第23話

清二は、翌朝から早々にお梅の店の筋向かえの飯屋に行った。

「若い奴らのちょいとした遊びで、桜小町に何人男が言い寄るかで言い争いなりましてね。それじゃあって、見張る羽目になりやした。で、こちらの二階の座敷を貸して頂けませんでしょうかね」

飯屋の主は、清二の話に乗って、店の二階にあげてくれた。ここで取りあえず三日を期限に張りこむことにした。何もなければそれですまそう。新之助も清二と一緒に店の二階に居座ってお梅の様子に目をこらした。

一日目は何事も起こらずにすぎた。二日目も朝から何も起こらない。このままいけばとんだ笑い話だと思っていた。が夕刻になって店の客足も途絶えて来た時、清二が目を凝らして新之助に呼びかけた。

「新之助様、あの小舟の二人・・・」

清二が指さす川端を眺めてみると一艘の小舟が泊まったままになっている。そこに乗り合わせている二人に見覚えがあった。南蛮手妻の座に居た二人に違いない。

少し黄昏始めた大川から小舟を降りた二人の男が客が途切れたその間を狙って強引にお梅を攫おうとしている。新之助と清二が向かいの店から茶屋の方に向かうが、男達の動きは早くお梅を抱えて、繋いだ小舟に乗るとすぐに舟を漕ぎだした。

新之助と清二は、なすすべもなく土手から舟を追いかける。すると川面に浮かぶ舟の一つに見知った顔を見つけた。井筒屋の利平だ。

「利平。あの舟を追ってくれ」

「えっ、へい」

聞き取った言葉の意味さえ問わずに、利平は舟を追った。新之助の人柄は知っている、井筒屋佐平がどれ程新之助を買っているかもわかっている。ならやる事は一つに違いない。あの舟を追う。利平は、素早く周りの井筒屋の持ち舟にも声をかけた。

「あの小舟を追ってくれ」

利平の声が大川に響き渡った。沢山の舟が四方からひとつの舟を取り囲む。

取り囲まれた舟の上で、二人の男は顔をあわせた。川の上でなかったらどんな手を使っても逃げおおす自信はあるが、船頭相手にこの数では勝ち目がない。

「頭、ここまでや。どうみても分が悪い」

「情けない声だしなや。でもまぁそうやな。ここは退くしかないようや」

菰に隠れたお梅に向かって、優しく囁く。

「ごめんやで、今度はそんなにまたさへん。すぐに迎えに来るさかい。正助と暫くおってな。がまんやで」

お梅は、じっと息を潜めて返事もしない。

言うが早いか追われた舟から二人の男が川の中に飛び込んだ。残った舟の中から

お梅が助け出されると周囲の舟から歓声が上がった。

暫くは役人が出張って、男達の行方や素性を調べていた。利平達には、舟の船頭までは見極めることは出来なかったし、お梅もちらっと顔を見ただけで知らない男だったと証言したため、桜小町に横恋慕した痴れ者ということになった。

後日、新之助は、お梅と許婚の正助が井筒屋の方に礼に訪れたと言う事を聞いた。その話を聞いてから、加納の屋敷にもお梅と正助がやって来た。二人は、あの時

井筒屋の舟に救け出されたと町方の方でそう聞いて、礼を言う為に井筒屋を訪れ、そしてそこで、利平からすべて新之助の指示であったと聞かされ、その話を聞いて急いでお礼に駆けつけたと頭を下げた。

「そんなに気にする事じゃない。それより無事でなによりだったな」

新之助が声を掛けると、正助とお梅はただ頭を下げて

「有難うございました」

と繰り返す。そんな二人を見ながら新之助は、迷った。あの男の事をここで聞いた方が良いのかどうか。聞いた事で、お梅と正助の仲がこじれるかも知れない。そんなお節介をして良いのかどうか・・・だがあの日、あの一瞬のお梅の表情が忘れられない。惚れたはれたの話にはいたって弱いが、あの表情は、好きな男にあった女の顔に他ならないと今では思う。これで駄目になるならその方が良いだろう。自分の嫁になる女がそんな気持ちを抱えているなら、それを許すことも出来ないのなら祝言など挙げない方が良いだろう。新之助はお梅にきいた。

「お梅ちゃん、一つだけ教えてくれないか。お梅ちゃんは、あの男が誰だかわかっているんじゃないのかい」

お梅は、驚いたように顔をあげ新之助の顔をじっとみつめた。少し間をおいて、きっぱりと答えた。

「いいえ、知らない男でした」

お梅は、真っ直ぐ新之助の顔を見つめたままだった。正助は、最初驚いたようではあったが、お梅の表情をみて、何か納得したように、それでも優しい顔でお梅をじっと見つめていた。新之助は、もうこれ以上なにも聞けなかった。形ばかりの挨拶のあと二人を見送って、もうこの話は、自分とは関係のない話だと思った。

思っていたのに、その翌日に正助の方から屋敷に使いの者がやってきた。無礼は承知でお礼方々、一席持ちたいのでご面倒でしょうがご足労いただきたいと言ってきた。ここまで来ると手前の好奇心だなと思いながらその誘いに乗ることにした。招かれた店は、今戸の向こう橋場の小さな料理屋だった。まさかに井筒屋のように貸し切りと言う事もなく。二階の座敷に通された。二階の座敷は、一間だけで料理が用意されれば正助と二人だけ、他に話が漏れることもない。そこまで人に聞かれるとまずい話かと思った。

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