第20話
新之助は、良吉を手招きして呼ぶと懐から懐紙を一枚取り出した。適当な大きさに折って、鳥やカエルの形にした。
これは昔、錦之助から教えてもらったもの、紙問屋の子の錦之助は手先も器用で店の者に教えてもらったと、新之助によく見せてくれた。不器用で外遊びの好きだった新之助だが、錦之助がどこか誇らしげに自分に教えてくれるのがなんでか好きでその内に、自分でも覚えてしまったものだった。
案の定これに興味をもった良吉が側に寄って来た。
「凄い、凄い。どうしたらこんな物が出来るのですか」
「おう、教えてやろうか」
「えっ、良いのですか。あっ、じゃあ、おもと紙を用意して・・・」
「でも、ごめんな。今日はそんなに時間がないんだ。次に来た時にするさ、綺麗な紙を用意しておけばいい」
「つ、次ですか。はい、楽しみにしてます」
「それとここを開けて・・・」
新之助は、締め切られたままになっていた縁側の襖を大きく開けた。春の日差しが座敷の中に差し込んで、空気が一気にかわった。縁側に良吉を呼ぶと良吉と自分の手のひらに花弁のような紙をのせ、ふっと息を吹きかけた。紙の花弁は、風にのりふんわり浮くとくるくる回って地に落ちた。
「飛んだ。ねぇ、おもん 今の見たかい。凄いね。今度、新之助様が教えて下さるって」
「ああ、教えてやるよ。でも、その時までには、縁側の襖を開けて毎日、こいつを飛ばす稽古をしてな」
「はい」
新之助は、紙で作った花弁を何個も良吉に渡した。
おもんは、良吉の様子を見てそっと涙を拭う。伊織は、それを微笑んで見ていた。
その後約束通り新之助は、井筒屋を訪れた。そして供に清二を連れて来た。
主水から常に側におけと言われているし、今さら清二に内緒ごとにはしたくなかった。店表から入るのは、気が引けて勝手口から入って行き、おもんに取次を頼んだ
「まぁ、新之助様。表の方からお越し下さればよろしいのに、こんな勝手口から」
「いや、俺は客ではないから 良吉の友達だからここで十分だ。ただ、入って来ても怪しまずにいてもらえればそれでいい。それと申し訳ないのだが、この男は我が家の下男で清二と言うんだが、屋敷の方から何処に行くにも連れていけと言われている。身元は、俺が保証する。それで俺達が、ここから気ままに出入りする事を許してもらえるだろうか」
新之助がそう言って頭を下げるのを見て、周りの者がみな驚いている。若いが二本差しのお武家が、おもとに頭を下げているのだ。おもとが焦って、あたまを下げ。
「まぁ、頭を御上げ下さいまし。新之助様がこちらが気楽って仰って下さるならこちらからお越し下さっても構いませんとも・・・そちらのお方も新之助様のご家来でいらっしゃるなら勿論で御座います」
改めて清二にむかいあって、頭を下げる。
「奥を仕切っております。おもとと申します。宜しくお願い致します」
「加納様にお仕えしております。清二と申します。宜しくお願い致します」
こうやって、清二と二人で井筒屋に出入りする事になった。
暇ができれば井筒屋に顔をだすようになって、直ぐに新之助と良吉は仲良くなった。新之助が良吉と部屋で過ごしている間、清二は部屋の前で控えていたり、奥の力仕事を手伝ってやったりと井筒屋の奉公人とも仲良くやっていた。良吉も少しづつだが活発に動くようになり、新之助には我儘を言うようになった。普段は物分かりがよくて柄は小さいが大人びていたのに、新之助の前では、拗ねたり怒ったりと甘えている。その子供らしい様子に佐平もおもとも喜んだし、伊織は、良吉がこれでますます元気になっていくだろうと、ほっと安心した。
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