第四話【スリーピー・ホロウ(上)】
突如として地底から現れたのは3機。どれもが一つ目の亡霊だった。
ゴート教団が改造した違法インターステラー《ラークシャサ》。既成品の兵器よりも接近戦用に調整された機体だ。単純に莫大な資本力から良い部品や整備環境にあるということだろう。
訓練用のインターステラー《マカラ》では機体の駆動速度の違いで、パイロットの腕に関係なく圧倒される場合もある。そもそもペイントボールを撃つだけの見掛け倒しの銃器に何の意味がある。カメラ・アイにぶつけたとしてもセンサーが無効になるわけでもない。
「こいつら、ゴート教団の狂信者かよ。厄介だな」
(でも何でセラフィノ修道女学院に来るの)
「はっ! それは分かりきったことだな」
『そこのマカラに乗っている奴、邪魔立てするのなら撃つぞ!』
通信ではなく公開音声にした理由というのは分からなかったが、推測するに目標への威嚇もあるのだろう。
「マルヴァージアの尻を追っかけているだけの子犬共が図に乗るなよ……!」
『貴様、大御巫様を呼び捨てにするとは捨て置けんなぁ!?』
3機いた《ラークシャサ》の一機だけだが、標的が一時的にシャオの機体へと変更した。どうせ2機もインターステラーがあるのならば任務は容易に達成できるということだろうし、それは事実であった。
しかし、当然ながらシャオ達の状況は余裕のあるものではない。
外壁が破られたために土砂や大気が渦を巻いて流れ出しているのだ。レイシアの学友達はグラウンドの観覧席に位置するために座席や防護壁にしがみついている者もいれば吹き飛ばされる者もいる。明らかに危機的状況というやつだ。
「損傷したときの隔壁は何で起動しないっ」
視界を粉塵で曇らせたこの場では接近戦が有用だと思ったのだろう。《ラークシャサ》が握ったプラズマ・ビームブレイドから放たれる光刃は容易く《マカラ》の胴体を溶断する――――はずだった。
無刀取り。古武術にある技法の一つである。相手の懐に潜り込んでアームグリップの内からプラズマ発生基部を、引き抜くように回転させて奪い取る。
「さらばっ!」
《マカラ》の代わりに《ラークシャサ》の一体が爆発する。
(シャオ君、みんなが……みんなが!)
(分かってる! 奴らの狙いはシャルロットだ)
(どうして私達以外にも?)
「シャルロット! シャルロット・リネージュはこちらに来るんだ!」
その公開音声は気圧の変化の嵐が生み出す轟音の中では、聴く余裕もない者もいたが、届いた者もいた。
(どういうことだろう……マカラに乗っているのはレイシアのはずなのに、音声はどう考えても少年のような……)
「ゼシカ・ヴァルナ……! 聴こえまして?」
「私は腕が限界になってきたわぁ……」
「リリア、それにシャル。レイシアのマカラは空いた地面よりも私達に近い位置に移動してくれたってことは」
「それは危険だ! 飛び降り自殺するようなものだぞ!」
「このまま地下嵐が収まったときにゴート教団に無差別に殺されるよりは、さっき見せたレイシアの技術を信じたい。テレサ、お願い」
「分かった……分かったって! みんな出来るだけ手を繋ごう。そうすれば誰かがマカラに引っかかるはず」
「レイシア・フィリスはわたくしをご指名のようなので、独りで断られても行くつもりでしたが、心強いものがありますわね!?」
「よし。リリアは私が掴むから、可能なかぎり離さないで」
「ごめんなゼシカぁ」
リリアの握力は風前の灯火だった。
『ロッソを撃墜させたな!』
「自分から喧嘩を売っておいて調子の良いことぉ、言ってんじゃねえよ!」
奪ったプラズマ・ビームブレイドのエネルギー残量が切れたとしても、アームに接続しているなら直接電力は引けた。規格が同じなら、戦利品にも価値がある。
(シャオ君、前方からシャルロットさん達に動きが!)
