第39話

「よっ、新之助。久しぶりだな」

ここ数日、探しまくっていたその本人が、にこにこ笑ってそこにいる。

「東吾さん、どうして・・・」

入口の所で、突っ立ていると後ろから声を掛けられた。

「おお、新之助さん やっと来たか」

「伊織さん、ご無沙汰しておりました。ってそれよりもどうして、東吾さんがここに・・・」

「やはり、知り合いであったな。まぁ 中にはいれ」

新之助は、伊織に勧められるまま清二をともなって小屋の中に入った。東吾は、にこにこ顔で機嫌がよさそうだ、伊織に親しげに声を掛ける。

「伊織さん、頼まれていた薬草の整理出来もうした。次は何をすればよろしいかな」

「東吾さん、ありがとう。助かるよ」

新之助はそんな二人のやり取りを呆然と見ていたが、兄の事を伝えねばと思い直して東吾の前に座った。

「新之助、どうした」

「どうしたは、こちらの方です。あちらこちら探しました」

「ああ、すまん。いろいろあってな・・・」

東吾は、顔をそらして頭をかいている。

「まあ、その話はゆっくり聞かせて頂きます。その前に、まずは、兄上がお帰りなっております」

「兄上・・・左馬が帰ってきたのか」

東吾の表情が一瞬で変わった。言うが早いか、今にも小屋を飛び出そうとしている。

「お待ち下さい。何処に行かれようとしているのですか」

「えっ、左馬の所って、加納の屋敷に決まっているだろうが」

「今は、そこには居りません」

「・・・そうか、そうだったな。・・・どこに行けば会えるのだ」

余りに急に動き出した東吾の様子に、驚いている新之助をよそに伊織が呑気に口を開いた。

「東吾さん、今 ここを出るのは不味いし、その足では無理ですよ」

「あっ、そうだった・・・」

東吾は、諦めたのか力なく元の場所に腰をおろした。

「新之助さん、私は、忙しいので外すが、取りあえず東吾さんの話を聞いてやってくれ」

伊織は、そう言うと三人に茶を出して、自分はさっさと出ていった。

「本当に一体何があったんですか。堀江の屋敷にも誰もいませんし・・・」

「そうか。堀江の家も、もう終わったか・・・」

「だから、何があったんですか」

東吾は、改めて新之助の方に向き直って、話だした。

「ああ、つい先日までは、俺も屋敷にいたんだ。左馬が、我慢しろと言ってきていたからな・・・だが あの日は兄が酒に酔って、普段は俺と話もしないのにやたらと絡んで来たんだ。最初は「お前は、気楽でいいな」とか、「ごく潰し」とか、そんな事は別に我慢できたんだが、途中から「隣の加納は、上手くした」とかになって「だがあそこの家は、息子の出来が悪い・・・特に長男は・・・」その辺で、兄を殴って屋敷を飛び出してしまったんだ」

「それって・・・」

「我慢できないものもある」

新之助はあきれて言葉もない。よこで、清二は俯いて笑っていた。

「それから、今までここに居たのですか」

「いや、まあ聞いてくれ・・・」


兄の暴言に腹を立てて屋敷を飛び出してみたものの、行く宛てもなく直ぐに困ってしまった。こんな時に頼りになる友と言えば、頭に浮かぶのは左馬之助しかいない。そして、その友は 今この国に居ないのだ。どうしたものかと悩みながら歩いていると、自然と足は幼い頃から通っていた道場に向かっていた。それから二、三日は道場の隅で寝起きしていたが、先代の師匠が亡くなって後を継いだ今の道場主である兄弟子が

「堀江にこんなところで、寝泊りされると体裁が悪い。すまんがいい加減出て行ってくれんか」

そう言われてしまうと、ここにいる事は出来ない。

「・・・はい。今夜は、別の場所を探します」

言ったものの宿に泊まれる位の金を持って出ればよかったのだが、あんな風に飛び出したので手持ちの金もない。どこかの橋の下で一晩過ごすしか無いのかと思いながら道場の門を出たところで、見ず知らずの男から声を掛けられた。

「もし、人違いならお許し願いたいのだが、そちらは、堀江東吾殿ではございませんか」

「如何にも、堀江東吾だがそちらは」

「これは失礼いたしました。拙者は、山川一朗太と申す。最近こちらの道場にお世話になっております。江戸十傑の堀江殿がこちらの道場だったとお聞きしていたので、いつかお会い出来るだろうと思っておりました。いや本当に嬉しいかぎりです」

山川は、自分がどれだけ東吾に憧れていたのかをつらつらと話だした。褒めてもらって嬉しくないわけがない。今夜は、一緒に飲みましょうと誘われる頃には昔からの友人のようになっていて、山川のあとについて行くことに何の疑いも持たなかった。一緒に酒を飲むうちに泊まる所もないと言う話をしたら、山川の家に連れていかれ、ゆっくりしていってくれと言われた。ああこれが、地獄で仏を見るような気持ちなのかと思った。

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