第24話

「今宵は、わざわざお越しくださり有難うございました。お梅を助けて頂いて、そのお礼をと思いまして・・・」

「いや、お梅さんを助けたのは、俺じゃないよ。井筒屋の利平だろう」

「・・・はい、分かっております。利平さんの方には、改めて井筒屋さんを通してお礼をさせて頂くつもりでおります」

新之助は、正助をじっと見つめると姿勢を正して

「申し訳ない。意地悪を申した。聞きたいことがあるなら何でも聞いてくれ、遠慮は無用だ」

正助は、そんな新之助の様子を見て驚き、俯いてしまった。しばらくすると気持ちを決めたように顔を上げるとぼつぼつと話始めた。

「申し訳ありません。確かに今日は、新之助様にお聞きしたい事がございまして、このような席におよび立て致しましたが、もはや、そんな事はどうでもようございます。ただ、今この期に及んで・・・お聞き願いたい話がございます。この話今まで、誰にも話した事はございません。話すつもりのなかった話でございます・・・が、これは 誰かに聞いて頂かねばならぬ話だと思いました。そうせねば、お梅を嫁にもらう事など出来ないような気がいたします」

新之助は、正助の顔を見て足を崩した。

「すまない。ゆっくり聞かしてもらうよ」

「そうでございますね。長い話になります。私とお梅は、幼馴染でございます。表店の私と裏長屋に暮らすお梅とが親しくなれたのは、もう一人の幼馴染のおかげでございました・・・それは私たちがまだ幼い頃の夏祭り」


正助が話し出したのは、もう十五、六年も昔の事だった。表通りの町屋の者と裏長屋に住む者達、同じ町人でもそこにははっきりとした区別がある。子供同士でも同じ事で一緒に遊ぶことなんてまずない事だった。それがある年の夏祭り、大勢の人込みに紛れて正助は見た事もない裏長屋にまぎれこんだ。大人たちに近寄っては行けないと言われていたのに、ましてここが何処かも判らない。足は疲れて、腹が減って動くことも出来ないでいると小さな女の子に声をかけられた。

「どうしたの。何処の子。困ってるの」

「・・・」

やつぎばやに色々と問われているが、何を応えていいのかわからないで黙っているとその後ろから声がした。自分と同い年位の男の子、小さい形だが目つきが鋭く大人びた雰囲気がした。

「お梅どうした。おっ、迷子か」

「うん、そうみたいなんだけど・・・何も話してくれないの」

「はあ、そんなでけぇなりして、はっきりしろよ」

「はっきりって・・・私は、三条屋の正助と言います。ちょっと迷って・・・」

「やっぱり迷子じゃあねいか。まぁ、三条屋だったら俺でもわかる。近くまで連れっててやるからしゃんとしろ」

「孝ちゃんは、わかるの」

「あたりめいだ。よし、お梅一緒にこいつ送っていこうぜ」

こうして、三人は仲良くなった。町中で一緒に遊ぶのは憚られたので、小さな神社の境内で三人待ち合わせては、色々遊んだ。本当に楽しい毎日だった。それがある日を境になくなった。江戸に雪が降り積もったその日、珍しくお梅は一人外に出た。正助をさそって雪遊びをすれば楽しいだろうと思って、準備に手間取る孝吉を置いて外に出た。表通りにでたその時、正助と同じ表店の子供たちに雪玉をぶつけられた。驚いて、道に倒れるとぶつけた奴らにはやし立てられる。正助は、それに気が付いたが、周りの目を気にしてお梅を救けに行くことが出来ないでいた。で、正助が迷っていると孝吉がやって来た。正助を一瞥するとはやし立てる子らを蹴散らして

「てめぇら、何してやがる。お梅を苛める奴は、しょうちしねいぞ」

一括すると蜘蛛の子をちらすように子供らはいなくなった。

「お梅、大丈夫か。ぬれちまったな。家に帰ってあったまろうや。な」

「うん・・・」

「滑るから気を付けろな」

正助が声を掛けようとしても、もう、二人はこちらを見ることもしなかった。

「ごめんよ」

と大きい声で言っても、振り返ってくれない。神社でちゃんと謝ろうと思っていたが、二人はもうやって来てはくれなかった・・・


じっと聞き入っていた新之助が正助に問うた。

「正助さん、これじゃあ。お梅ちゃんと一緒になる話にはならないよね」

「ええ、ここで終わっていたならお梅と私は金輪際、許婚になることはなかったんです。ただその後に、孝吉の家に不幸が続きます。父親が人を殺めたり、母親が首を括ったりとで孝吉はそのままそこに居られなくなりました。そしてある日、ふっと居なくなってしまったんです。お梅は、泣いてね。それを慰め守ってきたのが私なんです。・・・ここまでは、お梅も知っている話でございます。・・・」


正助はゆっくり話の続きを語りだした。二人が神社の境内に現れなくなってからも、私はずっと待ってました。ひと月近くなってこれが最期と思った日にね、突然 孝吉が現れて

「許してやる。許してやるから約束しろ。もう二度とお梅を泣かせねぇってな。それで俺が戻ってくるまで、お梅を守ってやってくれ」

「孝ちゃん、何処かに行くのかい」

「ああ、ここにいれなくなった。お梅は、明日、俺を探しに必ずここに来るだろうから慰めてやってくれ。それからすまねいがその時お梅に、迎えに来るから、絶対迎えに来るから・・・お願いだから待っててくれと言ってくれ」

そう言って孝吉は消えた・・・それからお梅を守ってきた


「ええ、私はね。お梅に孝吉の話をしませんでした。黙ってました。ほんの子供の口約束ですからね。その後は約束したからじゃあない、ただお梅を守ってやりたくて、守ってました。それで、お梅の気持ちを手にいれたんです。誰にも恥じる事はない。でもいつも怖くてね。いつか孝吉が戻ってくるって・・・」

正助は、話し終わると泣き出した。新之助は、侍姿の男の事も南蛮手妻の男達の事も何一つ話さなかった。お梅が何も言わないのだから・・・

あそこにいたのは、ほんの偶然だったと、誰かを見たわけじゃなかったと言った。正助は、そのまま遠い目をして

「そうでしたか。それは失礼致しました。どうしてこんな話をしたんでしょうかね。この話は、お忘れ下さい。でもね本当にね、お梅と孝吉は仲が良かった。孝吉は口下手で人付き合いの悪い男でしたが、お梅にだけは優しかった。まだ好きとか惚れたとかわからぬながらも二人の気持ちは、私にはよくわかっていたのです」

新之助には、お梅も正助も孝吉と言う男も皆、なぜか切なく哀しく思えた。

そして、その年の秋、正助とお梅の婚礼は、何事もなく無事にとりおこなわれた

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