第21話

「お梅ちゃん、お久しぶり」

お梅は、一瞬驚いた。聞き覚えのある声なのに、着ている物も髪の結い方もちがう。でも見知った顔はにこにこしているので、きっと何かまた酔狂な事でも企んでいるのだろうと思った。

「あら、新之助さん。おひさしぶり、今日は錦之助さんとご一緒じゃあないのね。

で、新しいお客様を連れて来て下さったんですね」

「おう、良吉って言うんだ。今日は店の中の席にしてくんな」


新之助は、良吉との約束を守って、良吉を表に連れ出すことにした。伊織に良吉の体調とどれ位の事なら体調を崩すことがないかを教えてもらい。おもとから佐平に日にちと場所、それと自分と清二が責任を持つのでと言って貰って、許しを請うた。良吉が井筒屋の息子と言うことで、幼い頃に人攫いにあいかけた話を聞いたからだ。

「旦那様が、お二人にお任せ致しますと申しておりました。宜しくお願い致します」

そんなやり取りがあって今日になった。何時ものように井筒屋の勝手口から良吉の部屋に行くと着物を着換え、清二に頼んで髪を変えた。そして、良吉の為に持参した少し粗末な着物を良吉に着せた。良吉は、この事態にさえ楽しそうだ。そんな時おもとが口をはさむ。

「何ですか。また、こんな事を・・・」

「ちょと変装ってやつかな。こんないい物着ていたら井筒屋の息子って知らなくてもどこぞのお大尽の息子だろって連れていかれたら困るだろ」

そんな事に気を付けても、良吉に普通の子がする事をさせてやりたかったのだ。


良吉と清二を伴って新之助はお梅に案内され店の中の席に着いた。

「良吉さん、こんにちは。これから御贔屓にね」

「こちらこそよろしくお願いします。お梅さんは、今年の桜小町に選ばれたお梅さんですよね」

形は変えても、言葉遣いは変えられない。おっとりと綺麗な言葉で返答する。

「えっ、そんな事ご存知なんですか」

「はい、浮世絵も拝見しました」

「お前なんで、そんな事知ってるんだ」

「店の方に出た時に、手代の利平が見せてくれました」

「利平が・・・」

「お得意様で、江戸の流行りものがお好きな方が多いそうです」

「ああ なるほどね」

「お梅さんは、お嫁入りもされるそうで おめでとうございます」

「えっ、あ ありがとうございます。それもご存知なのね」

「はあっ、なんだよ。なんでそんな事しってんだ」

「うん、それは おもんから聞きました。浮世絵を持って、部屋に戻ったらおもんが居て、このお方うちもお付き合いのある三条屋さんの若旦那のお嫁に来られるそうですよって。坊ちゃんのお嫁さんは、どんな方でしょうねって・・・そんな話をしてたんですよ」

「知らなかったよ。お梅ちゃん、それって本当なの」

「ごめんなさい、本当の事なの・・・」

「そうかぁ。お梅ちゃんがお嫁さんか。おめでとうよ」

「新之助さん、ありがとうございます。あら、それよりお団子持ってこなくちゃ」

お梅から団子を受取ると良吉が嬉しそうに食べ始めた。新之助は、ほっとして何気に表に目をやると、お梅が縁台に腰を下ろした侍に注文をとっているところだったいつもの様子のはずだったのに、男が被っていた編み笠を上げて顔を覗かせ声をかけた瞬間、お梅の顔が一瞬歪んだ。喜んでいるのか、悲しんでいるのか、もっと違ったものなのか。新之助にはそれが何かは、わからなかった。が、お梅がいつもの表情を崩すのに驚いて眼が離せなかった。それから男は、団子も食べずに縁台にお代を置くと席を立って足早に立ち去った。気になったが、良吉がいるのでこのまま男の跡を付けるわけにはいかなかった。人攫いにあいかけた事もある良吉をそれを押して連れ歩いている。気になるからと良吉の事を疎かにするわけにはいかない。仕方ないので、その男をそのままにした。そのあと、良吉を店に届けて清二と屋敷に帰る途中にもう一度、お梅の店に顔を出すとお梅はいつもと変わらずに仕事をしていた。安堵の息を吐くと清二が尋ねてきた。

「どうかしましたか」

「あぁ、・・・いや、別にいい」

話をしようにもこの違和感が何なのか新之助自身にも判らない、判らないものは説明出来ない、そんなことで清二を煩わすことはない。


二、三日して新之助が、出先から屋敷に帰ると弟の竜之介が母の座敷に来ていると聞いて、たまには弟の顔を見るのも良いかと、そこにに顔をだすことにした。

弟の竜之介は加納の家の三男坊。十になった時に龍泉堂と言う薬屋の養子になった。龍泉堂はさほど大きな店ではないが、竜丹という薬が有名で公方様や内々ではあるが京の御所にも納めているほどのお店だ。養子と言っても、いまだ加納竜之介で龍泉堂の一人娘のお玉の許婚という事で、少しでも稼業に触れて欲しいという事と向うのご隠居が小さい頃から竜之介を気に入ってはやく自分の側に置いておきたいと加納の家に頼み込んだのだと聞いている。だから本当の所は、加納竜之介で

龍泉堂の食客と言う形になっている。そして月に一度は、龍丹を持ってこうやって

加納の家に顔を出す。

「よっ、竜之介。元気か」

「こんにちは、兄さん」

「新之助も早くこちらに座って」

母に勧められて腰をおろし、三人でたわいない話をした。その途中、竜之介が思い出したように言い出した。

「そうだ、兄さんに文句の一つも言ってやろうと思ってたんだ。最近、兄さん 

井筒屋の良吉さんと遊んでるだろ。こないだ団子屋に入って行くところをうちの小僧の捨松がお使いの途中で見たって、教えてくれました。龍泉堂には、顔もだしてくれないのに酷いですよ」

「お前、それって・・・」

「えっ、お団子やさんってなんですか。私も行ってみたいです」

「母上・・・」

「そうですよね。よそ様の息子さんに親切にして、実の弟はほったらかしって冷たいですよ。今度、私も連れっててくださいよ」

「竜、いつも忙しいって言ってるのは、お前の方だろうが」

「私は、いつでもよろしいですよ」

「母上をそんな風に連れ出すと主水に私が叱られます。今度、お土産に買って来ますからそれでお許し下さい」

「ふふ・・どうしましょう。仕方ないわね。それで許して差し上げます」

「はい」

「兄上、母上はそれで納得されたかもしれませんが、私はそうはいきませんよ」

「竜・・・」

新之助と竜之介二人が、言い合うのを佐知は楽しそうに眺めていた。

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