第41話
清二が小屋を出て行くと東吾が、立ち上がって口を開いた。
「俺の事は、話した。で、左馬は何処にいる。教えてくれ」
「東吾さん、落ち着いて下さい。兄上も大見得きって周りに帰って来たと言えない立場にいます。東吾さんに騒がれると困ります。東吾さんも山川の件が片付いていませんし、少しここで我慢して下さい」
東吾は、渋々また腰を下ろして、拗ねるように言った。
「俺は、このまま左馬に会う事も出来ずに、死んでしまうのかと思っていた。本当に必ず会えるのだな・・・わかった我慢する」
「はい、そのようにして下さい。兄上も随分心配されておりましたので、喜ばれると思います。それと今度こちらにお伺いする時は、兄上から言づけを貰ってまいります」
「本当かそれは嬉しい・・・だがこちらにって、俺はこのままここに居ても良いのかなぁ」
「ああ、そうですね」
二人で、東吾の身の振り方を考えていると小屋の戸が開いて、そこに伊織が立っていた。
「もちろん、居ていただきたいのはこちらの方です。堀江殿に色々下働きをして頂いて助かっています。それに私と師が出てしまうとここは年寄りと女子供だけになってしまうので、堀江殿に居て頂けたら心強いです」
新之助は、伊織の顔をじっとみて頭を下げると、東吾の方に向きなおり
「そうだ、そうです」
「有難い。本当に有難い」
「いやいや、そう言って貰っては・・・二度と屋根の修繕などは、お願いいたさぬのでゆっくりしていって下さい」
東吾は神妙に頭を下げた。新之助も横に並んでもう一度、頭を下げた。
「では東吾さん、私もひとまずお暇いたす。伊織さん、よろしくお願い致します」
「もう行くのか・・・」
「直ぐに戻って来ますよ」
新之助は、取りあえず左馬之助にあって、勝を狙っている山川なる者を知っているかどうか聞いてみようと思い、そのまま真っ直ぐに佐平の住処に向かった。
昼頃に出て佐平の屋敷に着く頃には周囲は真っ暗になっていた。門口に清二の姿を見つけて、手を振ると
「お疲れ様です。お待ち致しておりました」
屋敷の中から大声が聞こえる。清二と顔を合わせて急いで屋敷の中に入るとおもんが出てきた。
「どうかしたか」
「新之助様、ちょうどよおござんした」
おもんに手を引かれて、座敷に上がると左馬之助と主水が二人で、向かい合って睨みあっている。普段、温厚な兄と冷静な主水が、熱くなっているのは余程な事があったにちがいない。
「いったい何があったんですか」
二人の間に割って入って聞くと、同時に二人から睨まれた。どうやら自分が着く前に急ぎで届いた書状に問題があったようだ。
「今、あなたが表に出て何が出来ると」
「このまま捨て置けと言うのか。それが、この国にとってどうい事か」
「そんな事はどうでもいい話です。私にとって、加納左馬之助に代わる者などいない。それだけです」
「・・・」
新之助は二人の間に落ちてあった書状を拾いあげて兄に断り、中をあらためて驚いた。書状を書いたのは兄が海外で知り合った薩摩藩に籍をおく友人の一人であった。その者の言うには、薩長が倒幕の為に軍を設え、この十五日に江戸に総攻撃をかけると言う事とそれを止める為に陸軍総裁の勝義邦と西郷隆盛がきたる十三日に、薩摩藩邸で会談することを知らせたものだった。
「こんな、天下の一大事に、俺は何もすることなくここに居ていい訳がない。直ぐに、勝先生のもとに行き、先生のお力になりたい。それを、主水が反対するんだ」
「当たり前です。先程から言っているように 今、あなたが動いてなんになる」
「俺が動かなくって、誰が動く」
睨みあって動かない二人を黙って見ていた佐平が、口を開いた。
「左馬之助様、あなたは、何か勘違いをしておいでだ」
「佐平、なにを言っている」
「今のあなたに、何かしてもらおうなんて、きっと小吉は考えてはおりませんよ。俺だってそうですよ」
「なぜだ、俺には何も出来ないと、俺はそれ程あてにならない者なのか」
「そうじゃないでしょ。小吉や俺が、左馬之助さんを外国にやったのは・・・あんたにこの国の先を頼む為ですよ。古い時代は、俺達が片付ける。あんたがやるのは、この先でしょうが。ここは、大人しくしていておくんなさい」
左馬之助は、一瞬何か言い返そうとして、言葉に詰まった。一言、口をついて出た言葉は
「・・・わかった」
主水が、佐平の方を向いて丁寧にあたまを下げた。
これで話が着いたと、皆がほっとしている時に新之助が口を開いた。
「この話が、本当なら大変なことになります。今、勝先生は、何者かわかりませんが屋敷の周りに見張りがついております。奴らが何を思ってそのような事をしているかわかりませんが、もし勝先生が薩摩屋敷に向かうような事があれば、屋敷に着く前に襲って来るやも知れません」
その場の空気が一瞬で凍りついた。
「やはり、私が・・・」
左馬之助が何か言いかけたのを制して、佐平が言った。
「ここは、私共で何とかいたしましょう。新之助様、お力をお貸しくださいませ」
「承知いたしました。こちらこそよろしくお願い致す。時間がありません。早々に始めましょう」
利平は、その言葉を聞くと直ぐに座敷を飛び出していった。佐平は新之助と清二を伴って、部屋を出て行く。後には、左馬之助と主水が残された。主水がゆっくり口を開いた。
「先程は、失礼な事を申しました。申し訳ございません。ただ人には、それぞれ産まれた時から分と言うものがございます。それに応した仕事があります。左馬之助様の力が新しい時代を動かすものであれば、新之助様の力は、人を動かすものでしょうか。どちらがどうと言う事はありますまい。ただ此度は、新之助様におまかせしてよいと思います」
「・・・わかった。お前が言うならそうだろう」
「時として、左馬之助様の力は孤独なものかも知れませんが、私がおります。主水が如何なる時でもお供致します」
「そうだな、主水がいればそれでいいな。これからも、よろしく頼む」
二人して先程の争いが嘘のように静かに、月を眺めていた。
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