第29話

その日から七日ほど経って井筒屋の使いがやって来て

「急な事で申し訳ございませんが、主人が店の方で新之助様と清二さんとお二人とお昼をご一緒したい」

と告げて来た。先に良吉にに頼んでいた事と察しがついたので、お伺いすると返事をした。

「清二、明日は二人で昼を井筒屋さんとご一緒するからな」

「あっしもですか」

「ああ、明日で井筒屋さんに行くのを辞める。で、佐平さんにちゃんと断りを入れようと思ってる」

「そうですか。良吉さんに声はかけましたか」

「いや、井筒屋の店に行くのをやめても、良吉の友である事には変わらないからな。そこも明日ちゃんと話すつもりでいる。もう、これからは俺達幕臣と繋がっている事は店にとっちゃ何の足しにもなりゃしない。それどころか足を引っ張る事になるしな」

「そんなもんでしょうかね」

「なぁ、清二 お前もいいんだぜ。加納の家に愛想が尽きたならその時は・・・」

「・・・いい加減にして下さいよ」

「すまん・・・」

徳川様が、大政を朝廷にお返してからこちら我々旗本は、戦々恐々としているいつ京の方で新しい動きがあるかわからない。改易になるか、腹をきれと言われるか、叛逆の徒となるか、皆が一応に迷っている。町方の方も商家などは、唐物を扱っていたり、羽振りのよさそうな店は金を出せと薩摩の侍などに詰められている。

加納の家では、もともと多くはないが使用人の数を減らした。主水は資産をまとめて、色々と準備をしているようだ。。兄は、まだ米国から帰ってきてない。竜之介の店は、京の方とも付き合いがあった事とあまり目立って大きく儲けていなかった事で、変わらず商売を続けている。父も母も家の者が無事なら何よりと思っているようだし、それを考えれば、清二も家族同様なのだ。いまさら何処かに行けと言う方が薄情な話しだ。ならもっと自分の事を話して欲しいとつまるところ思ってしまう。

次の日は、昼前に井筒屋に着くと、店の前が騒々しい薩摩訛りの大声が通りの方まで聞こえている。相手をしているのは、大番頭の源治だろう人を馬鹿にしている程に落ち着いている。金を包んで帰って頂こうとしているようだ。そこの前を通り抜けて、勝手口から中にはいる。先程のやり取りから考えても、今のままではいられないだろうとますます気持ちが強くなった。勝手知ったる屋敷の中を遠慮なく

良吉の部屋まで行く。途中で顔見知りの使用人達と挨拶を交わしながらこれも最後になるだろうと思っていた。

「良吉いるかい」

襖を開けると紋付き姿の良吉と伊織と奨元がいた。

「よっ、新之助 久しぶりだな」

「あっ、奨元先生と伊織さん お久しぶりです」

「新之助さん、お越し下さってありがとうございます」

「どうした。その恰好」

「今日は、お披露目だから」

おもんは、涙目で

「そうですとも、お目出たい席でございます」

訳も分からず別室に通されると、そこには小さいながらも金屏風と人数分の膳の用意がされていた。金屏風の前に佐平が座っており、その隣に良吉が左右に分かれて奨元と伊織、新之助と清二が座した。佐平がにこにこ笑って、口を開いた。

「今日、お越しいただいたのは、井筒屋を閉めさせて頂く事とここにいる良吉に新しい店を持たせる事、この二つの事のご報告とお披露目で御座います。本来は、もっと盛大にさせて頂かなければならんのでしょうが、なにぶんこのご時世ですからねぇ。良吉が親しくさせて頂いたお方にだけお集まり願いました」

「良吉がこの店を継ぐわけでは、ないのか」

奨元が、せっかちに話に割り込んだ。

「さようで御座います。この店は、ここまでで御座います。少しばかり薩長の方々に睨まれておりますので、これ以上商売を続けましても周りにご迷惑をかけるだけでございます。自分で作った店で御座いますので、辞めるにしても誰に文句を言われる筋合いでもございません」

「良吉の店と言うのは、何をやるのですか」

伊織も黙っていられずに口を開いた。

「良吉の店は、外国の商品だけを扱おうと思っております。場所は、横浜で店を開けるつもりでおりますが、当分は開店いたしません。じつのところ此度のこと、左馬之助様にお手伝い願っております。もそっとすれば帰ってお越しになります」

「まことに、お帰りになるのか・・・」

「ええ、まだ日にちが定まらんのでもう少ししてからお知らせしようと思うておりました。申し訳ございません」

「わかりました。では、話が決まったら少しでも早くに、お願い致す」

「もちろんで御座います。こちらの方こそよろしくお願い申します」

その後は、酒の用意もされ、外国の商品とはどのような品なのかなどと、皆で話をしていた。

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