「風に乗って一直線か。受け止めろってな」
『おおっ!!』
《ラークシャサ》が《マカラ》に斬りかかるが遅すぎた。
ゴート教団の機体のプラズマが触れる前に意志の光を消す。
「弱いっ!」
もう一機落としておきたいところだが、そちらは任務に忠実なのか対象を探索しているが、砂嵐のお陰で難航している。それに対しこちらは事前にいた場所を知っているので、対策が取れる。
(飛んで来るよ!)
「この角度なら一直線にいけるな」
地面の穴に向かって横から落下していったゼシカやリリア、テレサにシャルロットは無事、コックピットを開く際の防御装甲を利用したタラップ部分に着地した。ほぼ衝突といえる形だが。
問題は受け止めるのに正座に近い体勢になってしまったことだ。
最後の《ラークシャサ》に対して隙を作ってしまう。
『見つけた……今、貴様のコックピットに入っていった一人がシャルロットだな』
「ノロマ野郎にしては気付くのが早いな」
『言っておけ!』
正座からでは回避にもっていくのは流石に無理だと考えたシャオは、逆転の発想を思いついた。
空いた大穴に自ら飛び込む。宇宙空間に出るということも生身なら自殺行為であるが、宙間機動兵器であるインターステラーならば本来の用途に即している。
推進機も人の背中に相当する部分にある直線移動にしか使えない主推進機でも事足りる。問題は、保存用の貯蓄食糧や、水の循環器の存在如何だ。それら生命維持装置がなければ長時間の宇宙空間航行も難しいだろう。場合によっては外壁に張り付くといった選択肢も念頭に置くべきか。
長考する時間は、その時にはなかった。
「う、嘘でしょう……!?」「げ、マジか」「目が回る~っ」「掴まれるところにちゃんとって誰だ私の体にしがみついてるのはっ」
コロニーの放射線防護のための積層構造の断面図の光景は超速で流れていく。機体も気流によって制御することはできず、ただ身を任せるままに回転したり構造物と衝突し続けた。
分かるのはコロニーの外、宇宙空間に向かっているということだけ。
「マルヴァージア様、2機のラークシャサが撃墜されたと」
「そうですか。補填を考える大司教は忙しくなりますね」
「それから今回のターゲットであるシャルロット・リネージュは訓練機に乗って、この大穴からコロニー外に出るようです」
「では迎撃準備を。もしかしたら私も出撃する必要もあるかもしれませんね」
「我らの力不足を不甲斐なく思います」
「構いません。それからコロニーの修復誤認はもう終了していいでしょう」
「大いなる犠牲のために!」
それから艦橋の索敵手からの連絡が艦長室にかかった。
「大量のデブリの放出が始まりました!」
「センサーの表記が正しければコロニーの外が見えてきたな……!」
先程はミキサーのように回転された挙げ句、団子のように重なっていた5人だったがスフィア内部の地面から離れた影響で空気の流出も単純な経路となったようだ。
安定してきた途端にシャオの胸元を踏みつけていたり、のしかかっていた女子――誰かであるかを確認する余裕はない――は退け始めた。顔と手元さえ動けば良かったのでそんなことで一々怒っている時間はないし、不可抗力でもある。
(このまま外壁周囲を移動して帰投するの?)
「いいや、奴らは外壁を破って侵入してきた。ということは間違いなくその周囲に母船が存在するはず」
「独り言に応えるようであれだが。レイシア、その推測が正しければスフィアの警備部隊はすでに無力化されていることじゃないのか?」
「間違いないだろ。ゴート教団はインターステラーを12機、つまり宙間機動兵器の大隊単位で保有している犯罪組織だ。俺はこのままデブリに紛れて加速し、奴らの観測範囲から逃れるのが得策だと思っているが」
「宇宙は広いやんか。ご飯とお水はどうするん?」
「そうだ。良い質問だなリリアとやら。チェックしてもらえると助かる」
「訓練機と言えども実習に使うインターステラーでしてよ。当然、生命維持装置も搭載していますし、起動状態にもっていけますわ」
「前の実習の時に使ったし、それは間違いないと思うよ。保存食のレーションも多分だけど常備しているだろうし」
「それは上々だな。突破する案でいくぞ!」
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