第19話

「あの部屋は、初めてだったので案内がないと良吉の部屋にもいけんな」

伊織がぼそりと囁いた。

何度もまがって長い廊下をぬけると小さな中庭に面した部屋にたどり着く。おもんが部屋の外から声をかけた。

「良吉坊ちゃま、伊織先生とお客様がお見えでございます」

襖を明けるとそこには十歳と聞いてはいたが、それには見えぬ小柄な色の白い利発そうな少年がいた。兄上と並ぶと俺よりも兄弟に見えるのかもしれないと新之助は思った。

「おっ 良吉どうだ」

「こんにちは、伊織先生。今日は、気分がよくておもんさんに頼んで布団もかたしてもらいました」

「そうか、そうか。今日は、客人を連れて来た」

良吉は、新之助を見上げてから居住まいを正した。それを見て、新之助も良吉に対面するように背筋をのばして座った。

「井筒屋良吉で御座います」

「加納新之助と申す」

頭を下げ合っている二人を見て、伊織が笑い出した。

「やめろ止めろ、子供がそんなに畏まるな」

「伊織先生、止めろだなんて・・・井筒屋の若旦那にはこれぐらいの事は出来ないと困ります。ほんとに先生は・・・」

「おもんの方が、先生に失礼ですよ」

「あら、嫌だわ」

新之助は、先程の女中おもんの砕けた様子に驚いていた。それに気が付いた伊織が

「普段のおもんさんはこんな感じだよ。なぁ、おもんさん」

「もう、嫌ですよ。先生、よしにして下さい。あら、新之助様にまだご挨拶をしておりませんでした。申し訳ございません」

おもんは、改めて背筋を伸ばして、綺麗な形で頭を下げた。

「奥の仕切りと良吉お坊ちゃまのお世話を致しております。おもんでございます。宜しくお願い致します」

「加納新之助だ、よろしくお願い致す」

「ご丁寧なご挨拶、ありがとうございます。これからはこちらの方にも遊びにおいで下さいませ」

「なんだ。おもんも新之助くんが気に入ったんだな」

「ええ、もちろんでございますよ。先程の新之助様の御振舞を見ちゃあもう・・・優しくて、真っ直ぐな方で、気にいらない訳ないじゃないですか。私どもが探していたお人のような気が致しました」

「そうだよな。私もそんな気がして、連れてきた」

新之助は、話が読めずに二人の顔を見比べていたが、良吉と目が合ってにっこりと笑ってやった。ちょっと驚いて笑い返してくる良吉は、年の割に素直で可愛い印象がした。そして、井筒屋にくる道すがら伊織と話した事を思いだした。

兄の井筒屋での様子に興味があってその話を聞いていたのだが、話がそれて良吉の病が話題になった。伊織が言うに身体の方は、色々と薬が効いてきた事と歳を重ねて病気に対して負けない身体ができて来た事で、少しづつではあるが丈夫になって来ていると、ただ気持ちがなかなか追いつかないでいる為いつまで経っても病人から抜け出せないでいるようだと言っていた。

良吉は小さい頃から、身体が弱く友達と遊ぶこともなく、家の中で大人に囲まれて育った。本来の頭のよさと優しさと病で得た辛抱強さ良い所は色々あるのに、自分に自信がなくて臆病になってしまった。もう大丈夫といくら言っても大きな屋敷の自分の部屋から出ようとしない。

佐平は良吉がしたいようにすれば良いと思っているが、広い世の中で楽しい事も味わって欲しいとも思っていた。そんな時に左馬之助を知り、良吉の相手をしてもらった。左馬之助は良吉に色々な事を教えてくれた。がしかし、良吉には大人過ぎた。分別の備わった左馬之助は、師にはなれても友にはなれない。それに、その左馬之助も異国へと行ってしまって、ここのところ良吉の元気がないのが気になっていた。そんな時に伊織から新之助の話を聞いた。優しくて、相手を思うあまりに何処か無鉄砲に突き進む若者がいると、会ってみたくなった。会ってみて、相手を思いやる気持ちと、どんな席でも礼を失せずその上で物怖じもしない真っ直ぐな若者直ぐに気に入った、出来れば良吉の友となり兄のような存在になって欲しいと佐平は思った。

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