第六話【スリーピー・ホロウ(下)】
宇宙漂流生活一日目。
シャオ君の存在が露見する。
「つまり、なんか本人とも他人とも言えない難しい関係ってことでええんかな~」
「そんな認識でよろしいですの? なにかもっと言い方があるでしょうっ」
「私の頭じゃ分からないしなー」
「単純に投影しているだけじゃないですか。誰でもしてます」
「ベルちゃんが言ってることが私には分からん~」
「ああ、なるほど。経験という知識で“誰々だったらこう考える"という作業を無意識で行っているのか」
「そんな、テレサがベルと同じ頭良い組に」
「ゼシカは私を馬鹿にしているのか――っ!!」
シャオ・フィリス。二百年前の怪人。ベルちゃんの言う通り、無意識の産物と突きつけられても私には実感がなかった。なぜなら私の父親も、祖父も同じように受け継いできたからだ。
転生や不滅とは違った、不老不死の形。技術や流派の伝承をさらに突き進んだものと聞き及んでいる。
「と、ということで良いですかね?」
「私は怪人シャオの存在は知っていましたから」
ベル・マルヴァージア――つまりゴート教団――はかなり深いレベルで裏社会との繋がりがあるようで、ゴート教団の情報収集能力は侮れないと肝に命じておくべきだろう。
「これはしょせん氷山の一角ですわ。わたくしの暗殺依頼が解決していなくてよ!」
「それは後でいいや。直面している問題はスフィアが存在したラグランジュポイントから外れて月の軌道に向かっていることでしょ」
「ちょ、ちょっと他人事だと思っていません!?」
「んー今は私たちが見張っているから、安心してええよってことやで~」
インターステラー、つまり機動兵器の研究所である人工天体スフィアは実験からの隔離を行うために主要生存圏である月面都市からは遠く離れている。
帰るための時間と距離が遠くなっているのだ。無補給でいくか、いったん月に寄って物資を買い足してからマス・ドライバーで加速して移動するか。
「そのために確認があるんだけど」
「インドラジットを知っているのは私ですから、答えます」
「計測は終わっているから、知識のすり合わせになるな」
「水はどのくらい保つ?」
「マカラを牽引すれば6人で一週間分。ただ一週間でも質量が増大するから稼げる移動距離は短くなるでしょうね」
「ん~、これはまさか宇宙遭難者伝統の尿濾過の出番やなぁ」
水は貴重で限りがある。なら飲料水というのは使用済みのものをリサイクルするしかないのだ。ここで伝統と言われるのは、分子的には清潔そのもので衛生面は完全に確保されているのに精神的に使いたくない嫌悪感があるということだ。
それが人間の、動物の心理というものだが。
「それから食糧については化学反応した分子をナノマシンで強制的に戻したり、排泄される栄養素に関しては同じく投与されたナノマシンで引き留める――とするので良いよな?」
「空腹感が埋まらないから勧めないけど、他に方法もないし」
(すごいな……みんな経験者の私よりもしっかりしてる)
(この俺がいたから問題はなかったしな)
(シャオ君はさ~!?)
傲岸不遜な男に謙遜は求めてはいけないようだ。
「閉鎖環境で精神状況が悪くならなければいけそうですね」
「マカラも連れてくから、何とかなるかも」
「主推進のインドラジットと副推進のマカラに分かれるチームを決めよう」
訓練機の《マカラ》が副推進なのは、単に推進剤を予備のために残しておくのと核融合炉から直接行われる核パルス推進のみになるということだ。
「私はシャオ君がいるから、マカラにしてください」
「なら、インドラジットは性能も良いですから技量順に別けた方が良さそうですね。レイシアと私、それからシャルロットはマカラに乗ります」
「わたくしを暗殺しようとしていた方々と一緒の機体に乗れと!? それはもう危険じゃありませんこと!?!?」
「まったく自然に自分を技量の良い人認定したな……ベル、恐ろしい子っ」
この後ちょっと揉め、分かれるメンバーもローテーションで入れ替わることになった。
航路としては月に(月の方が座標的に近い)行き、スフィアへの連絡や必需品の買い物を済ましてから帰還する計画だ。
「で、アーキタイプって何だ」
レイシアの体は《マカラ》に移動した時点で、もうシャオのものになっていた。
「不老不死の人間。人間という生体情報を宇宙が終わるまで保存し続ける者だと聞いています」
「つ、つまり……わたしくも、テレサ達も不老不死ということですの?」
「そういう話です」
「自分の子供達を実験台に使ったってことか。唆らせてくれる」
「でも、わたしくを暗殺しようとしたことの理由にはならないように思えるのですが」
「私は警告だと聞いた。レイシア、シャオは?」
「知らん。仕事の詳細は……場合によって求めるべきじゃなかったからな」
「守秘義務もあるでしょうね」
「帰ったらお父様は弾劾ですわ! ……でもそれは別として、そのお体は元には戻りませんの?」
シャオのアンダースーツ姿を見ながら、シャルロットは照れくさそうに尋ねた。落ち着かないのだろう、とだけシャオは思った。他人を慮る理由などない。
「するわけないだろ」
「すごいぞ、ゼシカ!」
「テレサはなんでそんなに元気なの……? 流石に疲れたよ」
「インドラジットの性能が、民間レベルなんて遥かに超えて軍用よりも高いんだ」
「それって違法ってことやない?」
「当然。まぁゴート教団は超一級テロ犯罪組織だからな、こういうのも当たり前に行っているんだろう」
違法インターステラー《インドラジット》。
その性能は実質的にビームコートという機能に集約されているといっても過言ではない。
電磁波である可視光線域を操作することで機体を視界やセンサー類からも隠蔽可能というだけでも十分だが、コートと称される力場で光や星間物質を受け取ることで推進能力とする、技術的にはソーラー・セイルやマグネティック・セイルと類似のことができるのだ。
本体の核パルス推進がなくてもただ移動するだけでエネルギーを得ながら加速することができる。さらに得られた星間物質をプラズマ化することで発電しコートを展開する。この繰り返しでも並のインターステラーよりは格段に速くなる。
「それなら全部のインターステラーが付ければええのに」
「非パイロット職は簡単に言ってくれるぜ」
「ゼシカの言う通り、パイロットの認識速度を超えた加速する可能性があって、戦闘空間で一定値を超えた加速は危険性の方が大きい」
「インターステラー以外なら常備しているんだけどね」
「だからベルはとても能力が高い。たぶんGに耐えられる上限値も私達より高いはずだ」
「なるほどなー」
もうすぐ共通時刻で日付が変わる。
2日目になれば、私達はどうなるのだろう。ゴート教団が追手を放っていて、攻撃されたり捕まったりするのか。それとも何も変わらずにただ月に向かうだけなのか。
期待よりは不安の方が大きいはずだが、笑って一日を終われたのは一人ではないからだ。
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