第五話【スリーピー・ホロウ(中)】
『お止め下さい、マルヴァージア様!』
中間管理職というのは、いつの時代も悲惨なものだ、とマルヴァージアは嘆く。
このプラスタ級宇宙戦艦の名目上の艦長は自分だが、実質的な指揮系統は通信先のオーマ司祭にある。ここでマルヴァージアを出撃させることは旗頭を戦場で失うかもしれない機会を作るということで、オーマ自身に責任は負いきれない。
「私がインドラジットで出ることに何か不満がありますか。貴方は私に指図できる立場にありますか」
『い、いいえっ……申し訳ございません。大いなる犠牲のために!』
ゴート教団の《インドラジット》は兵隊の武器と呼ぶにはあまりにも高級で、煩雑だった。それはおおよそ考えうる機能を詰め込んだ専用機だからだ。
輝かんばかりの白金のマシン・フレームの上には半透明の装甲が装備されており、荘厳で美麗。戦場には相応しくない、西洋の教会装飾のような重々しさを周囲に思わせる。女神が乗るに値する機体もまた女神のようでなければ。
「では出撃させていただきますわ」
戦艦に備えられた射出用マス・ドライバーで《インドラジット》は加速され、宇宙空間に投擲された。
コロニーの内側から零れ出るデブリの中にシャルロットを乗せた《マカラ》は必ずある。
「マルヴァージアの反応が消失したな」
「オーマ司祭、どういたします?」
「扇動の才能があるとはいえ所詮は小娘よ。出来の良い複製体は育っているのだから、替えは利く」
「後数秒で外壁と突破……3、2、1。加速後に動力を一時的に停止する!」
摩擦のない宇宙では慣性移動で止まることはない。敵の観測域を出るまでの間、機能停止することも現実的な方法だ。
《マカラ》がコロニーの外に現れた瞬間、デブリと共に動くことでセンサー機器を誤魔化すことに成功したらしく、漂っている《ラークシャサ》などは熱源反応を確認してもシャオ達を発見することはできなかった。
が、一人だけ例外があった。《インドラジット》である。
(インターステラーでも中々自殺行為ではありますね)
マルヴァージアの《インドラジット》は機体周囲に展開した電磁波制御力場によってその姿を完全に隠蔽していた。コロニーから放出されたデブリが接触することで辛うじて確認できる程度に。
しかし、《インドラジット》の機体性能をシャオの経験則は上回る。第六感か、それとも打ち消せない気配でも感じ取ったのか。
「気付かれてる、が。すぐさま攻撃してこないのは変だな」
「相手側に気取られているのなら、動力炉を再起動するべきなんじゃないか?」
「…………さて、あのラークシャサでは無い機体が、何を考えているのかが分からないのは致命的だな」
「それより、このまま流されていくので良いの? その、見えない機体は撃ってこないし」
「張り付いている。すぐ後ろだ」
「それって撃たれたら即死じゃありませんこと!?」
「こういうのは、意外となんとかなるもんやで」
プラスタ級宇宙戦艦の感知領域を出た以上、この敵だけを倒せば逃げることが容易になる。シャオは潔くしてみることも重要だと思い切った。
『そこの卑怯者、何が目的だ……!』
『シャルロット・リネージュを受け渡していただきます』
『撃てば良いだろうが。それとも確保か? にしては侵入者は雑だったな』
『シャオ・フィリスの任務もシャルロット・リネージュの暗殺でしたね。貴方がそうしてくださると私も楽なのですが』
「……っ、どういうことだレイシア、いやシャオ……っ!」
「ステイステイ、テレサ。今はそれどころじゃない」
「ゼシカはいつもそうやって悠長な!」
「俺には俺の流儀がある。漁夫の利を狙うやり方は心底ムカつくんでね」
斡旋業者のエージェントが提示した仕事を、他の人間が知っているとなるとゴート教団が大元かもしれないが、もしそうなら乱入したりはしないはずだ。
(ゴート教団も誰かに頼まれているパターンの方が近いな)
