第25話

その頃、加納の家にもめでたい出来事があった。

竜之介とお玉の祝言の日程が決まったのだ。加納の家にその話で挨拶に来た竜之介が、久しぶりに屋敷に泊まることになっていた。祝言を上げれば龍泉堂の人となり、こんな機会も少なくなるに左馬之助がいないのが残念だなと誰かが言ったが、竜之介は笑ってこれが最期の訳ではなし、いつでも顔を出せますよと言っていた。皆で食事をして自室に戻っていた竜之介の部屋に新之助が顔をだした。竜之介は、驚きもせず嬉しそうに新之助を部屋に招き入れた。

竜之介が、龍泉堂に養子になる事は幼い頃から決まっていた。と言うのも先代の加納の当主である新之助の祖父故加納源兵衛の意志で決まったからだ。

生前、源兵衛は早々に家督を譲って、妻の志乃と余生を楽しもうとしていた。が、さあこれからと言う時に、その志乃に先立たれてしまう。一人暇を持て余してしまった源兵衛は、妻の実兄、龍泉堂の与一と碁を打つ楽しみを持った。与一もその頃には隠居をしていたので、二人は毎日のように碁を打った。

源兵衛は子守を兼ねてと言って、孫の一人を連れていく事にしていた。左馬之助を連れ歩いていると、守役の主水に「勉学に差し障る」と文句を言われ、新之助は、よく動きまわって大人しく側にいないのでこちらが碁を打つことが出来ない。そんなこんなで、龍泉堂のお供は一番下の竜之介の役目となった。竜之介は、帰りたいとも遊びたいとも言わないで大人しく爺二人の勝負を眺めていた。竜之介がそうやって、龍泉堂に通うようになって龍泉堂に孫娘が産まれた。龍泉堂の与一とその妻の間には子が出来なかった。その為、妻の親戚筋から養子をもらい店の番頭を婿にしてその夫婦が店を継ぎ今の主となっていた。

その夫婦に娘が出来た。丸々とした女の子、竜之介は爺達の側から離れてその女の子の相手をするのが、龍泉堂での楽しみとなった。お玉と名付けられたその子も大きくなるに連れ竜之介の跡を追うようになった。爺達は、そんな二人を眺めながら碁を打っていた。


月日は流れてある日、与一と主夫婦が源兵衛の前に畏まりこんな話を切り出した。

「源兵衛殿、折り入ってお願いしたい事がございます。」

「なんじゃ、義兄殿 今更かしこまって」

「・・・竜之介殿をこの龍泉堂に頂けませんかな」

「それは・・・竜を養子に寄こせと言う事か」

「寄こせなどと・・・ただお玉の婿になって頂きたいと」

「何を言っておる。まだ二人子供ではないか」

「もちろん直ぐにとは申しません。許婚となり、後々この龍泉堂の主になって貰いたいのでございます。龍泉堂にはご先祖様から預かった店の秘伝と血の繋がりと言うものがございました。秘伝は脈々と受け継流れておりますが、血の繋がりは、自分に子が出来なかった時に諦めました。そこに控える娘夫婦に何の文句もございません。店を盛り上げ、先代の私を疎かにする事もございません。そう、諦めていたのでございます。それが竜之介様を見ていて、志乃様、妹の志乃の幼い頃を思い出したのでございます。ああここにご先祖様の血が残っていると、加えてお玉とのあの仲睦まじい様子をみて出来るものならと思ったしだいでございます。」

「この話、もっと先でもよかったはずだな。この老いぼれなら直ぐに落ちると思うたか」

「何を・・・」

「竜之介を養子に欲しい旨しかと承った。しかしな与一、竜之介にも親がおる。爺の口出す所ではないわ。志乃の事があるので儂に話したんだろうが、はいそうですかとは聞ききれん。もそっと大きゅうなってから改めて、加納の屋敷に出向いてこい。悪いようにはいたさん。それとなこの話は、竜とお玉の気持ちが一番じゃろう」

「源兵衛・・・源兵衛殿 すまん。すまんな」

その事があってから数年して、龍泉堂は改めて、加納の屋敷を訪れ竜之介をお玉の婿にと願い出た。竜之介も含めてみなそれを受けて、竜之介が十二、お玉が十で許婚となった。

その折には幼い二人を並べて、内々で簡単な式を催した。その様子は節句の人形のように可愛いものであった。


その事を新之助もよく覚えている。自分よりも年下の弟が自分の人生を決めて家を出ることが、先を越されたようで何か心から喜んでやる事が出来なかった。そして、今は自分の将来を周りの思惑で決めてしまわねばならない弟が、不憫でしょうがない。また、自分は弟のことを喜んでやる事が出来ないでいる。新之助は、兄である自分が今度こそはちゃんと竜之介の為に働いてやらねばならないと思った。例え罪悪感にさいなまれても正助のように惚れた女と一緒にならなければ、それでないと一生一緒に居られはしないだろうと思えてならなかった。

「竜之介、なぁ お前はこのまま加納の家からでて商家の養子に入っちまってもいいのか後悔とかしないのか・・・好きとか惚れたとか 分かんねぇ位小さい頃に許嫁だとか言われてもな・・・・。本当に一生一緒にいるなんてできるのかよ」

「どうしたのさ。今までそんな事、聞いてきた事もなかったのに」

「う・・うん、最近、思ったんだ。俺には、惚れたはれたとか、男と女のことはわからない。それでも、いつか本当は他の誰かが好きだったって・・・お前の口からは聞きたくない。お前は我慢強いから、もしかして小さい頃から決められてなにも言い返せねぇんじゃないのか、爺さん達に気を使って自分の気持ちを我慢する事なんてないんだからな・・・俺が、父上に言ってやろうか」

竜之介は、驚いた顔をしたが、直ぐに居ずまいを正して新之助に向き直った

「新之助兄さん有難うございます。でもね、新之助兄さん・・・お玉は決して器量がいいわけじゃないし、錦絵の美人じゃないよ。それでも私はね、お玉に惚れているんだよ。最初はよく分からなかったけどね。そのうちね気づいたんだよ。はじめてお玉をみたあの時からずっとこの気持ちは変わらないんだって。お玉の婿を加納の家からって話になった時ね。もし、新之助兄さんが・・・って考えたら子供ながらにどきどきしてね。自分に決まった時は心底よかったって思ったんだよ。そしてね、これからもその気持ちは変わりそうにないよ。でも、心配してくれてありがとうね。本当に・・・」

新之助は、竜之介が涙ぐんでいるのに気が付いた。自分の言葉を喜んでくれているのだろう。ならせめて、これからはもっと兄らしくありたいと思った。

「なぁ、竜。俺は、商売の事も何もわからんし、こんな兄だからお前の悩みに応えてやる事は出来んだろう。でもな、何かあったら話に来い。誰にも言えん事でもせめてこの兄に話に来い。それで団子じゃないが、酒でも飲もう」

竜之介は、子供のようにぽろぽろと涙を零して、泣き出した。

「兄さんは、兄さんは。今頃そんな事、言うなんて・・・約束だよ。絶対一緒に飲むからね。左馬之助兄様もさそって、三人でね・・・」

「ああ・・そりゃいいな」

そしてその夜は、二人でずっと幼い頃の話をした。

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