第34話
「新之助様・・・何でここに」
新之助は、清二のそばに腰を下ろすとゆっくりと声をかけた。
「清二、一人で抜けてどこに行ったかと思ってたら道場にいるから驚いたぜ。
女師匠、強いよな。容赦ないしな」
清二は、新之助の顔をじっと見つめて
「はい。新之助様・・・申し訳ございませんでした。あの・・・」
「帰ろう。屋敷に帰ろう。道場がいいなら、俺の稽古に付き合え」
「・・・」
清二は俯いて、返事をしない。
「俺と一緒にいてくれるって約束だろ。俺はしつこいから忘れてないよ。加納の家もこの先どうなるか分からないが、父上が家の者が、皆一緒なら何とかなるだろうって・・・その中には、俺も、主水も、清二も入ってるんだ。だから一人で、何処かに行くなよ・・・ 」
「・・・」
清二は、顔を両手で拭うと、新之助の方を向いてにっこり笑った
「・・・他に何処に行けって言うんですか。俺の居場所は、加納新之助さんのお側ですよ」
そう言い終わって立ち上がろうとした清二が、ぼろぼろで立ち上がるのもやっとの状態だと気が付いた。手を貸してやると、やっと立ち上がる。
「痛、・・・」
「大丈夫か?」
「ええ 何とか。痣だらけですがね。あの人の弔いですから、しょうがないです」
「坂本さんの・・・」
「ええ」
道場の外にでると夜明け前の寒さの中、誰もいない道をよたよたと二人で歩く
語る言葉もなくただ歩く。
「新之助さんは、何も訊かないですか」
「うーん、ごめん。師匠から訊いた。忘れろって言われてたが、忘れられそうにない。又、叱られっちまうな」
「・・・そうですか。いや、俺が代わりに叱られますよ。さっきは、さなさんに叱られました。あぁ、主水さんにも、加納さまにお世話になる時こってりと叱られました」
「そうか・・・」
「でも、どうしてここにいるってわかったんですか」
「・・・主水に訊いたんだ。道場にいるかもしれないって、迎えに行かないと帰ってこないかもしれないって言われた」
「主水さんですか。あの人は、何でもお見通しだ。・・・新之助さん、俺の話を聞いて頂けませんか。つまらん男のつまらん話ですが・・・きっと重太郎さんからは、本当の事なんか聞けなかっただろうと思います。あの人は、人の事を悪く言ったり出来ない人ですからね・・・」
「うん、師匠は「俺にもわからん事が多い」って・・・後はちゃんと清二に訊けって」
「そうですか・・・」
新之助は、清二の傷だらけの身体をまじまじと見つめて言った。
「あっでも、今はいい。ちゃんと怪我を治してから聞かせてくれないか」
「怪我・・・はい、怪我が治ったら、聞いて下さい。お願い致します」
その後は、いつものようにくだらない話をしながら屋敷まで歩いた。屋敷にたどり着くころには、霜月の朝はすっかり明けていた。
二人してこれで、終わったと屋敷に入ると直ぐに声がかかった。
「おはようございます。朝帰りですか、何処で何をしていたのやら」
「主水、おはよう。随分・・・早いな」
清二は、新之助の手を離して、姿勢をなんとか正すと
「主水様、おはようございます。新之助様には、私事でご迷惑をかけてしまいました。申し訳ございません」
「そんな事は、わかっています。お前は、いつも何を考えているのかよく分からない事をする。ここに、お前の居場所がある。私が、作ってやったこの場所に不満があるなら、はっきり言いなさい。まぁ、言ったところで加納の家は、お前を手放すわけがありませんがね」
「主水、言い過ぎだよ」
「いえ、良いのです。こ奴には、これ位言っておかないと・・・すぐに自分の事を粗末にする。それが、周りをどれほど悲しませるか・・・」
「・・・」
「いい加減わかれ。ここが、お前の居場所だ。殿様も新之助さんも俺もみんなが、お前の心配をするんだ」
清二は、涙をポタポタ零して言葉もなくただ頷くだけだった。
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