『そうですか。では』
透明化のフィールド、ビーム・コートを解除して現れれた巨なる女神の似姿たる、《インドラジット》の威容が顕現した。
『ビーム・ブレイドを使います』
高出力プラズマは、受け損なったら装甲はボロ雑巾のようになってしまう。デブリ避けにも密閉性にも支障がでる。特に補給場所が確保していない《マカラ》には一大事ということになる。
(コックピットを刺し殺して、機体をどこかのデブリに固定して、コックピットを入れ替える……そうできれば理想だが、機体性能の差は圧倒的だろうな。できるのか)
『…………貴方達は、これからどうしますか』
「?」
『私は戻ったとしても無意味な人生のまま終わるでしょう。スフィアの実験生物であるアーキタイプ。貴方達はどうするのですか』
「アーキタイプ……?」
「シャルちゃんは知っとる?」
「そんなの知らないですわ! 聞いたことすらありません」
「実験生物ってそもそも何。私達は普通の人間で、親もいて……ただ、生きて」
「それについてはどうでもいいな。知らなければ変わらないことだし。私はアンタのことが知りたい。無意味な人生って自嘲するなら、やめちゃえば」
『……貴方の名前は』
「ゼシカ。ゼシカ・ヴァルナ」
『私はマルヴァージアといいます』
「マルヴァージアさんね。どう、セラフィノ修道女学院に来ない?」
『なぜ』
「私たち学生にできることなんて、たかが知れてるじゃん? 働いているわけでもないし。かと言って無意味ではないと思う……たとえ本当に実験のために生まれて育てられても。楽しいよ、学校生活もね。私はリリアに会えてなければ腐っていくだけだったと思うし。そういう出会いもあるかもしれないじゃん」
『そう、そう……ですか。怪人シャオはこれからどうするのです』
「一旦は戻るさ。それで無職になったら就職活動もしてやろうというものだ」
『勇気があるのですね。私にも……』
(シャオ君、代わって!)
(そうだな――)
骨格や肉が移動して、全身が軋む。シャオからレイシアへと戻り始めた。
「ど、どうなってるのこれ!?」
「大丈夫かな。痛ない?」
レイシアの姿に戻った途端に、口を開いた。
「私ね、スフィアに来て2日目で、学校に限っては1日も経ってない。学校なんてそもそも通ったこともなくてね、お父さんとシャオ君に教わったことしか知らない。でもね、そんな私だから思うんだ。一緒に見つけよう? 夢とか生きていけるもの!」
言葉も纏まっていない、曖昧で具体的なことも喋れない。決して美辞麗句ではないからこそ響くものもあったのだろう。必死さが伝わるのだろう。
『…………私のインドラジットを譲渡します。身柄も……』
「マルヴァージアちゃん!」
『私の名前、ベルです。ベル・マルヴァージア』
「よろしくね、ベルちゃん!!」
「で、インドラジットに全員移ってきたわけですが」
「レイシア・フィリス被告は、前に出てきてください~」
「裁判官は私、テレサが。傍聴人にリリア、書記官にゼシカ」
「検察側はわたくし、シャルロット・リネージュが務めますわ」
「異議あり! レイシアは弁護人を要求します」
「ベルちゃんは弁護士役をお願いね?」
「う、うん……何ですかこれは」
《インドラジット》の内部は流石、ゴート教団の最高指導者の専用機だけあって豪奢な様式であった。もはや実用には向かないだろう、操縦席の他に居住区画が存在しておりそこでは防水カーテンで仕切ることでシャワーも行えた。
だが贅を尽くしたコックピットは本来の用途に使われず、緊急判決がされつつあったのだ。
「まず被告人はシャオ・フィリスという人物について回答してください」
「え、えっと」
(シャオ君、助けて!?!?)
(……………自分でやれ)
(嘘ぉ!?)
今日は長い一日になりそうだと、レイシアは思った。
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