第22話
団子やの一件があってから暫くして、南蛮手妻の一座を呼んでの宴席に清二と二人招待された。井筒屋から上野の不忍池の茶屋での身内だけの宴席ですからお気になさらずと誘われた。断ろうと思っていたのだが、おもとから「どうしても新之助さんに見せたい」と良吉が佐平に頼み込んだのだと聞かされ、かさねて是非にお越しくださいと念を入れられた。図々しいのを承知のうえで二人で誘いを受けることになったのだ。
上野の茶屋は、井筒屋の貸し切りで襖を取り払って大きな座敷にしてそこに都合のつく店の者が集まっていた。一番上座に佐平と良吉が座り、良吉の隣に新之助の席が用意されていた。良吉が新之助と一緒に見たいと言ってきかないと言われ、その席に収まったものの手妻が始まるまではそうそう居心地の良いものではなかった。清二は、馴染みなった店の者に混ざって下座の方に座っていた。取りあえず食事が並べられそれを早々に済ませると、部屋の灯りが暗くなり聞いた事もない異国の音楽が流れる中、南蛮手妻が始まった。
嗅いだこともない香を焚きこめ部屋の中が薄っすらと煙っている。そこに出てきたのは、男とも女とも判らない者が数人。不思議に身体を捩じりながら刃物を投げたり。南蛮カルタの絵柄を言い当てたり、見た事もない芸を次から次へとやって見せた。最後の出し物は、水晶玉が生き物のように蠢き宙に浮くものだった。
それが終わると庭に面した襖が開け放たれて部屋の灯りも元に戻され、下げられた料理とは別に、酒と肴が並べられ宴席が用意された。そこに全ての芸が終わって、紋付き袴に着替えた南蛮手妻の座長の男が、佐平に挨拶に現れた。綺麗な姿で頭を下げると、廊下に控えている座員の者も頭を下げた。
「本日は、お呼び頂きくわえて拙い芸を最後までご覧頂きありがとうございました」
「いやいや今日は、良いものを見せて頂きました。こちらこそ明日には、京に帰られるのを無理に一日延ばして頂きありがとうございました。あちらの座敷に僅かだが酒肴を用意させております、ゆっくりしていって下さいよ」
「お気遣いいただきありがとうございます。また、江戸に参りました折には、よろしゅうお願い致します。それでは、井筒様の益々のご繁栄をお祈り致しまして、華は桜木百花の舞でございます。では、これにて失礼いたします。」
一瞬座敷中に桜の花びらが舞い散ったかと思ったら、男の姿は影も形もなく跡には薄桃色の紙片が所々におちていた。
新之助は、座頭の男の口上を聞きながらこの男をどこかで見た気がした。が、どうにも思い出せない。気には成るのだが、良吉に話しかけられたりしている内にどうでも良くなり忘れてしまった。そのうち夜も更けてきて、良吉はここで今夜は泊まるようで、新之助に挨拶をして、座敷を下がって行った。新之助も座敷の熱気から逃れるように厠にたつと、ひょっこり利平に会った。
「どうも、新之助さん」
「利平、良吉になに見せてんだよ」
「何って・・・」
「桜小町だよ」
「ああ あの件ですよね。もう、勘弁して下さいよ。おもんに散々しぼられましたよ」
「へー、そうだろうな」
「でもね、ただの美人画ですよ。危ないやつは見せてねえですよ」
「そんな物まで持ってるのかい」
「いや俺のじゃあねぇですよ。異国の水夫が好きなんですよ」
「・・・ああ、なるほどね」
「へへっ 新之助さんにも、その内お見せしますぜ」
「そうだな。そのうちな」
利平と別れてそのまま座敷に戻らず、足の向くまま庭先に出た。初夏の庭は緑の匂いが濃く、深い森にたつように感じた。感じたままに、帰りの座敷を間違った。間違った先で漏れ聞いた会話にえっと思って、思はず襖の取っ手に手をかけた。
「こちらの仕事もこれで終いや」
「ああ、やっと京に帰れる。あとは桜小町をお連れするだけやね」
勢いよく明けた襖の向こうにいたのは、先程の南蛮手妻の一座の者達だった。一瞬殺気をかんじたが、座長と名乗った総髪の男が声をかけてきた。
「さきほどお座敷におられたお客様でございますな。何ぞ御用でございますか」
「すまん。厠に立って、迷ってしまって・・・」
「さようでございましたか。お客様のお座敷は、お庭をはさんであちらでございます」
丁寧な話し言葉だがどこか剣を含んでいる。
「失礼いたした」
頭を下げると、座敷にいた連中もつられて頭を下げていた。
そこから座敷に帰る前に庭先から清二に声をかけられた。
「どうかしましたか」
「ああ、さっきの南蛮手妻一座の座敷に間違えて入っちまった・・・」
その時、先程見た男が誰に似ているか思いだした。お梅の店で見たあの男だ。顔を見たわけではないし、先程のように同じ座敷にいたわけでもない。だが、似ているような気がする。別段その男が何かした訳でもなく何か気になるとしか言いようがない。が今しがた聞いた話とあわせると捨ててはおけない。
「ああ 何か気になる事がありましたか」
「うん・・・」
清二に先日のお梅の茶店で見た一件を話した。正直にあれが何かも分からずに話そびれた事を告げ。それと座頭の男が似ていること、間違って入った座敷で聞いてしまった内容と自分では何をどうしたいのかもわからないことも話した。
何か不安では、お梅にもまして町方に言うこともできない。でも、何かあってからでは遅いとも思う。すると清二が、何事もないように
「暫く、お梅さんに張り付きましょうか。話のながれじゃあ、そんなに長い話じゃねぇ。何かあるなら、せいぜい三日位の話でしょう」
「・・・うん、すまねぇ。迷惑かける。何もないかもしれねいが」
「いいじゃないですか。何もないなら、笑い話ですませやしょうや」
「そうだよな。・・・これも俺らしくって」
「へい新之助様らしいです」
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