第27話 清二の初恋

熊手を嬉しそうに抱えて、良吉が井筒屋の勝手口の戸を開けると

「お帰りなさいませ、坊ちゃん」

「おかえりなさいませ。酉の市はいかがでしたか」

方々から声が掛かる、良吉はにこにこ顔で

「凄かったよ。熊手は綺麗だし、屋台もいっぱい出ててね。皆にもお土産に切り山椒を買ってきたんだよ。えっと・・・清二さんだ」

もう一度、勝手口の戸を開けると

「ほら、新之助さんも清二さんも、早く早く」

良吉が、後から来る二人に声をかけている。


先の月に江戸幕府が朝廷に政をお返ししたとは言いながら庶民の生活は、表向き何ら変わらず、江戸は霜月に入り、鷲神社の酉の市の時期となった。

「今年あたりは、酉の市に行ってみるかい」

「えっ、いいの。おとっあんと昔行った事があるみたいだけど、小さい頃で覚えてないんだ」

「じゃあ、いいじゃねいか。あっ、それとも佐平さん達と行くかい」

「うーん、一の酉は、新之助さんと清二さんと三人で行ってみたい」

「よし、じゃあ色々と考えないとな。心づもりだけでも佐平さんに言っておいてくれ」

「わかりましたとも、ちゃんと。」

新之助が井筒屋に顔を出すようになって二年半が過ぎていた。良吉も大きくなり

昔のように出掛ける度に伊織や佐平から許しをこう必要もなくなっていた。

もちろん身体も元気になり、伊織が井筒屋に顔を出すこともめっきりへっていた。

新之助と清二が勝手口から入って来ると顔見知りの者達が一斉に挨拶した。

「よっ、じゃまするよ。おい、良吉早すぎるよ。清二、切り山椒渡しておいてくれ」

新之助も清二もすっかり店の者達にもなれていた。良吉の部屋に戻らずそこで話し込んでいると、表の方から手代の利平が一人の男を担ぐようにしてやって来た。

「おもんさん、こいつに何か食わしてやってくれ」

「あら、新八さんだね。お松、取りあえずぬるめの白湯を持ってきておくれ」

「はい」

「それと、濯ぎもね」

利平は、担いでいた男を板の間に座らせて、お松が持って来た白湯を男に飲ませると、良吉達三人に気が付く

「どうも、お疲れ様でございます。おっ、酉の市ですかい」

利平がにやりと笑って、おもとの方をちらっと見てから声を落として、新之助に訊いた。

「吉原の方には、行かれましたかい」

「行ってねぇよ。良吉を連れてんだぞ。そんなこと出来るわけがねぇ」

「まあ さいですね。おもとに知れたら、命がねいや。でも、行くときは教えて下さいよ。新之助さんのお供って事なら旦那にも叱られねぇだろうし」

「まったく」

「ああ、まあね 新之助さんは、ちょいと初心だからしょうがねいけど、清二さんは、馴染みでもいるんじゃないんですか」

清二が、にっこり笑って周りをみるように目配せすると、おっかない顔のおもんと目が合った。良吉が、利平にこっそりと声をかける。

「利平は、馬鹿だね。清二さんはうちの女達にめっぽう人気があるんだから」

「えっ・・・あっ そうだ。仕事があった。店表の方に戻りますので、おもんさん、新八のこと宜しくお願い致します。では失礼致します」

利平が、そそくさとと戻ってゆくと、後に残った新八がおもんから膳を出されていた。

「あり合わせで申し訳ないけど、ご飯はいっぱいあるからね遠慮しないでおくんなさいよ」

新八は、返事をする時間も惜しむように首を縦に振り食いだしていた。新之助は、初めてみた男が何者かと思い良吉に声をかけた。

「良吉、あのお人は誰だい」

「ああ、新之助さんは、新八と会うのは初めてでしたっけ」

「ああ、そうだな」

「新八は、井筒屋の早飛脚なんですよ」

「井筒屋の・・・」

「ええ 京と大坂の事件や噂、流行りものをこちらの方に知らせてくれてるんです」

「京、大坂の噂や流行りものを・・・」

「そうなんです。で詳しい話は、私の部屋で致しましょう。新八、また変わった話があれば教えてくださいな。それじゃね。おもとは、ここが終わってからでいいからお茶を持って来ておくれ」

「はい、承知致しました」

おもとは、いつものようにはきはきと返事をし、新八は口の中にいっぱい飯をほおばっているので首を縦に振って応えていた。新之助は、良吉が店の者にてきぱきと指図する様子をみて、ここしばらく自分が考えていることを思い出す。自分のような旗本の子息が店に出入りする事は井筒屋にとって利になる事はない、もうそろそろここに来るのは、止めた方が良いのだろうと自分の役目も終わったのだと・・・

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