第28話

いつものように良吉の部屋に腰を下ろすと、良吉が先程の話の続きを始めた。

「先程の早飛脚の話なんですが、昔は船の船頭から色々な話を聴いたり、流行りものなんかも手に入れていたんですがね。左馬之助様から言われたそうです。これからは、上方で起こったことがこの国を大きく変えることに繋がるかも知れない。そんな大事な事は少しでも早く知っておく事が商売につながるだろうって・・・それと、お上の言う事をまるまる信じる事もやめておけって・・・」

「兄上が、そんな事を・・・」

「左馬之助様は、今の事を考えてらっしゃたのかも知れません。それで、井筒屋は京の飛脚問屋を買い取って、店の中番頭の佐吉がそちらを仕切ってます。佐吉が、このネタは大事だと思った物を早飛脚で知らせて来るんです。三日ほどでしらせが来るので船を待つよりずっと早い」

「そうか、さすがだな」

「色々、面白い話もあるんで、今度しらせが来た時は一緒に話を聞きましょうね」

「ああ・・なあ 良吉。佐平さんに一度、話がしたいって伝えておいてくれないか。そんなに時間は取らせないんでってな」

「・・・承知しました。おとっあんに訊いておきます」

そこに、おもんが茶を持って入って来た。

「遅くなりまして、申し訳御座いません」

「いや、おもんさん。こっちこそ何時もすまねいな。ありがとうよ」

「なんですよ。今更、そんなよして下さいまし。こちらこそ、新之助様のおかげで坊ちゃんもすっかり元気におなりだし、男前を二人も拝めますもの眼福でございますよ」

「こっちこそ、よしてくれよ」

「いえいえ、そんな事ございませんよ。本当のところ家の女達はみんなお二人のお姿見るだけでぽおっとしておりますよ。それに新之助様は、さすがにお武家の御家のご子息様ですから遠慮しておりますが、清二さんの方は嫁になれないかって、考えてるのも居りますんですよ。で、どうなんですか。清二さん」

廊下に控えていた清二に湯呑を渡しながら、おもんが話をふってきたので慌てた清二は、湯呑を落としそうになった。

「おもとさん、よしてくださいよ」

「はは・・・清二さんでも焦ることがあるんですね。教えてやろう」

「おもと、いい加減にしないと・・・」

「そうでしたね。お邪魔致しました」

そう言って、おもとは部屋からでて行った。暫くして、新之助が腰を上げた。

「じゃあ、俺達も帰ろうか」

「へい」

「えっ、もうお帰りになるんですか。おもとにお膳の用意を頼もうと思ってましたのに」

「ああ、すまないな。今日は、この後 師匠に呼び出されてるんだ」

「そうですか。仕方ありませんね。でも、次にお越しの時はゆっくりしていって下さいね」

「そうだな。ああ、さっきの佐平さんへの話よろしく頼む。じゃあな」

「はい。お父っあんに言っておきます。今日は、ありがとうございました」

井筒屋の勝手口から出ると

「清二、じゃあこれから道場の方に行くから、今日は勝手にしてくれていいよ」

「へい。そうさせて貰います」

「なぁ、何処かにいい娘がいるんなら、俺に張り付いてなくてもいいからな。主水は、あんな風に言ってたが、もう、俺も子どじゃあないしな、所帯とか・・・」

「何ですか、止めて下さいよ。おもんさんの事、真に受けましたか。あっしは、それなりに楽しくやってますんでお気遣いなく」

「なんだよ、その言い方・・・まぁ、いいさ。今日は、そう言う事だからじゃあな」

「へい、お気を付けて行ってらっしゃいませ」

清二は、道場には付いてこない。別に子供でもないので、逆に色々付いてこられても困るのだが、兄の一件があってから主水がうるさく言うのもあって、たいがい

二人で一緒にいる。それなのに錦ちゃんの事件以来、一度も道場には付いてこない。それ以前も道場に一緒に行ったことはなかったが、師匠とも知り合いだと思って訊いてみても「まあ、色々と・・・」と言って教えてくれない。師匠の方も教えてくれない。

道場に着くと、今日は稽古をしないので母屋の方に直接行く。なぜだか霜月のこの日、ここ数年必ず師匠の酒の相手をする事になっている。そして、これもお決まりのようにこの日に限って清二の事を訊かれる。

「よっ、ご苦労さん。今日は、なんだ井筒屋の息子を連れて酉の市に行って来たんだろう」

「何で、ご存知何ですか」

「師匠をなめるな。何でも分かるんだよ」

「凄い」

「ばか、関心するな恥ずかしくなるわ。捨蔵がお前たちが熊手を抱えて歩いてるのを見たそうだ」

「なんだそうでしたか、驚きました」

「清二も一緒だったんだろ。どうしてる。元気にしてるのか」

「やはり訊かれると思ってました。去年もその前の年もこうやって、師匠と一緒に酒を飲み清二の事を訊かれました。最初の年は何事かと思い、去年はとんだ偶然だと思い、今年は、清二の事を訊かれるだろうと思って参りました。いい加減どんな関係だったのか教えていただけますでしょうか」

「何がだ、清二に訊け。奴が教えんのだったら俺も教えん」

「はあ・・・清二は元気にしております」

「なら、いい。ほら飲め」

「はい、いただきます」

霜月のこの日に、一体何があったんだろう。清二は、いつか俺に教えてくれるのだろうか。

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