「意思は堅いのだな」

「はい」

「汝リカルド・メイズ以下“嵐の牙"に大御巫ベル・マルヴァージア様の捜索任務にあたってもらう!」

「大いなる犠牲のために!」


「と、言ったものの」

 “嵐の牙"はオートメーション化されたプラスタ級戦艦一隻にパイロット4名、操舵手1名という戦艦を操るのには極めて少数。

「5人で宇宙を隈なく探すのは無理ではないでしょうか」

 大人しくまだ少年という年頃のユーリ・グランレイクはリカルドにとって相棒に近い存在だった。彼は静かで健気だが、時に思い切りのよさを発揮する。

「そうだな。だが行き場所はそう遠くはないはずだ。ラグランジュ2のスフィアからなら順当に行けばホームに戻るはずなのだが、管理局の邪魔が入ったとはいえ戦艦の探索範囲に引っかからなかった……」

「別の補給点なら月に行く可能性があるってこと?」

「そうだ」

 次に発言したのはセリカ・フォン・ディートリッヒという少年で、良家の家柄のために宇宙海賊に攫われ、人身売買でどこかの物好きに奴隷のように買われる寸前で、マルヴァージアに救われたというから、可愛らしい容貌に反して人一倍積極的だ。

「じゃあ、月に行こうよ!」

「馬鹿だなお前は。月のどこかだ、具体的な場所は?」

「カシム! 起きていたのか」

「マルヴァージア様を探しに行くって話だろ。またセリカの雑な作戦なんて嫌だからね」

「寝てた方が悪いんじゃんっ!」

「だから起きてきた」

「カシムさんは、何か案はありますか? 今、仮に月に行ったと仮定した話なんですけど」

「マルヴァージア様が、もし本当にゴート教団から逃げたのなら身分を問われない月のアンダーグラウンド……」

「ツィオルコフスキー街か!」

 “嵐の牙"は先程のスフィア襲撃作戦の時にマルヴァージアの近衛部隊としてオーマの指揮の下で同行していたのだが、彼らはシャルロットを追って行方不明になったのではなく、自ら選んで行方を眩ませたと推測していた。逃げたのだと。

「逃げたって決めつけて、考えるの?」

「“嵐の牙"の共通意識としてマルヴァージア様とゴート教団、どちらが大切。僕はマルヴァージア様にだけ膝を折ると決めているが」

「当然断然マルヴァージア様!」

「その意見については自分も同じです。リカルドもそうですよね?」

「………………ああ。マルヴァージア様がもし脱走したのなら、我々は大御巫を守るのが使命だ」

「この会話、傍受されてなければいいけど」

「太陽風の中だから通信はもとよりセンサー類も目視界以外は機能してないよ」

「だよね~。ごめんねルーナ、後30分で交代の時間だから」

「交代するのは僕じゃないか」

 長い髪を結わえた厚着の少年もまた、皆と同じようにマルヴァージアに恩義のある者の一人だった。アマルナ・ルーナ・ブックマンという。

「さっさと寝てえから、起きてるなら代われ」

「規則は守れ」

「くそがあ」

 ルーナは口が悪い割に、声に怒気がなく逆に可愛らしいという印象になる。

「それと、考えたのですが」

「何かあるのか、ユーリ」

「対象シャルロットはインターステラーとはいえ整備に心配のある訓練機で宇宙に投げ出されました。ということは例えインドラジットが組みしていようと最短距離でツィオルコフスキー街に辿り着こうとするのは間違いないだろう、と」

「ルーナ、軌道は――?」

「通信装置ぶっ壊すための太陽風に突っ込んだ影響で少し逸れるけど、すぐに行けるよ」

「よし」

 リカルドはそれを確認して格納庫へと向かった。彼らの宙間機動兵器ジャガンナートの準備をするためだ。


「ツィオルコフスキー街だな」

『というのはどこですの?』

『あれって、ゴロツキしかいないような貧民街ってやつじゃないの』

「私たちはまだ子供で、危険じゃないか?」

『そこで補給なんてできるん?』

「ゴート教団は表社会の方がその根を張っています。マカラやインドラジットは透明化させられますが、動く私達はそうではありません」

「マルヴァージアは居残りってことにできるが、全員が留まるのは無理だしな。それにちょっとしたコネもあるんだ。そこに着けば問題ない」

『シャオさんのお知り合いでもいらっしゃる?』

「ま――――高級娼婦って奴だが」

 通信先も、シャオのいる操縦席を囲む女性陣全員が軽蔑する眼で見てきたのは当然のことだろう。

(シャオ君の不潔――!!!!!!)

(うるせえ! 14年前と7年前、3年前のお前の親父に言え!)

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