第37話
勝の屋敷を辞して、門を出ると清二が立っていた。
「すいません。つけてやろうと思っていたのですが、逃げられてしまいました」
「今、こちらを見ているのは、いないのかい」
「いまは居りませんね」
「そうかい。勝先生は、色々ありすぎて何処の者達かわからないようだ」
「暫く、張り付いてみますか」
「そうだな。一度、先生に相談してみるか。勝手にするとうるさいからな」
二人して、屋敷に戻ると門の前に人影が見える。互いに緊張が走るが
「あっ、新之助さん、清二さん」
呑気に手を振っているのは、利平だった。
「利平か。久しぶりだな」
「へい、ご無沙汰しております。今日は、佐平の使いで参りました」
「佐平さんの・・・まぁ 話は中で聞こう」
利吉を伴って三人で屋敷の中に入る。
「佐平からの言伝でございますが、誠に申し訳ないが、ご相談したい事があるのでこちらの方にお越し願えないだろうかとの事でございます。それと、重ねて申し訳御座いませんがなるだけ早くって申しておりやして、できましたらあっしがこのままご案内致しますので宜しくお願い致します。ああ、それともちろん清二さんとご一緒に来てほしいとのことです」
「承知したが、今夜これからは、さすがに・・・」
「もちろんで御座います。今夜は、縁先でも構いませんので置いて頂けませんでしょうか」
その話を横で聞いていた清二が、利吉の荷物に気が付いた。風呂敷包みの中に徳利見えている。
「利平さん、徳利が覗いているんだがな」
畏まって話していた利吉が一瞬固まって、視線を泳がした。
「清二さん、あーもう。今日は、久しぶりにこちらでご一緒に一杯って思ってたんですが・・・江戸に入ってそんな時じゃあねえのかなって」
「何言ってんだ。利平らしくない。お天道様が西から登ってもお江戸の町はかわんねい。だからな、ここが天子様のもんになったとしてもやっぱりお江戸に違いねいんだよ」
新之助がそんな話をしている間に、清二は盆に湯呑を三つ用意した。
「利平さん、すまねぇな。肴になるようなもんが何もねぇ。勘弁してくんな」
「いや いや気にしないでおくれよ。ちゃんと用意してあるんだ。おもとがね、どうせ男二人の暮らしなんだからって、ちゃんと持たしてくれたんですよ」
先程まで、神妙にしていた利平だったが、清二の出した湯呑をみてニッコリ笑うと風呂敷包みを広げだした。中には、佐平が持たせてくれたと言う京の酒蔵が仕込んだ酒とおもとが作った煮物や酒の肴が入った弁当を取り出した。
「おもとのやつが作った物でございます」
「おもとさんの煮物は上手いからな。遠慮なく頂くよ」
利平はにこにこ笑っていたが、急に下を向いて鼻をすすりだした。
「どうした。利平、泣いているのか」
「いや、ちょとの間に江戸が大変なことになってるし、新之助様や清二さんもすっかり変わってらっしゃったらって・・・でも良かった。いつものお二人で、本当に・・・」
「いつも通りですよ。さあ 頂きましょうや」
「へい」
夜遅くまで飲んでいた三人だが、翌朝早くに屋敷を出ることができたので、陽のあるうちに佐平の屋敷にたどり着いた。屋敷は海沿いの大きいが何の趣向もない
漁師屋だった。こちらの様子に気が付いたのか利平が
「ああ、お世辞にも綺麗な所じゃあないんですがね。広いんで部屋は、いっぱいありますし、食い物は上手いんでゆっくりしていってくださいませ」
利平が玄関の引き戸を開けて、大声で呼ばわった。
「ただいま帰りました。新之助様をお連れいたしましたよ」
その声に応えるようにおもとが走り出て来た。
「おもとさん、久しぶりだね」
「ほんとうに、お久しぶりでございます。よくお越し下さいました。濯ぎを直ぐにお持ち致します」
涙ぐんだ様子でおもとは、そのまま勝手の方に消えた。その後から良吉や番頭の
源治、それと、今回こちらに来てほしいと誘ってきた佐平とがやって来て、座敷に上がる前に口々に挨拶をかわした。そして迎え入れられ通された所で待ち受けていたのは、洋装に身を包んだ男であった。
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