第42話
利平が席を用意した座敷に移った新之助達は、勝をどのようにして西郷との会談に向かわせるかを考えていた。
「清二、錦ちゃんを連れ出した時のように何かに、紛れ込ませて勝先生を連れだすことは出来ないかな」
「そうですね。悪くはないと思いますが、そこそこ大きなものに入って頂かないと無理がありますし、準備に時間は取れないですからねぇ」
新之助と清二の話が、気になったのか佐平が口を開いた。
「新之助さん、その錦ちゃんとやらの話は何でございましょう」
「ああ、井筒屋さんにお伺いする前の話ですがね、新之助さんのお友達の錦之助さんを悪党から助け出した事がございまして、その時に背負子の中にその方を入れて連れ出したんでございます」
「背負子は無理ですよね。大の大人だ。せめて長持ちじゃあねえとねぇ」
利平が何気に言葉をはさむのを聞いて、新之助が声をあげた。
「それ使えないか」
「何がですかい」
「長持ちだよ。それを使えばなんとかなるかも知れない」
新之助が、思いついた事を話し出すと佐平らは黙ってその話に耳を傾けた。
「そりゃ、面白いですね。やってみましょう」
「若い方は、俺は顔を見られてるんで清二に頼みたいんだがいいかい」
「へい、そちらはあっしが引き受けますが、もう一人の方はどうします」
「そうだな、佐平さんだと・・・」
「旦那も源治の兄貴も体付きが違いすぎますよ」
「そうだよな」
「私じゃ、無理か・・・この大八車は・・・それ、心当たりがない事もないですよ」
佐平が、にっこりと笑った。
お天道様がそろそろ西に傾きだす頃に大きな大八車に長持ちを載せて、勝の屋敷に入ろうとする若い男とほっかむりをした年寄りの二人組。若い者が大声で怒鳴っている。
「爺さん、さっさとしろ。明るいうちに終わらせねいといけねいからな」
屋敷の門が開くと大八車を引いて中に入って行った。その様子を近くの屋敷の塀の陰から、蕎麦屋の縁台から、道の角から複数の眼がじっと見つめていた。
暫くすると、先程の大八車が出て来た。若い者が又偉そうに、年寄りに声をかける。
「ほらほら、早くしねいか。日が暮れっちまう」
その言葉が終わらぬうちに、屋敷の周囲でじっと見ていた男達が一斉に動きだして、大八車を取り囲んだ。
「その長持ちの中を見聞いたす。直ぐに開けろ」
年老いた男は、驚いて声も出せないで腰を抜かしている。若い方は、驚いたものの
「この中には、勝さん所から預かった物が入っておりやす。別に怪しい物では御座いませんです。」
「怪しい物かどうかは、こちらが判断いたす。早く開けろ」
二人が言い争っている間に別の男が、話に入ってきた。
「そんな事より、これで白黒はっきりする」
いきなり刀を引き抜くと長持ちを思い切り串刺しにして見せた。周りを囲む男達は、薄ら笑いを浮かべて長持ちを眺めている。若い男は、表情を変えて焦っている。
「てめぇら何をしやがる」
「武家に対してその態度は、不敬であろうが」
「てぇやんでぇい」
若い男は、叫ぶと共に長持ちに飛びつくと、蓋を開けて中の物を確かめた。周りの者も長持ちの中身を覗き込む。
「あー、こんな上物に穴が開いてるじゃあねいか」
若い男は、その中から取り出した着物を一枚広げて見せた。男の一人は、その中に手を突っ込み中身をよく改めている。
「何を探しているのか知らねいが、これはうちが借金のかたに勝の奴から取り上げてきた代物なんだ。てめぇらも何か欲しいなら、行ってこいよ」
男達の中で、一番年長だと思われる者が、周りを抑えて
「済まなかったな。勝にも借金があるのだな」
「そりゃあそうさ。この時期に借金のねい。お侍さんはいないからね」
周りの者がざわつくがそれを制して
「まあ、そうだな。で、勝さんは、屋敷に居られたか」
「ああ、いらっしゃったね。ご苦労って声かけられたよ。いいきなもんだぜ」
「そうか。よし引き留めて悪かった。行ってよいぞ」
「へい、だそうだ。行くぞ、爺」
年老いた男が、大八車のあと押しをして、二人ゆっくりその場を離れて行った。周りを囲んでいた男達は、その後を見送ってそれぞれもと居た場所に散って行った。
屋敷からの一本道、二人の男は無駄口もきかずにただ大八車を引いて歩いた。通りが大きな横道にさしかかるとそれを曲がって横道にそれた。これで屋敷の前にいた男達の眼にとまる事はない。若い男が、大きく息を吐いた。
「やりやしたね。お疲れ様でございます」
「ああ、ありがとうよ。助かった。で、これからどうするつもりだい」
「もう少し行ったところに、舟を用意しております。勝様、それに乗って頂けますか」
家の周りを複数の男達に見張られている事には、気がついていたが別段気にするつもりもなかった。今更、命が惜しいこともないが江戸の町がこの命にかかっているとなると話は違う。何とかして、西郷の前に座して、話を付けなければいけないのにそこに出向くことが出来ない。無理を押して、薩摩屋敷を目指してもそこで騒動を起こしてしまうと、そのまま戦になってしまうことも考えられる。あれこれ考えて焦れて屋敷にいるとその時、門番の男が、一枚の紙切れを持ってやって来た。
「その者達を直ぐに内にいれろ」
「へい」
言いながら自分も走る。そして、男達の顔を見て驚いた。そこにいたのは、新之助の所の清二と医者の奨元だった。
「お前達は」
「勝様、お迎えに上がりました。申し訳ございませんが、こちらの手筈にのて頂けませんでしょうか」
「勝さん、今は我らにあんたの命を預からしてくれねいか」
「いいぜ 奨元。清二、段取りを聞かせてくれ」
堀端に行くと伊織が、舟には利平と新之助が乗っていた。
「清二、こっちだ。良かった上手くいったようだな」
「へい、お連れいたしました」
「企んだのは、新之助だったか。ありがとうよ」
「いえ、まだこれからです。先生は、こちらの舟にお願いします」
「わかった。世話をかける」
「清二は、伊織さんと一緒に大八車を奨元先生の所に運んでくれ。俺は舟で先生と一緒に行く」
「へい、お気をつけて」
「伊織さん、申し訳ありませんが宜しくお願い致します」
「ああ、気を付けてお送りしてくれ。俺は、後で勝先生のお宅に行って師匠の様子を見て来るよ」
「はい、奨元先生にはありがとう御座いましたとお伝え下さい。事が片付きましたらそちらの方にお伺いいたします」
「承知した。待っているぞ」
「はい・・・。利平、出してくれ」
「へい」
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